狂気

 冷たい風が吹いていた。

 暗い雲が空全体を覆っていて、とにかく昏かった。

 草木一本はえていない、荒涼たる大地が見果たす限り続いていた。

 空腹だった。なんでもいい、食べるものが欲しかった。

 それに寒かった。凍えるように寒かった。

 自分がなぜこんなところを歩いているのか分からなかった。

 いったい自分がどこから来たのか、どこに行こうとするのか……

 何も覚えていなかった。

 ただひたすら歩いていた。


 どこからか泣き声が聞こえていた。

 遠くの方……いや、誰かが近くで泣いている……

 誰かいるのか、自分のほかに誰かいるのか。

 誰でもいい、こんなところに一人でいたくない。

 誰でもいい、自分と一緒にいてほしい。

 どこにいるんだ。

 どこで泣いているんだ。

 ……どこにもいないじゃないか。

 誰が泣いているんだ。どこで泣いているんだ。

 ……泣いていたのは自分なのか……

 ……たった一人で、どこにいけばいいんだ……どこにいけば……



 リュウはうっすらと目を開いた。

 体が妙に重く、頭が朦朧としていた。

 体中がギシギシと痛んでいるようなのだが、感覚が麻痺しているようで実感がなかった。

 リュウの目の前には男たちが並んでいた。

 そして、狂ったような叫び声をあげて、自分に向けて石を投げていた。

 石の一つがリュウの頭に当たった。ハンマーで叩かれたような衝撃があったが、痛みも感じなかった。

 石があられの様に浴びせられた。

 石が右目にあたり、右目から光が消えた。

 もはや顔中血だらけだと見えて、血が口に滴りおちていた。

 なぜか血の味だけは妙に生々しかった。


 誰かの叫び声が聞こえたと思ったら、急に投石がやんだ。

 リュウはゆっくりと顔をあげた。

 そこには着込んだ制服が今にもはち切れそうなくらいぶくぶくと太った男が一人、もの凄い形相でこちらを見ていた。

「おいリュウ! ようやくお目覚めのようだな!」

「……てめえか、一番見たくねえ面だ」リュウはつぶやくように言った。

「つれねえなあ、リュウ。俺はお前に会いたくて会いたくて、毎日たまらねえ思いで過ごしてたんだぜ――リュウ、てめえのおかげで、俺のペニスは使い物にならなくなっちまった。だがよ、驚くなよ! そんな状態でも、やっぱり溜まるんだよ。その溜まったもんがどこにいくと思う。なんと頭にいくんだよ! そうするとな、お前を捕まえたら、どんな拷問をしてやろうかって、そんなことばかり考えるわけだよ。分かるだろ。どうしたら一番お前が苦しむかってことをよ、それこそ毎日、毎日考えるわけよ」

 リュウの剣でペニスをぐちゃぐちゃにされた警察署長は、まるで狂人のように目を輝かし、その口からはひっきりなしに涎が垂れていたが、そんなことに頓着することもなく、狂ったようにしゃべり続けた。

「だがよ。せっかく考えた拷問であっけなくお前が死んじまったら、元も子もねえだろ。だから事前に試す必要があるってわけだ。お前が逃げ回っている間に、何度も何度も試したんだよ。お前にも見せたかったよ。おい、あの店の店主はミンチにしてやったよ。少しずつ肉を削いでな、それを挽肉にして焼いて、本人に食わせてたんだよ。背骨の脇の肉がまた旨そうでな。あいつ、涙垂らしながら食ってたよ。内臓まで食わせたかったんだが、間違って胃を取ってしまってな。あれは失敗だったわ。ふひひひひひひっ」

 署長は一人で腹を抱えて笑ったが、周囲の警官や市民たちはまるで死人の群れのように声一つなかった。

「俺がボコボコにして、ボロ雑巾のようになった女がいただろ、覚えてるよな。あいつのせいで俺は大事なペニスを奪われちまったんだから、あいつにもお仕置きをしないといかんだろ。だから皮をな、剥いでやったんだよ。これがまたひどく難しくてな、少しづつ剥がすのがポイントなんだよ。少しづつだぞ! するとな、おい想像できるか! なんと筋肉の筋がはっきり見えるんだよ! あれは驚きだったよ。だがまあ気色悪いもんだな。女ってのは見かけはいいが、結局、一皮剥くと不細工なもんだな。俺はある意味、ペニスが無くなって良かったのかもしれんな。あんな気色悪い生き物とまぐわうなんて、考えるだけで吐き気がするようになってなあ――ああ、なんの話をしていたんだっけ……おおそうだ、すっかり忘れてしまったわ。最近、なんだか物覚えが悪くてなってな。まあとにかく、あの二人の拷問は傑作だったよ。どちらもな、十時間は生きていたよ。店主の方が二時間ほど長く生きていたかな。女の方は俺がボコボコにしたから少し弱っていてな。今思うと可哀そうなことをしたもんだよ。もう少し優しくしておけば、もっと長い時間生きられたのになあ」

 警察署長の顔はもはや常人のものではなかった。悪魔というものがこの世にいるとすれば、まさに悪魔そのものであった。

「それで、ようやくお前を見つけたというわけだ――ところでリュウ、なんでお前がそんなところに磔にされているのか分かっているか? 分からない――そりゃそうだよな。お前が追剥どもから助けたという商人がいただろ。あいつが懸賞金欲しさに、お前を薬で眠らせて俺のところに通報したんだよ。いや大手柄だったよ。愛しい愛しいお前を見つけてくれたんだからな――だがどうも胡散臭いんで荷を調べてみたら、なんと麻薬を運んでおってな。これはなんだと聞くと、ぺらぺらと嘘ばかりついてなあ。娘がいるとかなんとかいうから、家を調べてみたら薄汚い猫が一匹おっただけだったわ。嘘はいかん、嘘はいかんぞ。神様も嘘はお嫌いだ。だからな、これ以上、嘘を言えぬように舌を抜いて、目をくりぬいて、頭をかち割ってやったよ」

 リュウは署長が機関銃のようにしゃべり散らすのを人ごとのように聞いていた。

「――なんだ、あまり興味なさそうだなあ。いや、すまんすまん。つまらない話ばかり聞かせてしまった。どうも、お前に会えた喜びで俺の頭はいかれちまったらしい。だが安心しろ、リュウ。次はきっとお前も気に入ると思うぞ」

 署長は凄まじい笑みを浮かべると、後ろから一人の女を引っ張ってきた。

「おい、この女は覚えているだろ。お前の馴染みのサラだ」

 その言葉を聞いた途端、リュウの頭が急にはっきりし出した。それとともに、もの凄い痛みが全身を襲ってきた。だがリュウの眼は目の前の女に釘付けになっていた。それは確かにあのサラだった。

 サラは口を封じられ、縄で縛られていたが、必死にもがいていた。

「おい、リュウ。こいつはどうしたらいいと思う。俺にペニスがあれば、この場でこいつを散々嬲った挙句に、ライオンに食わせるのを酒でも飲んで眺めたいんだが、あいにくとペニスがないんでなあ。となると、こいつのあそこに槍でも突っ込んでやればいいのかな。しかしそれじゃ、あっという間にくたばっちまうしな――おお、そうだ! お前のペニスをしゃぶらして、おっ立ったところを食いちぎらせるのというのはどうだ! お前もしばらく女を抱いておるまい。どうだ、こんな目にあってもお前のペニスがおっ立つのか、ぜひ見たいもんだ」

 署長はそう言うと、サラの口から縄を解いた。

「ほら、ズボンをずり下げて、あいつのペニスを可愛がってやれ。お前らのお得意の舌で、びんびんにおっ立たせてみろ。そんでしっかりくわえてしごいてやれ。だが、いく寸前に食いちぎるんだぞ。いかせては絶対にいかんぞお! うまくできたら、俺の家のメイドとして豚のように飼ってやるぞ、ほら行け。市民みんなに見せてやれ。お前ら娼婦がどんだけ恥さらしで、汚いことをしてるかってことをな」

 署長は興奮のあまり、真っ赤になった顔をてからせながら、縄で縛られたサラの背中を剣でつつき、リュウの前に押し出した。

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