知事公館

 この時代、敵の侵攻に備えるために国境都市は堅固な城壁に囲まれており、城の中央にその都市の最も重要な施設が集まっているのが普通で、マナハイムも同様の造りとなっていた。

 ギデオンは教会の尖塔が見える街の中央に向かって歩いていた。

 すると、そちらの方から兵士の一団が向かってくるのが見えた。

 一団はギデオンの姿を見ると、急に走り出してきて、その周りを取り囲んだ。

 剣は構えてはいなかったが、明らかにギデオンを連行するよう命令されていると見えて、どの兵士の顔にも緊張の色が見えていた。

 その中から隊長と思われる兵士がギデオンの前に進み出て、硬い表情で言った。

「士師ギデオンですか」

「いかにも、私がギデオンだ」

「知事があなたに会いたいと仰せです。ご同道願えますか」

「私の方こそ、知事に会いに行こうと思っていたところだ」

「ならば、このままご案内申し上げる」

 残りの兵士たちは相変わらずギデオンの周りを取り囲み、厳しい目でギデオンを見つめていた。

 ギデオンは緊張した兵士たちの姿を眺めていたが、ふっと笑って肩をすくめ、道を歩き始めた。

 その動きに合わせるように兵士の一団も歩き出した。


 知事公館は街の中央にある非常に大きな屋敷だった。

 大きな庭があり、色とりどりの花が植えられ、匠の手になる偉人や英雄たちの銅像がいたるところに立ち並んでいた。

 ところどころに衛兵が立っていたが、一歩も動かぬその姿はまるで銅像の一つであるかのような趣さえ感じさせた。

 隊長は大きな屋敷の正面玄関の前に立つと、礼儀正しくドアをノックした。

 するとドアが開き、中からちょび髭を生やした執事らしき男が出てきた。

「おお、これはこれは士師ギデオンどのか! 神の戦士、我が国の至宝、民の敬愛する偉大な英雄たるあなたにおいでいただけるなど光栄の至りです。さあ知事もお待ちです。どうぞ、こちらへ」

 執事は満面の笑みを浮かべ、ギデオンを中にいざなった。

 兵士たちはその場にとどまり建物の中に入る様子はなかったが、ギデオンはまるで道化役者のようなこの執事の方にこそ、危険な臭いを感じ取った。

 だが、唯一神を除いては、恐れるという感情を久しく持ったことがなかったギデオンの心は、この執事を前にしてもいささかも揺らぐことはなかった。

 ギデオンは恐れもなく屋敷の中に足を踏み入れた。


 屋敷の中はさらに豪華であった。長く伸びた廊下に敷かれた厚手の絨毯、至る所に彫刻が並び、天井も美しい絵画で彩られていた。

 何人もの召使やメイドと思しきものたちが、ギデオンが通るたびに一歩後ろに下がり礼儀正しく頭を下げたが、いずれも花のように美しいものたちであった。

 前を歩く執事はこの屋敷の豪華さを見せつけるのが楽しくてならないとばかりに浮き浮きとして、時折メイドたちに軽口を言いながら前を歩いていた。

 階段を登り、いつくつかのホールや部屋を通り過ぎ、二人はようやく大きなドアの前に立った。

 執事は相変わらず微笑みを絶やさず、ピアノを奏でるかのように優雅にドアを叩いた。

 そして静かに扉を開けると、慇懃に頭を下げてギデオンに部屋に入るように手を指し伸ばした。

 ギデオンはそれを見ると、悠然と部屋に入っていった。

 その部屋は一間だけで優に家一軒ほどもある広さがあった。

 三面ある壁のうち一面は書棚に埋め尽くされ、もう一面は巨大な壁画が飾られ、残りの一面の前には銅像や剥製などのオブジェが並べられていた。

 部屋の中央には大きな黒檀の机があり、その前に金箔が張られたソファーとテーブルが置かれていた。

 そのソファーに金髪の男が一人、背中を見せて優雅に座っていた。

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