-ヘリーゼの忙しい一日 後編-

日が傾き、多くの人が島から帰る頃になってやっと手が空いた私は待ち合わせ場所の町地区に近い樹木地区に足を運んだ。


「お疲れ様」


「そっちもね。ありがとう、助かったよ」


私よりヘトヘトな状態でもお礼を言うのは忘れないトーフィス。こういう小さな気配りが管理人をやれる器なんだと思う。


トーフィスとベンチに座りながら町区画で確保しておいた一口シャーベットを食べながら今日の感想兼反省会をする。


「迷子センターと待ち合わせ場所かー。確かにこっちでも同じような人が出てたからもっと案内板を増やした方がいいのかな」


「うーん、増やしても見ない人は見ないから効果は薄いかも」


「そっか。とりあえず各区画に迷子センターと待ち合わせ場所を作って、区画長や案内人に気にしてもらえるように伝えて、追々負担軽減のシステムを・・・」


シャーベットに刺さってた長めの楊枝を振りながらブツブツと改善方法を考えている。


トーフィスは頭がいい。ここで共に仕事をするようになって思うようになった。


頭の良さにも色々あるが、トーフィスの場合は手持ちの技術を活用する上手さと言えばいいのかな、頭の柔軟さが凄い。


様々な職業を転々としてきたって言ってたからたぶんそこの経験が柔軟な考えが出来るんだと思う。


あと視野も広く気配りが良くできる。


私がこうやって管理人補佐をやったり、造島師さんや職人さん、従業員の人達が彼を慕うのはそういった魅力があるからなんじゃないかな。


素に戻ると弱気で不眠症な部分が出るけど、知ってるのはごくわずかな人だけなので問題ない。


「よし、とりあえず造島師の皆さんに投げたから後はあちらにお任せして、個人的な仕事がひとつあるんだけど付き合ってくれるかな」


「ん。了解」


立ち上がるトーフィスのパネルに追跡報告と言うのが一瞬見えたので恐らくソウ様とサチナリア様にご挨拶に行くのだろう。


初日の島の様子を二人で話しながら町地区へと向かう。


入り口付近で待ってると相変わらず腰を曲げて歩く変装したソウ様とやっぱり一瞬誰か分からなくなる格好のサチナリア様がこちらに気付き手を上げて挨拶してくれるので頭を下げて返す。


「お見送りをさせて下さい、ソウ様」


「わざわざありがとう」


私達の行動に嫌な顔ひとつせず、転移広場までの同行を許可してくれる。寛大なお方だ。


疲れの色を見せていたトーフィスがそんなもの吹き飛ばしたかのような表情で嬉しそうに話してる。改めてトーフィスのソウ様への慕いぶりを感じる。


日々の会話からもソウ様へ感謝や尊敬の言葉を聞いていたが、実際話してる姿を見ると神様というよりは兄や先輩に接してるような雰囲気を醸し出している。


わかる。私は心の中で同意する。


ソウ様はなんと言うか神様と思わせない独特の雰囲気を持っていて、私なんかつい口調が戻りそうになるときがある。


「どうしました?」


私側に付いて下さったサチナリア様が私の様子を見て尋ねてくれる。


「いえ、こちらから願い出たこととはいえ神様とその補佐官様と横に並んで歩くなんて不思議な状態だなと」


「そうですね。神様としてどうなのかとは若干思いますが、あれがソウという人物なので慣れてください」


「あはは、わかりました」


ソウ様とトーフィスが何やら二人で話が盛り上がってるようなので私もこれを機にサチナリア様に色々聞くことにする。


「サチナリア様は仕事の線引きはどこでしているのですか?」


「・・・どういうことですか?」

 

突然の質問に詳しくという表情をされたので今朝思ったことを説明する。


「なるほど、今の生活においてどこまでが仕事でどこまでが私生活なのかラインがわからなくなってきていると」


「そうなんです。常日頃からソウ様と行動してるサチナリア様なら何か答えを持っているのではないかなと」


「そうですね・・・。私個人の考えでいいですか?」


「はい、もちろんです」


「私達は神様のために生きています。つまり生きることが仕事であり、成すこと全てが仕事です。そのように考えれば線引きなんて必要ないと思います」


「生きることが仕事、ですか」


「そうです。それになにも成果を出すだけが神様のためではありません。問題が起きた、失敗した、上手くいかなかった、そのような事も経験として情報になりますので決して無駄ではありません」


「あー・・・なるほどー・・・」


あまりに自分とサチナリア様の考えの規模の違いに曖昧な相槌をしながら頷くしかできなくなる。


「例えば貴女がトーフィスの隣に家を構えて半ば押しかけ女房のようなことをしていたとしても、それもきちんと神様のためになっているのですよ」


「っ!?」


頑張って理解しようとする私にサチナリア様がとんでもないことを言う。


し、知ってたのですね。


確かに口止めはしてなかったので知られてもおかしくはないのだけど・・・。何か凄く恥ずかしい。


「ふふ、彼を支えようとして自主的に動いてくれたことを私は高く評価しています」


「え、あ、ありがとうございます」


「その上でお願いにはなるのですが、このまま継続して管理人補佐として観光島に携わって頂けると助かります」


「わかりました」


「ありがとうございます。何かあればこちらも出来る限り協力しますので」


その言葉を聞いて私は全力で聞き返したくなったが、そこはぐっと堪えて出来る限り平静を装う。


「では、ひとつお願いしたいことが」


「なんですか?」


「食材研究士に立ち入り禁止区の立ち入り許可を頂きたいです」


「・・・そう来ましたか」


口に手を当てて考える仕草をしながらこちらに鋭い、主神補佐官たる視線をしてくる。


ここでたじろいでは交渉には勝てない。にやりと笑うぐらいが丁度いい。


「・・・わかりました。一律で許可を出すことは出来ないので都度発行になりますが事前に申請をして貰い、審査した上で許可という形でしたら応じます」


「ありがとうございます!」


やった!これでみんなが気になる島に食材探しに行けるようになるかもしれない!


前々から研究士の仲間が気になる植物があるけど認可が下りないという嘆きを聞いていたのでこれで少し前進できる。


心の中でガッツポーズを決めてるとパネルを操作しながらサチナリア様がじっと私の顔を見ながら聞いて来る。


「ひとつ確認しますが」


「はい?」


「他の研究士達より活動が出来ていないからという負い目からこの要望を出した、というわけではありませんよね?」


「それはもちろん。食材の種類が増えれば料理の種類も増えます。色々な料理を食べるのが私の楽しみですので」


「そうですか。もし負い目で要望を出していたならば個人的に無いのかと聞こうと思いましたが問題ないようですね」


「・・・あっ!」


しまった!折角サチナリア様と一対一で要望を出せるチャンスだったのだからもっと踏み込んだこと言えばよかった!


でも後悔はしてない。一番最初に思い浮かんだ要望だから。


「ふふ、貴女は全体を見て自分で考え個で動ける人です。今後もその意気で頑張ってください」


「はい!」


私の行動は間違っていない。そう言ってもらえたようで自然と口元が緩んでしまう。


そんなやり取りをしていたら気がつくと転移広場前まで来ていた。


「本日はありがとうございました」


「次来るのが楽しみじゃ」


「はい。お待ちしております」


「じゃあの」


他の人の目もあるからか最後まで話し方がご老人のソウ様とそれを見て困ったようななんともいえない表情のサチナリア様を見送る。


「ふー・・・これで思い残すこと無く終業作業に入れそうだ」


「・・・なんか心なしか元気になってない?」


「そうかな。ソウ様にいいアドバイスを貰ったからかな」


「む、気になるんだけど」


「今は秘密。そのうち教えるよ。さ、もうひと頑張りしよう」


「りょーかい」


私は心の中でソウ様に感謝する。


ここ最近緊張のせいか弱っていたトーフィスからいつものトーフィスに戻してくれたことに。


弱ってる時はそれはそれで面倒を見たくなる気持ちになるが、やっぱりこっちの方がいい。


「ヘリーゼ?」


「ん、今行く」


先に行くトーフィスが振り返って呼ぶので急いで隣に並ぶ。


うん、ここが私の位置かな。


今日は色々あって大変だったけど、この位置にいると不思議と不安が無くなる。


明日も頑張ろう。そしてより良い観光島にしていこう。改めて私は心に決めた。

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