観光島正式オープン

今日は下界にある冒険者学校の授業をこっそり一緒に見させてもらっている。


授業は基本的に座学と実習の同時進行の形式が多く、座学をやってから実際に実習をしてみると言う俺がやってる料理教室と同じ方式だ。


俺が今見てるのは身体強化について。


身体強化と言っても色々あるらしく、自身が引き出せる身体能力のリミッターの上限を上げたり排除する、潜在能力を一時的に開放する、他者から一時的に付与する形で借りるなど色々な方法がある。


基本的に人というのは無意識に制限をかけていて、およそ全力の二割から三割ぐらいしか引き出せないようになっている。


これの制限を一時的に上げたり無くしたりする技術というのが瞬間強化と言われてるもので、比較的誰でも出来るがやりすぎると体に反動が来るのが欠点だ。


そりゃ体が自分の体が壊れないように制限かけてるのだからそれ以上の力を引き出せば反動が出るわな。


あぁ、なるほど、反動が出たら出たで回復薬や回復魔法をかけて治すまでがセットなのか。便利な世界だ。


潜在能力を引き出すという方法は闘気やオーラと言われる取り込んだマナを開放することで行うやり方で、瞬間強化より長時間維持できるのが特徴だ。


最大値を増やすので肉体への反動が少ないのが利点だが、潜在的な部分に依存するのでトレーニングなどして体作りをしてなかったり、マナを変換する技術が無ければ使えないというのが欠点だ。


その点付与というのは一番当人には負担が無い。


代わりに付与する側に負担があったり、付与する際に減衰されてしまうので自己強化するよりは効果が落ちるのが欠点か。どれも一長一短だな。


この欠点部分を自分なりのやり方や仲間と協力して無くすのが一流への道なのか。なるほどなー。


講習の内容が次に移り、武器や防具の扱いについての講習になる。


この辺りは前にちょっと見たな。大きな武器は上級者向けというような内容だったはず。


次の内容に移るまでの間画面を小さくして他の場所を見たり願い事の消化に当たる。


しばらくすると講習内容がアクセサリーについての内容に変わった。


アクセサリーと聞くと俺の認識だと着飾るための装飾品という印象だが、下界では身につけることで様々な効果を得られる装備品として扱われる。


アクセサリーの特徴は身につける場所や形状、使われてる素材、彫金度合いで効果が変わる。


例えば火の精霊が好む金属で力強さを象徴する彫金がされたブレスレットは装備者に腕力強化を与える。


強化といっても自己強化と違い、気持ちちょっと普段より力持ちになったかな?ぐらいの感覚らしいが、上質なものになると効果が高くなるので馬鹿に出来ない。


講習によると下界のアクセサリー業界では既にある程度理論が確立されており、腕や手につけるものは攻撃系、首につけるものは防御系、足につけるのは身体強化系というのがセオリーらしい。


攻撃系というのは腕力や器用さ、魔力を底上げするもの、防御系は物理防御、魔法防御のどちらか、身体強化系はジャンプ力や素早さなどを指す。


なるほど、だから下界の人達は男でもアクセサリーを身につけてる人が多いのか。文化的なものかと思ってた。


ここで素朴な疑問が出る。


それなら体中にアクセサリーを付けたら色々な効果が得られるのでないかと。


講習を受けてる人からも同様の質問が出たようで、講師がそれについて答えてくれる。


アクセサリーは精霊が力を貸してやっと効果が出るので干渉が起きないように部位毎にひとつが決まりらしい。


同系統の精霊のアクセサリーなら同じ部位に複数装備しても干渉が起きないのかというとそうでもなく、精霊からすると浮気と判断されてしまい、両方とも効果が出ないなんてことになってしまうようだ。


一方で各部位を同一精霊で正しく装備してまとめると精霊が喜んで効果を上乗せしてくれる事がある。セット効果というやつか。


なので純粋に自分が求める効果を各種身に付ける人とセット効果狙いで恩恵の薄い部位でも精霊でまとめる人に分かれる。


ただ、講習でセットがあることを知ってもセット狙いでアクセサリーを選ぶ人は全体の一割にも満たない。


理由は色々あるが、若手のうちは武器や防具の質を先に上げるのが先で、予算に余裕が出て来てアクセサリーを買うにしても精々一箇所止まりの人が多い。


更にセット効果でも作者が同じ、素材の配合具合、作った場所などで精霊の好みが変わるので最大限のセット効果を望むのはほぼ無理と言われている。


気になったので理想的なセット効果はどの程度出るのか試しに調べてみた。


「おおう・・・」


「一応理論値を出しましたが、まず無理でしょう」


「だろうな。しかしもしこれに気付いたら下界の装備基準が大きく変わるな」


「でしょうね。精霊への見方も変わるかと。それが良い方向になるかどうかは別ですが」


「そうだな。ま、現実的ではないから気にしなくていいだろう」


サチに頼んで出してみた理想的なセット効果はそれまでの下界の装備理論を覆すほど高い効果になっていた。


ただ、これはあくまで理論上の値であって、非現実的な内容になっている。


希少な素材を贅沢に使い、精霊の好みを熟知し、各部位に寸分狂わず同じ彫金を施し、同じ職人が多大な時間を掛けて作り上げた上で一、二回使うと壊れるという代物だ。


そんなもん誰が作ろうと思うんだって話だわな。


ただ・・・こっち、上位天使の生活空間なら出来なくはないかもしれない。


破損と言う部分がネックになるが、そこは神器化してしまえばクリアできる。


とはいえ作れるというだけで必要性が無いので作ってもらおうとは思わない。それだけの物を作る時間があるなら他の物を頼むと思う。


とりあえずアクセサリーについてある程度知識を深められたのは良かった。同時に危険性も知れたのも良かった。


精霊とは共生関係ぐらいがいい。


なまじ変に主導権を握って利用しようとしたり、過剰に依存してしまえば世界のバランスが崩れるからな。


もしそういう気を起こそうとする人物が居たらそれとなく軌道修正しよう。


ま、俺がどうこうする前に下界の誰かがやってくれるだろうけどね。




今日は観光島に来ている。


ついに正式に観光島としてオープンし、一般の人にも開放する。


それを知ったのは少し前。


そのために俺とサチはある準備を進めていた。


「では、いこうかの」


観光島の転移広場で変装してキャラになりきった俺がサチに話しかける。


「え、えぇ。た、楽しみですね。ぶふっ」


さっきからこっちを見ては吹き出すのを繰り返してる。失礼な奴だ。


「オイオイ、本当に大丈夫なのか?」


「だ、大丈夫です。気を引き締めます」


「頼むぞよ?」


「ぞよ!?・・・くっ、ふふっ」


本当に大丈夫だろうか。ばれないか不安になってくる。


サチは認識軽減付きの特殊なメガネを掛け、髪をアップにして後ろでまとめ、シャツにジャケット、レギンスと普段あまりしない格好をしている。


元々サチは美人だからな。前の世界でこんな格好してたらモデルか何かと思われそうだ。


一方俺は髪を伸ばし、鼻下に髭を生やし、髪、眉、髭を全て真っ白にした上で更に目じりと口元に線を描いた老人メイクをして、ちょっとお洒落な杖を持った姿でいる。


背中をちょっと丸め気味にするのを意識すると我ながらなかなかのご老人っぷりだと思うんだが、サチからするとただただ面白いだけらしい。うーん。


まぁばれたらばれたで騒ぎが大きくならないように皆動いてくれるだろうから大丈夫だろう。


ちなみに今日は好々爺イチロウとその付き添いナリアということになっている。


「ナリアや、今日は何があるんだい?」


「ま、まずは入り口を入った先の中央広場でオープニングセレモニーがあります」


「セレモニーとはなんぞや?」


「開園式みたいなものです。トーフィスが挨拶するそうです」


「トーフィスか。大丈夫かのぅ」


「だ、大丈夫でしょう。きっと」


髭をちょいちょいと弄りながら話すとサチの震えが大きくなる。そんなに面白いか?いいけどさ。


そんな笑いを堪えながら頑張ってるサチを尻目に入場門の先にある中央広場に俺は足を進めた。

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