マナハイムの夜 2

 リュウは、骨が砕かれた手首を抱えてうずくまる警察署長を冷徹な目で見降ろしていた。

「――てめえ、なんてことしやがる、おまえは即刻、牢屋にぶちこん……」

 警察署長が狂ったような目つきでリュウを見上げ悪罵を言いかけたが、その言葉は途中で途切れた。リュウが署長の顔を思いっきり踏みつぶしたからだった。

 リュウはブーツをぐりぐりと頭に押し付けた。

「……お、おまえ、こんなことして、ただですむと思うなよ」

 署長が吐き出すように言った。

「――てめえは、力があるんだろ。だったら、俺の足をどけてみろよ」

 リュウは署長の頭をさらにぐりぐりと踏みつけた。

「俺なんかの汚ねえ靴底舐めて、無様な格好だな。俺の足もどかせられないのかよ。そんなやつに何の力があるってんだよ、えっ、この糞虫が! てめえみてえなごみがいるから、この世の中が臭くてたまらねんだよ。てめえみたいなやつが一丁前にペニス生やしてるから、女たちが苦労するんじゃねえか、こんなもんは切り取った方が世のためじゃねえのか」

 リュウはそう言うと、脇においた鞘から剣を引き抜き、その切っ先を署長のパンツの上に置いた。

 金属の重さがペニスに直に伝わった。

「ま、まて、や、やめてくれ――分かった、今日のところは勘弁してやる」

「勘弁してやるだ、ずいぶんと偉そうじゃねえか」

 そう言うと、リュウは剣をさらに股間に押し付けた。

「悪かった、俺が悪かった、許してくれ、頼む」

 署長の顔は青ざめ、声は震えていた。

「……リュウ、これ以上、やめとけ」店主が恐る恐るリュウに話しかけた。

「うれせえ、黙ってろ! てめえ、自分んとこの女がこんな目に遭ったっていうのに、女には目もやらず、こんな糞みたいなやつに媚びやがって――てめえもこいつと同じだ。やってることは何にも違っちゃいねえ、弱い奴には威張り散らすくせに、強え奴には卑屈な笑いを浮かべて揉み手をしながらすぐに頭を下げる。弱い奴から分捕るのは当たり前だと思ってやがる。おい、てめえらのどこにそんな力があるんだよ、言ってみろよ!」

リュウの怒りを含んだ声が店主をたじろがせた。

「てめえらはなんの力ももっちゃいねえ。てめえらが威張り腐っているのは、たまたま世界がこれまでそうだったからだ。そういうことをしても許される世界にたまたま生まれてきたからだ。何一つ、自分で勝ち取ったもんじゃねえ、すべて、世界のおこぼれを啜っているだけにすぎねえ」

 そう言うと、リュウは再び署長を見下ろし、周りに宣告するように言った。

「お前らはどいつもこいつも同じだ。自分がやばくなると恥も外聞も捨てて、詫びの言葉を並べ立て、頭を下げればそれですむと思っていやがる。自分がどんなことをしでかしたかも忘れてな――いいか、自分がしたことってのは絶対に取り返しがつかねんだ。どんなに詫びても悔いても、失われたものは絶対に取り戻せねえんだ――人間は自分のした行いに責任を持つ必要がある。自分がした仕打ちの報いをうける必要がある。だから、この豚も報いをうけなくちゃならない」

 相変らず、リュウの靴で頭を押えられた署長はまるで頭がおかしくなったようにへらへらと笑っていた。

「――おい、てめえがした仕打ちの報いはこれだ」

 リュウはそう言うと、何事でもないかのように剣をパンツにぐいと押し込み、股間に突き刺した。

 獣のような署長の喚き声が店内を震わせた。

 署長は真っ赤に染まった股間を押さえて床の上をのた打ち回った。



 リュウは暗い目でその様子を見ると、剣を鞘に納めて戸口に向かって歩き出した。

 その場にいた者は皆茫然として、誰一人としてリュウに声を掛けるものはいなかった。

 リュウは扉を開いた。

 その時だった。後ろから声が聞こえた。

「リュウ!」

 リュウが後ろを振り返ると、そこにはサラが立っていた。

「リュウ……ありがとう」

 サラは小さくそう言った。

 リュウは、そんな言葉は聞きたくないとばかりに踵を返すと扉をバタンと閉めた。



 リュウは外に出ると、暗い空を見上げた。

 空には満天の星々がいつものごとくに美しく光っていた。

 リュウはその光が忌々しく思えた。

 ちっと舌打ちをすると、相変らずかまびすしいマナハイムの繁華街を憮然として歩いていった。

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