Summer Term 「最高のルームメイト」

 自室に戻りドアを開けると、正面の窓際にあるルカのデスクの前にヴァレンタインが立っていた。

 なにも手にはしていなかったが、自分の留守中に無断でテリトリーを侵されるのはあまりいい気分ではない。ルカは眉根を寄せてつかつかと歩み寄り、ヴァレンタインを睨んだ。

「――俺のデスクでなにをしてる?」

「……CDが」

「ん?」

 意外にもヴァレンタインが真っ直ぐに自分の目を見てすんなりと言葉を発したので、ルカは毒気を抜かれ勝手に触るなと云いそびれたまま聞き返した。

「なに? ……CD?」

 ヴァレンタインは頷いて、デスクの上の棚に並んでいるCDを見つめた。

「……ブリティッシュ・インヴェイジョン……、こういうの……聴くんだね」

 ヴァレンタインにそう云われ、ルカはなんとなく嬉しくなって、饒舌に返事をした。

「あ、うん……結構好きだよ。ゾンビーズとかキンクスとか、うちにヴァイナル盤であるんで、そのシリーズはここに来てから聴きたくなって買ったんだ。こういうコンピレーションは、アルバムが欲しいほどじゃないけど一曲か二曲だけ有名な曲があるバンドとか、聴いたことはあるけどタイトルとか知らなかったやつが入ってて、わりといいよな」

 ルカはデスクにジャファケーキの箱を置き、棚から〈 The British Invasionザ ブリティッシュ インヴェイジョン / The Historyザ ヒストリー オブ of British Rockブリティッシュ ロック Vol.3 〉と記されたその輸入盤のコンピレーションアルバムを取りだし、裏返した。

 サーチャーズやキンクス、ゾンビーズ、ピーター&ゴードンなどの、マージービートとかブリティッシュビートと呼ばれた六〇年代のイギリスのヒット曲のタイトルがずらりと並ぶ。ルカたちの祖父母くらいの世代が、かつて夢中になった音楽だ。

「おまえも好きなのか?」

「うん……好き。でもこういうのは持ってなかった……ラジオで聴いてた」

「かける?」

「いいの?」

 ルカはデスクの隅に置いてあったポータブルステレオからヘッドフォンのプラグを抜いて、イジェクトボタンを押した。するとヴァレンタインが「あ、3じゃなくて2がいい……」と云ったので、ルカは「やっぱり勝手に触ったな?」と口を尖らせた。すると、「ごめん」とヴァレンタインが苦笑した。

 そのはにかんだ表情を初めて見て、ルカは怒る気にもなれずリクエストのとおり九枚あるシリーズのうちの二枚めを取りだした。

 ディスクを入れてプレイボタンを押すと、ハウスじゅうに響き渡りそうな大音量で〝 All Day andオール デイ アンド All of the Nightオール オブ ザ ナイト 〟がかかった。ルカがわっと飛びあがり、慌ててボリュームを下げると目を丸くして固まっているヴァレンタインと目が合って、ふたりしてぷっと吹きだし、大笑いする。

「やばい、ヘッドフォンに合わせたままだったから……ああびっくりした」

 ヴァレンタインはまだくすくすと笑い続けている――その様子に、ルカはなんだ、普通に喋るし笑うじゃないかと安心した。

 頬を緩めてCDケースの裏を眺めているヴァレンタインを見て、そういえば今まで、同い年で音楽の趣味が合う友人はいなかったな、と思いかえす。

「他にはなにが好き? 俺はそんなにマニアックじゃなくって、ふつうにビートルズやクイーンや、レッドツェッペリンが好きなんだけど……」

「ストーンズは?」

「ん? ローリングストーンズ? 好きだよ、すごく好きだ。好きすぎて、カバーしてるブルースまで聴くようになったくらいだ。マディ・ウォーターズやジミー・リード、スリム・ハーポなんかをね」

「そうなんだ……。俺はブルースまではよく知らないけど、ジャズなら少し聴くよ」

「ジャズ? なんかかっこいいな。俺は小さい頃からピアノをやらされてたんで、趣味のロック以外だとクラシックが少しわかる程度なんだ」

「うん。……〝ルビー・チューズデイ〟、弾いてたね」

 ああそうか。ルカはやっとわかった――案内途中で音楽室に寄ったとき、ピアノで〝 Ruby Tuesdayルビー チューズデイ 〟を弾いていたのを聴いて、ヴァレンタインは自分に興味を持ち始めたのだ。

 最初はなんだか陰気な奴だと思ったけれど、慣れてくればちゃんと喋るようだし、おとなしくて趣味が合うなんて、ルームメイトとしては最高じゃないか。それに、笑うと可愛い。ルカはすっかり上機嫌になって、云った。

「俺たち仲良くやれそうじゃないか。朝も云ったけど、俺のことはルカって呼んでくれればいいよ。君は……なんて呼べばいいかな」


 食堂で突然ヴァレンタインの様子がおかしくなったのは、あれはひょっとしたらセオと呼ばれたことが原因じゃないかとルカは思った。

 勘でしかなかったが、いくら考えても他に思いあたることなどなにもなかった。ひょっとしたら亡くなったらしい母親にそう呼ばれていたのかもしれない――もしそうなら想い出を上書きしてしまわないよう、その愛称以外で呼ぶほうがいいのかもしれない。


「……テディでいいよ。――ルカ」

 そう答えて微笑んだヴァレンタイン――テディに、ルカも自然に笑みを返した。

「オッケー、テディ。……腹減ってないか?」

 デスクの上の青い箱を掲げて見せ、ルカがそう云うとテディは嬉しそうに頷いた。

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