襲撃と偶然
タク君の悩みがある程度解消された後はいつもの後輩神の質問攻めになった。
といっても神としての運営に関わるような難しい内容ではなく、好みや日々どのようにして過ごしているかなどだ。
タク君はなんだかんだで姉女神中心の生活をしているようで、仕事以外でもあれこれして貰っているらしい。脱弟までは遠そうだ。
一方後輩神は補佐官と良い感じの関係性でいるように感じた。
雑用は余力がある方がする、それぞれ得意不得意はあっても対等に行い、失敗があったら克服できるよう努力する。
前はもっと補佐官にあれこれ指図されていたが、サチからのアドバイスを貰ってから徐々に変わり、最初は戸惑いがあったが今は今の関係の方が心地よく感じていると少し照れながら話していた。
俺は大半をサチ任せにしてると答えておいた。
事実だし、要請があれば手伝うが、変に介入するのも良くないと思っているからな。
「先輩の補佐官さんは優秀ですから・・・ん?」
話していると後輩神とタク君の視線が俺から外れ、俺の後ろへ向けられ、黙ったまま小さく会釈をしたのでその様子から誰か来たのかと思って俺も振り返る。
振り返るとそこには背の低い満面の笑みをした老人姿の神が居た。
「こんにちは」
「・・・」
こちらが挨拶すると老人はにこやかな笑顔のまま俺のゆっくりお辞儀に返してくれる。
初めて見る顔なのでこれまで会った神ではないのはわかる。
話しかけて来ないのは言葉が話せない人なのだろうか。これまでそういう神と何人か会ったことがあったのでそういうタイプか?
ただ・・・なんだろう、失礼かもしれないがこの笑顔に若干の違和感を感じる。
「こんにちは!初めまして!」
「こんにちはー」
俺の両隣から後輩神とタク君も挨拶をすると老人は同じように二人に笑顔のままゆっくりをお辞儀をして返す。
表情は一切ぶれない。まるで仮面を被ったかのような笑顔だ。
こういう人なのか?と思ったところでスッと俺へ手が差し出された。
「・・・」
「あぁ、はい、よろしくお願いします」
握手を求められたので応じる。どうやら俺の思い違いだったようだ。
「・・・っ!?」
気を許した俺の手に触れた次の瞬間、老人の口元が何かに引っ張られたようににやりと歪み、ギュッと手を包むように強く握られた。
そしてそれと同時に俺の中で変化が起きた。
念使用段階へ強制接続、設定済みの自動念の内容を確認、神力制御実行。
「な、なんだ!?」
先ほど設定した念の自動設定が急に発動したことで慣れない感覚に襲われる。
「兄貴!そこを動くな!」
頭がパニックになっていたところに知った声響く。
声のするほうを向こうと首を動かそうとした瞬間、牙を剥いた口が老人の首元を襲い、そのまま老人はくの字になって地面に組み伏せられた。
しかしその老人からはまだ俺の手元に腕が伸びていて、まるで餅を引っ張ったように不気味な形になっていた。
「ふん!」
それを後から来た小さな姿が鋭い爪を持って引き裂いた。
引き裂かれた腕は俺の手の中でドロドロの液体になって滑り落ち、それと同時に俺の中で強制起動していた念も停止した。
「大丈夫か兄貴!」
「気をしっかり持つのじゃ!補佐官!今すぐ神力の数値を確認するのじゃ!」
「は、はい!」
一体何が起きたか理解できない俺の前で、老人を組み伏した犬の神と腕を切った猫の神が焦った様子で周りに指示を出す。
「い、いったいなにが・・・」
俺の代わりに後輩神が声を絞り出してくれる。
「コイツは悪い神でな。若い神を見つけては近付いて神力を奪っていやがるんだ」
「なっ!?」
「奪う量こそ多くは無いが、奪われた事で計画が狂って運営が上手く行かなくなる場合もあるとして危険神扱いになってたんだ」
「最近大人しかったからもう大丈夫と思っておったが・・・してやられた。すまぬ」
「じ、じゃあ先輩は神力を奪われてしまったのですか!?」
「恐らく。どうじゃ?補佐官」
猫の神に話を振られ、神力の量を確認していたサチに視線が集中する。
「それがその・・・増えています。それもなかなかの量が」
「・・・え?」
サチの意外な答えを聞いてそれまでピリッとしていた空気が固まった。
「だっはっはっは!いやーさすが兄貴だ!最高すぎる!」
「くふふ、まさか逆に吸い取るとはの!」
「さすが先輩です!」
俺の前で犬の神と猫の神が笑い転げ、横で後輩神が羨望の眼差しを向けてくる。
そんな状況になってしまい俺とサチは目を合わせて苦笑いするしかなかった。
事の発端は俺達の前に現れた老人姿の神。
二神によるとこの老人は悪質な神で若い神に近付いては神力を奪うという行為を繰り返していたらしい。
何とか捕まえ、罰を与えるはずだったのだがその特殊な体質で逃げられてしまい、追っていたところだったそうだ。
しかも老人姿は仮の姿で実際にはスライムのような不定形の神で様々な姿に変身する能力を持っており、一旦逃げられると探し出すのがかなり難しく、厄介な神として周知と警戒を進めていたとのこと。
ただ、そんな難敵な神でも神力を奪ってる最中は無防備になるようで、若い神に注意を促そうと思ってたところ偶然現場に遭遇して取り押さえたのがさっきの事。
「兄貴を狙ったのが奴の運の尽きだったな!」
運の尽きか。
確かに今回の事は偶然の重なりだった。
まず俺がここに来る前に自動発動の念を導入していたこと。
前々からどうにかしようと思っていて下界で自動発動の魔法を見てふと役に立ちそうと思ったのがこの偶然の重なり始まりか。
次に構築した自動発動の念。
構築した時点で問題点があったのは認知してたが、寝ている時を想定していたのでひとまず問題ないとして後回しにしておいたのが今回の悪質な神を襲った悲劇だろう。
まさか起きてる時に意図せず神力を消費しようとすると、外から神力を吸い込んで賄おうとするような複雑な念の構築なってしまってたとは俺もサチも気付いてなかった。
そして二神が近くに来ていたこと。
二神のおかげで他の若い神に被害が出ずに捕らえることが出来た。
「本来ならわしらがやる仕事じゃないじゃがの。担当の神がサボり癖がある奴でな。ほれ、さっき連れて行った奴がおったろう。あやつじゃ」
悪質な神を捕らえた後、二神から別の神に引き渡された際に随分謝っていたのを見たが、そうか、そういう関係だったのか。
「能力は長けてるんだがのぅ。いかんせん飽きっぽい性格なのがいかん」
「そんな人にあの悪質な神の事任せてよかったのか?」
「確かにそうなんだが、アイツは神力封じが出来る技術者なんだ」
「神力封じ?」
「正確には神力制御能力者というべきかの。本来神力は湯水のごとき力故完璧に制御する事は難しい力じゃ。お兄さんもそれはわかっておろう?」
「うん」
サチに神力をパネルで数値化してもらっているが、実際使った際に若干の消費量の誤差が生じる。
無駄なく使うために極力俺もその辺りの調整は頑張っているが、狙った数値で使えたことは一度も無い。
「アイツはその制御が出来るんだ。しかも他人のもな」
「他人のも?」
「うむ。あの悪しき神も似た力を持っておる。それ故対抗できるのは同じ制御する力を持つ奴にしか頼めなかったのじゃ」
「なるほど」
「探せばもっとおるかもしれんが、おいそれと自分の能力を他人に知らそうなんて者はそうそうおらん。奴は変な奴なんじゃよ」
鼻からフーと溜息を出しつつもなんだかんだで面倒を見てる様子の猫の神に少し笑みがこぼれる。
「何にせよ助かったよ。ありがとう」
「兄貴の場合助け損だったかもな!ワハハ!」
「そんな事ないから。あ、それとさ、奪ってしまった神力どうすればいいと思う?」
「どうって、好きにすればええじゃろ?」
「今までに被害に遭った人に返したほうがいいんじゃないのか?」
「・・・」
素朴な疑問を二神に聞くと二人は驚いたようで顔を合わせてしまった。何か変な事聞いたか?
「兄貴はほんっとお人好しだな」
「まったくじゃ。しかしお兄さんがそういうのであれば手配するが・・・本当に良いのか?」
「あぁ、頼む」
「承知した。では手配が終わるまで・・・」
そう言って二神はどこに持ってたのかわからないいつもの道具を取り出した。
「ブラッシング頼む!」
「・・・。ふふ、了解」
先ほど悪質な神に喰らい付いた時と全く違う、いつもの知ってる雰囲気に噴出しながら答えた。
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