リュウの過去

 ギデオンは施設長の部屋に通されていた。

 ギデオンの前には頭の禿げた少し神経質そうな司祭が、緊張感を漂わせて座っていた。

「このようなところに、士師ギデオンにおいでいただけるとは……あまりの突然の訪問に、なんの準備もしておらず……満足なおもてなしもできませんので、なんとも申し訳なく……」司祭が額に汗を滲ませて弁明するようにいった。

「いや、私が勝手に立ち寄ったまでのこと。お気遣いは不要だ」

「ところで……あの、今日はどのような御用で……」司祭はギデオンを盗み見るようにして言った。

「先ごろ迄ここにいたリュウという少年のことについて、いつくか尋ねたいことがあってまいったのだ」

「リュウ……リュウが、また何かご迷惑をおかけしたのでしょうか」

 司祭は明らかに不安げな顔になった。

「いや、リュウという少年がいつここに来たのか、どういった少年だったかを知りたいだけなのだよ」

 ギデオンは努めて優しく語りかけた。

 司祭は、ギデオンの用向きがこの施設や自分への非難でないことを悟ると、ようやく安堵したように肩をなでおろした。

「そういうことでしたか――えっと、そうですね、確かあれは……少し、お待ちください」

 司祭は、いそいそと立ち上がると、書棚から綴りを取り出してきた。

 そして、ぺらぺらとページをめくっていくと、

「ああ、あった、ここにありました! ええと、ちょうど三年前の今頃ですね」

「それ以前はどこにいたのですか」

「……そういったことは何も書かれていないな……身寄りもないようだし……おっ、ここに、メモがありました……なになに、身寄りがいないので、ここで預かってほしいと申し出があったと書かれています。どうやら、リュウを連れてここを訪ねてきたものがいたようです」

「それは誰ですか」

「ええと、その人のサインがあるんですが、よく読めないな……」

「見てよろしいかな」

 ギデオンは立ち上がると、司祭の手元にあるページを覗き込んだ。

 ギデオンはそのサインを見た瞬間に全てを了解した

 エノクの手紙が真実であることを確信した。

 そのページに書かれたサインは、ギデオンもよく見知ったものだった。

 それは、預言者エノクのサインだった。



 ギデオンは再び椅子に座ると、改めて司祭に尋ねた。

「リュウは、どのような少年でしたか」

 司祭はどういったらいいか戸惑うようであったが、どうにかしゃべり始めた。

「……一言でいえば乱暴者でした。いつも喧嘩に明け暮れ、騒ぎを起こしていました。人と付き合うこともなく、いつも一人で空を眺めているような子でしたね。ですが妙に年下の子どもには慕われていて……つまり、なんですな。弱いものいじめが心底憎いんでしょうな。年上のものが年下のものをいじめると、それこそ、いじめた子どもをぼこぼこにしましてね。終いには、いじめるとリュウに殴られるので、この施設では、子ども同士のいじめはすっかりなくなってしまいましたよ」

 ギデオンは、マルコ、セム、ヤペテが、リュウに対して陶酔にも似た憧れをもっている理由がようやくわかったような気がした。

「それで、すっかりこの孤児院はリュウが牛耳ってしまったんですが、そしたら、今度は頻繁に外に出るようになってね。何か悪さでもしているかとだいぶ心配したんですが、まさか剣術の稽古をしているとはね。リュウが剣技トーナメントで優勝して、王の騎士に入る資格を得たと聞いた時には本当にびっくりして空いた口がふさがりませんでしたよ――そんなこともあって、この孤児院にもたくさんの寄付が舞い込み、偉い方の視察もあって、私どもも大いに喜んでいたんですが……まさか、警察署長に危害を加え、知事の息子を殺害するなんて……この孤児院の名声も天から地に堕ちたようなものですよ。もはや、この孤児院は終わりです。知事は決して私たちをお許しにならないでしょう」

 がっくりと肩を落とした司祭にギデオンは声を掛けた。

「司祭殿、知事とはさきほど、話をしてきたところだ。リュウには一切の罪はないと言明していた。もはや、この施設に対して不利な扱いをすることはなかろう……彼自身のためにもな」

 最後の言葉はほとんどつぶやき声で、司祭には聞き取れなかったようだが、司祭は、急に息を吹き返したように身を乗り出してきた。

「それは、まことですか!」

「ああ、本人が自ら語った言葉だ」

「おお、神よ! あなたは、私たちをお見捨てにはならなかったのですね。私たちの祈りが天に届いたのですね!」

 司祭は夢を見ているかのように飛び上がって、神に祈りを捧げた。

 ギデオンはもはや長居は無用とみて、すくと立ち上がった。

 それを見た司祭は、そそくさとギデオンの前にいき、まるで神を仰ぐかのようにひれ伏した。

 ギデオンは司祭の背中に向かって重々しく言った。

「これだけは言っておく。この施設が存続できたのは、まさに神の御心によるものだ。だが、それはそなたたちを愛した故とは限らない。司祭殿、子どもたちの希望を失わせるようなことがあっては決してならぬぞ。もし、そのようなことがあれば、神もこのギデオンも決してそなたを許さぬ。お分かりか」

 さきほどまでの穏やかな口調とは違う、その雷鳴のごとき言葉は司祭の体を震わせた。

 司祭は神に叱責されたかのごとく満身ふるふると震えて、ひたすらひれ伏すのみだった。

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