神への試問

 豚たちが切り裂かれたリュウの腹に鼻をつっこみ、内臓を喰い漁る。

 腸を引き出し、肝臓をかじり、膵臓をむさぼり食う。

 そんなおぞましいショーが始まるはずだった。


 ところが豚たちはうろうろするばかりで、さっぱりリュウの側に寄ろうとはしなかった。

 予想外の展開に署長の怒りが再び爆発した。

「なんだ、この豚どもは!」

 そう言うと、後ろにいた警官から鞭をひったくり、豚をこっぴどく叩き始めた。

「この豚ども、さっさと喰わねえか! 言うことを聞かねえと、てめえらから先に喰っちまうぞ! こら、さっさと喰い漁れ!」

 鞭は豚の体を容赦なくひっぱたき、豚は哀れな声をあげて逃げ回った。

 豚以上に肥えた署長がはあはあと息を切らして、豚を追いかけまわす姿は滑稽そのものだった。

 その滑稽さを自覚したのか、署長はもう勘弁ならないとばかりに鞭を捨てると腰の剣を抜いて、豚の頭に叩きつけた。

 刃は豚の頭に食い込み、豚は断末魔の悲鳴を上げて、どうと倒れた。

 目を血走らせながらその様子を見ていた署長は、今度はリュウの方を振り向いた。

「せっかくの余興を悉くつぶしやがって――リュウ、てめえは悪運が強え野郎だな。おい、まだ死んじゃいねえよなあ。この隙に死なれたんじゃ、俺は惨めな童貞野郎と同じで、一生もんもんとして暮らさねえといけねえじゃねえかよ。もう面倒くせえ、俺がてめえの内臓を全部引きずり出してやる」

 そう言うと、署長は剣を持ってリュウのところに向かって歩き出した。

 リュウはもはや意識を失っていた。

「おい、起きろ! 気を失ったまんま殺したんじゃ、面白くもなんともねえんだよ! 起きやがれ、この糞鼠!」

 署長はそう叫ぶと、リュウの顔を革靴で踏みつけた。

「てめえ、起きろ! まさか、死んだんじゃねえだろうな! こん畜生!」

 署長は顔を真っ赤にして、狂ったような叫びをあげてリュウの頭を何度も何度も蹴りつけた。

 その時だった。


「やめろ!」

 静まり返っていた広場に、堂々たる声が響いた。

 その太い声は、戦場で万の兵を叱咤する将帥の声のように、その場にいた全てのものの腹に響き渡った。

 さしもの署長の耳にもその声は届いたと見えて、顔をあげてきょろきょろと声の主を探した。

 すると、一人の剣士が群集の間から現れた。

 それを見た群衆がひそひそと話し始めた。そして、その声はだんだんと大きくなっていった。

「あの男、もしや士師ギデオン様じゃないか」

「そうだ、あの方のお姿を一度お見かけしたことがある」

「ああ、あの胸当てに刻まれたエンブレムを見ろ。百合の紋章だ、士師の紋章だ!」

 群衆の声は、いつの間にか喝采に変わっていた。


 ギデオンは署長を無視してリュウの方に近づくと、ハンカチで顔の血を拭った。

 リュウはかすかに息をしていた。

 ギデオンは、一瞬安堵したような顔をしたが、すぐに真顔になり民衆に向かって叫んだ。

「みな、手を貸してくれ! このものをベッドに運ぶんだ。医者を呼べ、すぐに腹を縫合するのだ。熱いお湯と綺麗なタオルをすぐに準備しろ!」

 今まで、署長の前で一言もなく、身動き一つできなかった市民が我先にとギデオンのもとにかけより、リュウを抱え上げた。

 その中には医者もいたと見えて、あの角の私の診療所に運んでくださいと大きな声で担ぎ手たちに指示していた。担ぎ手たちは大事そうにリュウを持ち上げると、急いで走り去っていった。


 署長はその様子を呆けたようにみつめていた。

 ギデオンは署長の前に立つと、厳しい目つきで詰問した。

「そなたがこの街の警察署長か。私は預言者エノクによって選ばれた士師ギデオンだ」

 署長は何が起こっているのか理解するのにしばらく時間がかかっていたが、ようやく状況を悟ると、今までの面相とは一転して、もみ手をしながら卑屈な笑いを浮かべて、ぺこぺこと頭を下げ始めた。

「これはこれはギデオン様、お噂はよく聞いております。こんな辺境にお出でくださるとは聞いておりませんで――ご連絡をいただければ、盛大に歓迎いたしましたのに」

 ギデオンは署長の空々しい話を手で遮った。

「あなたは何の権威に基づいて、このような横暴を行うのか。しかも、このような刑は国法でも神の法たる律法においても許されてはおらぬはず」

 署長はまるでギデオンに取り入るように薄ら笑いを浮かべた。

「あのものは極悪人です。人の皮をかぶった悪魔です。人を何人も殺し、知事の息子をも容赦なく殺したのです。人間ではありません。そのようなものを裁くのに人間の法を適用させる必要などございましょうか」

「私には、あなたこそ悪魔に魅入られているとしか思えんがな」

「何を証拠に。私は勤務に夢中になりすぎるきらいはありますが、至って善良な人間でございます」

 署長はへらへらと笑った。

「ならば神に問おう。あなたはそこに私が言うと言うまでそこに立っていなさい。もし何事もなければ、あなたは神に愛でられた人間だとみなそう」

 ギデオンは重々しく言うと、今度は民衆に向かって叫んだ。

「今から、この男は神に試される。誰一人、この男に近づいてはならん!」

 そう言うと、ギデオンも署長から離れ、民衆の列に加わって厳しい目で署長の姿を見つめた。

 群衆の輪の中でたった一人、署長はきょろきょろと周りを不安げに見渡して突っ立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます