自由への歩み

「リュウ、俺に挨拶もなしで、こんな夜更けにマナハイムをこそこそ逃げ出そうってのか。そりゃねえだろ」

 金髪の少年が禍々しい笑みを浮かべて言った。

「――カイファか。お前こそ、こんな時間におかしな連中を引き連れて遠足にでも来たのか。子どもはもう寝る時間だぞ」

「リュウ、お前また、街で騒ぎを起こしたらしいな。署長のやつ、お前を八つ裂きにしてやるとえらい剣幕だぜ」

「そうか――やっぱりペニスだけじゃなく、体も切り刻んだ方が良かったみたいだな」

「お前をやつに手渡してやってもいんだが、それじゃ俺の気が収まらねえ。お前を八つ裂きにするのは俺がやってやろうと思ってよ」

 リュウは鼻で笑った。

「――お前は俺を八つ裂きにするのにもこんな連中の手を借りないとだめなのかよ。情けねえ野郎だな。それに、こんなかすみてえな連中を集めれば俺を殺せるとでも思ってんのか、ほんと笑わせるぜ」

「いきがってられるのも今のうちだ。おい、こいつをぶち殺せ」

 リュウは周囲を見据えた。

 ざっと20人ほどに囲まれていた。

 しかし、不安や恐れなど一切感じなかった。

 リュウは剣を抜いた。

 それを見たカイファの左にいた無頼漢が刀を振り上げ、襲い掛かってきた。

 しかし、何があったのか見る暇もなく、男はどうと倒れた。

 リュウの剣が男の喉を貫いていた。驚くべき剣速であった。

 今度はカイファの右にいた男が狂ったような喚き声をあげて躍りかかったが、それも一瞬にして倒れた。

 いつの間にかカイファの顔からは笑みが消えていた。

「おい、お前ら、やっちまえ! なにしてんだ、こいつをぶっ殺せ!」

 しかし、周りの男たちはリュウのあまりの斬撃の鋭さに足が動かせないでいた。

 リュウは、男たちを見やると低い声で言った。

「――おい、お前らはどうせ金で雇われたんだろう。俺を殺した金で酒でも飲んで女でも抱きに行こうとでも思ってたかよ――まさか、こんなとこで命を落とすなんて思ってもみなかったろうな。こんなはずじゃなねえって面だな。だが俺は容赦しねえぞ。こいつもくずだが、てめえらも同じ穴の貉だ。誰一人生きて帰れると思うなよ」

 その言葉が終わるや否やリュウは駆けていた。

 鋭い突きが男の喉を貫いた。 

 そして、一瞬の後には、その切っ先は別な男の目玉に突き刺さっていた。


 リュウの剣技は亜流だった。誰に教えられたものでもなかった。

 剣を構えたり、型を学んだり、そんなことはしなかった。そんなことを教えてくれるものは誰もいなかった。

 あえて言えばリュウの師匠は自然そのものだった。無駄な動きを省き、一瞬にして敵を仕留める。それは、まさに風や水、獣や昆虫たちの動きそのままであった。

 一瞬にして相手の懐に飛び込み、致命の一撃を放つ。

 そういう意味では、捨て身の攻撃と言っても良かった。

 突きをかわされたら、それで終わりであった。手を伸ばし、体を伸ばし、無防備に頭を晒した姿態では相手の剣を受けようがなかった。

 外したら死ぬ。その覚悟を持った突きだった。

 だが、そのことになんの迷いも持ってはいなかった。

 だからこそ、その突きは信じられないほど速く、その間合いを計るのは至難の業であった。


 あっという間に三人が倒れた。

 この間、わずか五秒もなかった。

 周囲を取り囲む男たちの眼は、明らかに脅えの色に染まっていた。

 誰もが二の足を踏んでいた。

 リュウは本能的に知っていた。

 多数の人間を相手にする場合は、まずは相手の勢いを止めることが大事だということを。

 こんなはずじゃなかったという思いが集団に蔓延し、その集団はたちまち臆病者の群れに成り下がる。

 男たちは、もはや敵とも言えなかった。ただのびくついた野良犬に過ぎなかった。

 リュウはぶるぶると震えながら刀を構える男どもを一人一人瞬殺していった。

 そして、あっという間にカイファ一人を残すのみとなった。

「――おい、お前ひとりになったぜ」

 リュウは血に染まった剣を握り返すと、カイファの前に歩み寄った。

 カイファの口はがくがくと震えていた。

 何か言おうとしているようだが、言葉が出てこないようであった。

「おい、お前の父親はこの街の知事だったな――お前の親父はそれなりに力があったぜ。うちの孤児院に圧力をかけて、見事に俺を追い出したんだからな。だがお前はなんだ。力もねえくせにいきがってばかりだ。おい、金で俺を殺せると思ったか」

 リュウは、剣をカイファの喉に突き付けた。

 カイファは相変わらず顎を震わせて、何を言いたいのかさっぱり分からなかったが、とうとう蟹のように泡を吹き始めた。

「おい、ろくに口もきけねえのかよ。本当に情けねえ奴だな――おいカイファ、お前、生きる価値ねえよ」

 その言葉と共に、剣がカイファの喉にぐさりと突き刺さった。

 カイファの眼は大きく開き、口から噴き出る泡に血が混じった。

 そして、カイファはそのまま後ろに倒れた。


 男の死体が二十以上転がっていた。

 おそらく明日には警察が発見して、リュウの仕業と断じるだろう。

 今後、リュウは法を犯したものとして追われる身となる。

 だが、リュウの心はそれほど暗くはなかった。

 ようやく、自分一人で歩けるときが来たのだ。

 誰の言うことも聞くこともない。誰に膝まずく必要もない。

 生きたいように生きる。

 ようやくそれができる。

 だが、好きなように生きるためには責任も負わねばならない。

 自分がした行為の責任を。

 それが自由であることの代償だ。

 こうして、リュウは自由への道を歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます