魔神の正体
淫魔の集落での調査隊とオアシスの冒険者達のわだかまりが解けた事で状況の動きが早くなった。
調査隊は負傷者の怪我がある程度治ったところで中央都市に帰還した。
完治するまで居ると思ってたが、身の危険を案じたオアシスの冒険者が早く戻るよう助言したようだ。
オアシスからの男達は対淫魔種特効持ちみたいなもんだからな。一般的な男が連日搾り取られてやつれて出てくる様子は見るに耐えなかったんだろう。
中央都市に戻った調査隊は上に報告すると翌日には東の門に二つの部隊が編成されていた。
一つは北部に向けた鎮圧戦闘隊。もう一つは中央に向けた特殊調査隊。
戦闘隊はその名の通り、魔神信奉者達が攻撃した時に鎮圧するための戦闘部隊。
特殊調査隊は専門知識を持った人達で結成された部隊で、詳しく変異した地を調べるようだ。
「うーん・・・。サチ、ちょっと時間止めてくれるか」
「了解」
時間を一旦止めてサチと相談する。
このまま部隊が出発すれば恐らく魔神信奉者達は鎮圧されるだろう。どうみても過剰戦力だし。
ただ、一つ問題が生じる。
「このままだと魔神が何だったか見れないよねぇ」
「そうですね」
問題は戦闘隊の中に信者が居ないので視野範囲が拡大されず、信奉者達の根城や魔神の様子など一切分からないことだ。
「さて、どうしたものか・・・」
「ソウとしてはやはり観察したいところですか?」
「そりゃね。魔神の事もさることながら信奉者達のやった行動理由も気になるし、何であれ情報は今後のために役に立つだろう」
「そうですね。では視野拡大の準備をします」
「頼む。今回は長時間拡大していないといけないんだよなぁ。神力足りるかな」
「余裕でしょう。供給量も増えていますし、貯蓄も潤沢です。幸い中央部の視野もまだ残っていますので拡大後範囲を再調整すれば無駄なく観察できると思います」
「わかった。じゃあ拡大後は範囲の再調整して余裕があれば情報収集をしてくれ」
「了解です」
再び時間を動かすと中央都市から北部と中央部に向けて部隊が出発する。
先の調査隊が中央から向かった方向と戦闘隊が向かう方向から大よその場所を割り出し、部隊が到着する直前辺りを予測して視野拡大を使う。
「よし、いい感じだ」
拡大した視野には野営を設置する戦闘隊とその先に見える城砦が綺麗に収まっていた。
「神力を最小限に抑えるため、再調整を行います。情報収集も同時に行っていますので少々お待ち下さい」
「うん。城砦内部情報を優先に。詳細が必要な場合は神力の追加使用も許可する」
「了解」
夜が明け、戦闘隊が城砦の門前まで移動すると十数名の信奉者達が出てきて剣を抜き戦闘隊に向けて何かを叫ぶ。
それを聞いた戦闘隊は敵対反応と見なして戦闘態勢に入り、信奉者達を鎮圧しようと距離を一気に縮め、攻撃を繰り出す。
しかし信奉者達には攻撃は届くどころか剣を振りかぶっただけの戦闘隊の人達も次々と負傷し倒れる。
「・・・なんだ?」
一旦時間を止めて何が起きたか確かめる。
信奉者達が何か技や魔法を繰り出したようには見えない。
情報が足りないので進む時間を遅めにして動かすと、今度は戦闘隊が弓や魔法で攻撃を行うが信奉者に届かずまるで跳ね返るように戻ってきて攻撃者を襲う。
再び時間を止めて状況を改めて確かめる。
・・・ふむ、一定の距離で攻撃が戻って行ってるな。
まるでバリアを張ってるようにも見えるが、接近戦の場合はもっと近付けていたので発動条件が違うのだろうか。
一応下界にはこのような反射、反撃の魔法は存在してるが、信奉者達のマナ値を見ると特に減っているようなところはない。
うーん・・・わからん。
「ソウ、解析の途中結果です」
「ん、ありがと」
サチがよこしてきた情報に目を引くものがあった。
「魔神の加護?」
「恐らく攻撃を跳ね返しているのはその影響かと。急ぎ得た情報なので詳細までは不明ですが見慣れないものでしたので共有しておこうかと」
「助かる」
この辺りうちの補佐官は本当に優秀だと思う。
戦闘隊はさすがの事態に攻撃の手を一度止め、警戒しながら負傷者の治療に当たっている。
・・・おかしい。なんで信奉者達は門前から動かず攻撃もしないんだ?やってる事と言えば戦闘隊に対して何か警告するように叫んでるだけだ。
「魔神の加護についての詳細です」
「あいよ」
サチから魔神の加護の詳細が届くので確認する。
魔神の加護はこの城砦へ向けての敵意に対して反撃反応をする自動迎撃する範囲魔法で種別は・・・ん?魔法陣型じゃないのか?
この手の広範囲で持続的に効果を及ぼす魔法はオアシスの街のような魔法陣型のはずなんだが・・・。
それになんだ?この妙な副効果は。迎撃発動時相手を死に至らしめる事は無いって書いてある。
「ソウ、魔神の特定が出来ました」
「なに!?本当か!」
「映像を出します」
ついに魔神のお目見えか。一体どんな奴なんだろうか。
・・・。
「サチ。これ本当に魔神か?」
「間違いありません。信奉者達がそう呼んでいたのを確認しました」
「えー・・・」
俺の画面には城砦の中央にある中庭で木にもたれかかりながらのほほんと昼寝をしている太った人物が映っている。
サチが言うにはコイツが魔神らしい。
魔神というからにはもっと禍々しい悪魔のような容姿を想像してたんだが、なんというか全身で平和な雰囲気を醸し出している。
これが本当に魔神なのか?
「人物詳細です。人種のところに注目してください」
「人種?・・・人工生命体・・・」
人工生命体というのはこちらで言えば天機人がそれに当たるのでそこまで珍しくないが、下界では珍しい存在だ。
岩に魔法陣を描いて生み出されたロックゴーレムのような生物は基本的に魔法生物と表記されるので、人工生命体と表記されるということは限りなく人に近づけるべくして生み出された存在なんだろう。
気になるところはその生み出された理由だな。
本来人工生命体は何かしらの理由や目的があって生み出されるものだ。
下界では錬金術師のお手伝いとして妖精型の人工生命体を生み出したりしてるが、基本的に道楽や研究結果に近い意味合いが強く、性能的には普通に人を雇った方が効率的だ。
しかし魔神はそんな人工生命体の定義を覆すような性能をしている。
魔神の加護の詳細もわかったが、どうやらこの魔神によって常時展開されているようで、範囲は城砦全域。
これだけでもそこいらの魔導師と大きく差をつけているが、この他にも回復魔法、補助魔法、錬金術などサポート系の能力が備わっている。
まったく。誰だよこんな規格外な人工生命体を生み出した奴は。
・・・ん?戦闘隊が武器を収めた。そうか、気付いたか。
戦闘隊は武器を仕舞い、無防備な状態で前進し、城門へ近付く。
勿論それを剣を持った信奉者達が阻むがそれを無視するように進み、そのまま扉を開いた。
魔神の加護は範囲内の敵意に対して同等以上の効果で反射する効果だ。
ならば一切攻撃しなければ問題なく進入できるわけで、信奉者も危害を加えようと攻撃をすれば自分に返ってくるので威嚇しか出来ないという事に戦闘隊は気付いたようだ。
城砦内に戦闘隊が入ると最初は威嚇してた信奉者達も動きも次第に懇願に変わって行き、魔神に対して便宜を働いて貰うよう頼み込んでいる。
それを見て戦闘隊もまず対話してみるという方向になり、精鋭数人と共に魔神と対面する事になったようだ。
そして信奉者の中での幹部クラスの者と魔神、そして精鋭の戦闘隊との会話を聞く。
「・・・はー・・・」
「ふふ、緊張が一気に解けましたね」
「まぁね。全然魔神じゃないよ、アイツ。普通にいい子」
「そうですね。取り巻く環境が誤解を招いていたというのが良くなかったのでしょうね」
三者、いや、魔神はのほほんと聞いてるだけでほとんど会話に参加しなかったから信奉者と戦闘隊の会話から大まかな東の領での実態がわかってきた。
まず魔神は元々この城砦におり、俗世から隔離されて生きていた。
そこへ中央都市に馴染めなかった放浪の魔族がやってきて魔神に出会い、その力に魅了され信奉者となった。
そこから同じように中央都市に馴染めない者、かつての魔族を崇める者、流れ者などが集まり今の形態になっていった。
ただ、集まった者の中同士で争いが起きる事が多々あり、それを防ぐべく信奉者幹部は魔神の力で加護という名の城砦全体を不戦の区域にした。
また、荒れ果てた土地を蘇らせ、再び魔族の地にしようとすべく魔神の力で東の領の中央地へアプローチを掛けはじめた。
その一環として魔神の力を封じたクリスタルを中央で割り、広域の土地変化を試みていたらしい。
「うーん。実際のところあの変異した土地はどうなんだ?」
「他の荒廃した土地と比べれば多少プラスには働いていますが、やはり人の手を入れなければ再生は厳しいでしょう」
「だよなぁ。それに淫魔種の集落の事を考えずにやってる辺りなんというか短絡的というか考えなしというか、いかにも賊らしい考え方という感じだし」
クリスタルは変異した土地の中央地点に配置し、周囲の集落に避難を呼びかけたものの、賛同有無関係無く割り、その結果集落が吹き飛んだ。
なんというか後先考えない自分勝手なやり方だと思う。狂信者らしいといえばらしいけど。
とりあえず話を聞いた戦闘隊は思った以上に複雑な状況だと判断して一旦中央都市に報告に戻る事にしたようだ。
「よし、ひとまずこっちも視野拡大を停止しよう」
「了解です」
視野拡大を停止すると見えていたものが全て真っ黒になり何も見えなくなる。
「神力の消費はどうだ?」
「現在の下界十日平均収支量でおよそ百日分の消費でした。全体量からすれば大したことありません」
「そうか、切り詰めた上でそれなら結構な消費量だったな」
「魔神の詳細などで自動消費した分がありましたので仕方ないかと」
「うん。とりあえず魔神がどんな奴か特定できたし、思ってたより悪くない状況だったからよかったよ」
「そうですね」
今後中央都市でどのような判断を下すか次第ではあるが、少なくとも魔神がこちらに害を及ぼすような存在ではなかったというのが判っただけでもよかった。
まだまだ東の領には問題が多く残ってるが他の地域と同じぐらいまで警戒度を下げてもいいだろう。
「あー・・・最長記録更新してしまいました・・・」
サチが今日の仕事時間を見てうなだれている。
「仕方ないだろう、視野拡大してたんだし」
「それはそうなのですが、補佐官として見逃す事のできない項目ですので」
「これでも短い方だと俺は思うんだけどなぁ」
「えぇー・・・」
ありえないという視線を向けられるが、俺の前の世界じゃ半日仕事に費やすのが普通みたいな考えだったからなぁ。
「とりあえず一つ気になってた事が解決した事だし、帰って何か甘いものでも作るか」
「っ!いいですね!!」
甘いものと言った瞬間ハッと顔を上げて満面の笑みを浮かべる。現金なやつ。
「ささ、早く帰りますよ!」
「わかったわかった。引っ張るなって」
力いっぱい俺の腕にしがみついてサチは小躍りする勢いで転移の念を発動させた。
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