ユダという男

 金髪の男はギデオンがそこに立っているのを承知していると思われるのに、まるでわざと聞かせているかのように心地よさげに鼻歌を鳴らしていた。

「ユダ様、ギデオン様がお見えになりましたが」

 執事は金髪の男が鼻歌を終えると、ようやく声をかけた。

 ユダと呼ばれた男は、その声に今気づいたかのようにこちらを振り向くと、驚いたような顔をして立ち上がった。

「これは、士師ギデオンではないか! これマルフォイ、なぜ早く言わぬのだ」

 ユダは執事を叱りつけたが、何かそこには芝居をしているような、かすかな諧謔かいぎゃくの匂いが感じられた。 

「申し訳ありません」

「もうよい、さっさと下がれ!」

 マルフォイと呼ばれた執事がそそくさと出ていくと、ユダはギデオンの前に立ち大仰にお辞儀した。

「これは、士師ギデオン。あなたのような方を、このようなあばら家をお招きできるとは――このユダの一生のほまれとなりましょう」

 ギデオンは芝居がかったユダの応対を遮るかのように手をあげた。

「ユダ殿、私はあなたに聞きたいことがあって、立ち寄ったまでだ。こびへつらいいは、人の心を腐らせると聞く。さっさと話をすませてしまいたいものだ」

「おお、神の士師ともなれば、この私などより、はるかに重き任を背負われておりますからな、確かに無駄なあいさつで時間をつぶすこともありますまい。さあ、こちらへどうぞ」

 ユダが指し示すソファーに腰を下ろしたギデオンは、対面に座ったユダの顔を改めて眺めた。

 完璧な美貌であった。

 年のころは40は超えているようだが、まだ20代と言ってもいいような肌のつやと精気を漂わせていた。

 キャラメルを溶かしたような艶のある金髪、凛々しい眉毛、高く整った鼻筋、この男の前では、どんな美女ですら霞んでしまうとさえ思われた。

 だが、士師であるギデオンの眼には、その美は何か不健康なもののように見えた。

 その神々しいばかりの内に何か禍々しいものが潜んでいるように感じられた。

 そんなギデオンの心の内など少しも気にする風もなく、ユダがにこやかに微笑みながら訪ねてきた。

「さて、私はあなたがこの街にいらしたと聞いて、歓迎せねばと思い部下を迎えにいかせたのですが、あなたはどうやら私にお話があるとのこと。いったい、どのようなお話でしょうか」

「私はある要件があってこの街を訪れたが、思いもかけず、神を恐れぬ残虐な拷問の場面に出くわしてしまった。しかも、その拷問をなしたる男はこの街の警察署長とのことだった――ユダ殿、街のものに聞くと、その男に力と権限を与えたのはあなたであると伺ったが、それは確かか。もし、そうであったとすればとても見過ごしにはできぬ。国王と教皇に書を送り、あなたの責任を追及せねばならぬ」

 そう言うと、ギデオンは厳しい目でユダを見つめた。

 しかし、ユダは全く動じることなく、まるで演じるかのように我が身の潔白を訴え始めた。

「私もさきほど部下のものから聞きました。恐ろしいことです。あのような残虐な行為がこの平和の街マナハイムで起こったとは――あの男があのような暴虐をなす男だったとはついぞ知りませんでした。あの男は、私の前ではまるで天使のように耳をくすぐり、甘い言葉を弄したのでございます。偽善だけは神以外には見抜けぬと言われております。凡庸な私ごときが、あの悪魔の正体を見抜けなかったのは、やむをえないことでございました。もちろん私はこの街の治安を預かる知事の役目を負っております。自身の罪を逃れようなどとは露も思ってはおりません。私はさきほど、事情をつまびらかにした書状を書いて、国王と教皇に送ったところです。そのうえで厳正なる処罰を甘んじて受け入れる覚悟でございます」

 立ち上がり大仰に手を広げ、ギデオンに懇願し、天をみつめ祈りをささげる、その姿はまるで俳優であった。

 ギデオンはいつまでたっても終わりそうにないユダの言葉を遮った。

「――ユダ殿、するとあなたは、あの男の処刑には一切関わっていないというのか」

「当然です。もし、知っていたなら、法に基づき適正に処理したでしょう」

「聞くところによると、あの男が処刑しようとした少年の罪状は、あなたの子息を殺したことがその理由だというが、それでもあなたはあの処刑に何も関わっていないというのか」

 ギデオンはユダの眼を見据えて言った。まるで、ユダの眼の中にある動きを一瞬も見逃すまいとするようであった。

 一瞬、ユダの眼に揺らぎがあった。だが、それは動揺ではなかった。ましてや恐怖や焦りでもなかった。驚いたことにそれは喜びに似ていた。

「――士師、ギデオンよ。確かにあの男は私の息子を殺した咎で処刑するのだと触れ回ったそうです。だが、それは全くの誤りです。カイファは確かに私の子どもですが、はっきり言って、ごみのような人間でした。どうして私から、あのような子供が生まれたのか、私自身困惑しております。確かにカイファはあのリュウという少年に殺されましたが、それもカイファがならずものたちを雇って、あの少年を殺そうとして返り討ちにあったのです。まったく、情けないというか、あきれ果てるというか――私はリュウという少年がカイファを殺してくれて、逆にお礼を言いたいくらいだ。あのくずを私の前から取り除いてくれてありがとうと。だからもし、署長が私に相談していたら、私はリュウという少年を褒めこそすれ、処刑などさせるわけがありません」

 ユダはこれまでとは打って変わって、胸の内から込み上げてくるのをなるべく抑えるかのようにしゃべっていた。

 もし、ユダの言葉に真実があるとすれば、確かにこの瞬間の言葉だけは真実であったかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます