断章 早百合の気持ち

 セミの声は、まだ元気。


 私、早乙女早百合が目を覚ますと、自室のベッドの上でパジャマ姿。

 窓の外、空は茜色だった。


「気が付いたかい、早百合?」


 机の上、たくさんのぬいぐるみ。声を掛けてくるのは、もちろんステファニーちゃん。


「かなりの高熱だったからね。まだ休んでいた方がいいよ!」


 私は、枕元に置かれたペットボトルのスポーツ飲料に口を付けて。


「……りりなは?」


「君を運んで、自分の鞄を学校に置いてきちゃったからね。取りに戻ってるよ」


「……そう」


 私は再び、ベッドにぼふんと倒れ込む。


 と、そこで気付いた。


 私、制服だったはずなんだけど。


「ねぇ、パジャマを着せてくれたのは?」


「もちろん、りりなだよ! 君の制服を脱がしながらドギマギしてる彼女は、実に百合ん百合んで萌えたよ!!」


「ふ、不覚ッ! それは見たかったわ!」


 そう言えば、今日の戦いは、ビデオカメラで撮影するのも忘れてた。熱で、頭が回らなかったかな?


(別に、今日は良いけど。りりなが他の子にキスするのなんて、撮りたくないもの)


 胸が、ちょぴっとチクリ。


「にしても、今日は早百合のおかげで助かったよ。厄介な悪魔だったからね。どうして、駆け付けてくれたんだい?」


「ふふ、女の勘、かな♪」


 りりなの浮気は見過ごしません!

 それにしても、やっぱりまだ熱が有るみたい。身体が、正直だるい。


「ごめんね、ステファニーちゃん。私、もう少し休む」


「うん、それがいいよ。ゆっくりお休み、早百合……」


 そして、私はまぶたを閉じた。


 ※ ※ ※


 夢の中で、私は思い出す。

 私は昔から身体が弱くて、今日みたいに熱を出すのも、しょっちゅうだった。

 だから家で寝てることも多く……正直友達なんていなかった。

 ううん、いらないと思ってたの。


(ふふ、ひねくれた子供だったな、私)


 お外で元気に遊び回れる皆を、憎たらしいとさえ、考えていた。


(でも、りりなが変えてくれた)


 忘れもしない、幼稚園年長の時。

 お遊戯会の日、私は微熱を出して。


(べつにいいわ。どうせ私なんていなくたって、だれも気にしないもの)


 そうやって、ベッドの上で、一人拗ねていた。


 ……でも。

 お遊戯会の前に、たまたまクラスメートの一人として、りりながお見舞いに来た。


「……きてくれないでも、よかったのに」


 そっぽを向く、子供の私。


 あの日のお遊戯会、桃太郎の劇をやる予定だったかな?

 ちなみに私は、背景の木の役。


「……どうせ私、脇役だし。いなくたって、だれも困らないよ」


 そう、私なんていらない。

 私一人いなくても、今日も、明日も、地球は知らん顔で回り続けるだろう。


「ほら、はやく幼稚園にいったら? あなたは桃太郎役でしょう?」


 ふふ、女の子なのに桃太郎役。りりなは、昔から皆の中心になれる、『主役』だったね。


 ……でも、この時は。


「……やだ! ここにいる! 私もおやすみするもん!」


「……なにをいってるの?」


 急に変なことを言い出すりりなに、私は戸惑う。


「あなたは主役よ? やすんだら、みんなが困るじゃない」


「そうだけど、でも!」


 りりなは、私の手を握って。


「それじゃ、さゆりちゃんが一人ぼっちだよ。さびしいままだよ。だから、私がいっしょにいる。いるったら、いるの!」


「……あ」


 心臓が、とくんと跳ねた。


 孤独でいいと思ってた私が、初めて。

 そばにいるよ、と言われた瞬間。


 ……その後、先生達まで来て、りりなを引っ張っていこうとするんだけど。


「やだやだやだ! さゆりちゃんといっしょにいるの!」


 玄関にしがみつき、泣きながら抵抗。


(結局、あの日は最後まで隣にいてくれたね。私の熱が下がるまで、ずっと)


 劇がお流れになったこと、りりなは罪悪感を感じてるみたいだったけど。


(私は、嬉しかったんだよ。『皆』よりも『私』を選んでくれる人がいたってことが)


 あの日から、りりなは私の特別。


(ふふ、もう一つあるんだけどね。素敵な思い出♪)


 私が、りりなを大好きになった出来事。


 でも、内緒です。

 ……私だけの、大切な宝物だから♪


(そして、あの日からずっと)


 私は、りりなのことばかり考えて生きてます。


 りりなが、髪きれいだねって誉めてくれたから。

 私は髪を伸ばし続けて。


 りりなに、ぬいぐるみが似合うねって言われたから。

 私は、たくさんのぬいぐるみを集めて。


 もっと、りりなに見てほしい。りりなに、私を好きになって欲しい。


(……うん、分かってる。重いよね、私?)


 でもね、私は今、本当に嬉しいの。


 りりなが、百合魔法少女になって。


 こうして毎日、恋人みたいに甘いキスをして♪


(ふふ、とても幸せ♪)


 初めてのキスから232回(はい、数えてますっ!)。一つ一つのキスに、想いを込めて。


 あなたを、もっと好きになる。


 ※ ※ ※


「あ、起こしちゃった?」


「……りりな」


 私が目を覚ますと、時刻は夜10時。ベッドの横には、私服に着替えたりりなの笑顔。


「……看病してくれてたんだ」


「大したことしてないよ。タオルとか替えてただけだし」


 でも、こんな時間まで?


「今夜は早百合の家に泊まるわ。ほら、今日も危ないところ助けてもらったし。そのお礼!」


 にこっと笑うりりなに、私は。


「あら、お礼ならキスがいいな♪」


 甘えてみる。


「ふぇぇぇっ!?」


 ステファニーちゃんも大喜び!


「ナイスだよ早百合! 隙有らば百合キス! やっぱり君は、マジカル☆リリィの最高のパートナーだっ!!」


「ふふ、どういたしまして♪」


「……も、もう。しょうがないなぁ」


 ほっぺを染めて、何だかんだ言ってもキスしてくれるりりな可愛い♪


 そして、233回目の接吻くちづけ


 ……ちゅっ♪

 ふふ、この甘さ、忘れません!


「……明日から夏休み。いっぱい、キスしようね、りりな♪」

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