転移の念の検証 その一
仕事の時間が終わり、サチに今日の予定を聞く。
「今日は・・・特に何も予定はありませんね」
「そうか。んー、それなら今日はどうしようかなぁ」
このところ人の多いところに赴くことが多かったので久しぶりに家でゆっくりしようかなと考えているとサチが提案をしてくる。
「もしソウがよければちょっとした検証に付き合って頂きたいのですが」
「お?検証?」
「はい。ソウの転移の念の検証を行ってみたいのです」
「俺の転移の念?あのサチに向かって飛ぶ使用禁止のアレか?」
「そうです。基本使用禁止なのは変わりませんが、どの程度の性能を持っているか知っておくべきではないかと」
「ふむ、俺は一向に構わないが、いいのか?」
「問題ありません。その辺りも考えてありますので」
「わかった、じゃあ検証実験してみよう」
「ありがとうございます。では早速移動しましょう」
サチが少し嬉しそうに転移するため俺の腕にしがみついて来る。
なるほど、サチもイチャイチャしたいのか。最近なんだかんだで忙しくて二人でいる時間が少なかったからな。
となれば俺は全力で転移の念を成功させなければならないな!頑張るぞ!
家の転移場所に移動してサチから今日の検証内容を聞く。
「今日の検証はソウの転移の念の性能について詳しく調べます。移動可能距離、精度、消費神力など何回かに分けて検証したいと思います」
「具体的にどうするんだ?」
「まず私がここより一定距離離れた場所に移動します。その後ソウは転移の念を使って飛んで下さい」
「直ぐに飛んでいいのか?」
「いえ、こちらでも準備をしますので一定時間後にお願いします。これを渡しておきます」
そう言ってサチは空間収納から輪っかのようなものと砂時計に似た形状の小さな瓶を取り出して渡してきた。
「これは?」
「こちらの瓶はタイマーのようなものです。上の金属を反対の場所に入れると中の液体が反対へ移動するので全部移動したら転移の念を使ってください」
「ほうほう。水時計みたいな感じか」
「以前頂いて使わなかったのですが、ソウならこういうものを好むかと思いまして」
「うん、いいね。こういうの好き」
「よかったです。こちらの輪は腕に付けて頂くと私のパネルに座標が表示されますので使用時の追跡と万が一失敗した時に迎えに行けます」
「了解。助かる」
言われた通り腕に付ける。色が薄黄色でぼんやり発光してるからか今日見た下位天使の輪みたいに見える。
「これでいいか?」
「確認します・・・はい、大丈夫です。それではよろしくお願いします」
「あいよ」
俺から少し離れ、サチは転移の念の準備に入り、体の回りがぼんやり白く光る。
「あぁ、ひとつ言い忘れてました」
「ん?どうした?」
「今回私は必ず人気の無い場所に居ます。・・・頑張って来てくださいね。転移!」
そう言ってサチは俺の目の前から何処かへ飛んで行った。
・・・あんにゃろう、思いっきり俺を挑発して行きやがった。
なんだあのちょっと照れたような感じの上目遣いは!最高だろう!
くっそー、これは何が何でも見つけなければ!やるぞ!俺!
顔をパンパンと叩き、当初以上の気合を入れて俺は水時計の金属を反対の位置に入れた。
待ってろよ、サチ!
水時計の液体が全て金属側へ移動したので目を閉じて転移の念の準備に入る。
転移・・・転移・・・相変わらず可能になるまで時間がかかる。
これまでもイメージトレーニングはしてたので発動自体は出来るはずだ。・・・よし、来た!転移!
いつもの引っ張られる感覚に襲われ一瞬意識が遠退く。
「んふぅ!」
聞いたことのある甘い声で意識が覚める。
「どうやら成功したみたいだな」
自分の目の前にはサチの後頭部が見える。今回は背後に回ったようだ。唯一サチの前に出てる手に伝わる柔らかな感触を全力で楽しむことにする。
「転移状況もっ、確認できました、んくっ」
「それはなにより。ところでここは何処なんだ?」
草原に点々と木が生えるような島のようだ。サチはその木の下にいたらしく、木陰になってていい具合に涼しく過ごしやすい。
「家のある島からっ、そこまで遠くない無人の島ですっ。ちょ、ちょっと激しくないですか?」
「んー?そりゃアレだけ煽られたからなぁ」
「それについては謝りますのでっ、この後の事も考えてお願いしますっ!」
「しょうがないなぁ」
渋々胸から手を放す。不完全燃焼感が残る。
「・・・ふぅ。相変わらず恐るべき精度ですね」
「そうなのか?」
「本来転移の念は若干座標にずれが生じるのですが、寸分狂わず移動できるのはソウぐらいですよ」
「行き先は限定されてるけどな」
「そこを解明できればもっと転移の念を安全に使えるようになると思うのです」
「なるほど、それで今回検証したいと申し出てきたわけか」
「はい。建前は」
「・・・そうか、建前か。そういうのははっきり言わない方がいいと思うぞ?」
「ここにはソウしかいないので問題ありません。どうせ繕ってもソウにはバレますし」
「まぁな。サチの機微については全世界一を自負しているつもりだ」
「ふふっ、なんですかその自慢にならない自負は。ではその全世界一さんは今私が何をしたいかわかりますか?」
「ふむ・・・。次の転移検証の準備は出来たがもう少しここでゆっくりしたい気分。俺的には弁当を食べるのを提案したい。フルーツサンド辺りがおすすめだ」
「・・・」
「なんだよその顔は。間違ってたか?」
「いえ、正解は正解なのですが、余計な提案のせいで頭がそちらの考えになってしまったではありませんか」
ぶーぶー言いつつ素早い手付きで空間収納から小さい椅子やテーブル、食器一式などの簡易食事セットを出す。
「どうしたんだ?これ」
「以前ソウと外で食事をした時に今後必要になると思いまして頼んでおきました」
「準備がいいな」
「私もそれなりにソウの機微には詳しい方なので」
「なるほど、全空間一か。さすがだな」
「それなりと言っているではありませんか!ほら、準備できましたよ!」
実際サチほど俺に詳しい人はいないと思うけどな。仮に前の世界の俺を知ってる何者かが現れたとしてもそれは決して覆らない。うん。
「じゃあ頂こうか。いただきます」
「いただきます」
こうやって向かい合って飯を食ってくれる相手がいるっていいことだな。
心の中で改めてサチに感謝しながらテーブルに並べられたサンドイッチに俺は手を伸ばした。
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