二人の悪い癖

鬼人の二人、俺とサチ、それに警備の二人を加えて湧酒場内のベンチで簡単なお茶会になった。


「くぅっ!結構効くぜコレ!」


お茶会と言ってもヨシカはお茶ではなく酒を飲んでいる。


俺の作った失敗気味のかなり辛いおつまみがお気に召したようで少し食べては一気に酒を呷っている。


一方ヒカネの方は黙々とプリンを食べている。


ただ、その、強い状態のままの酒を垂らして食べる食べ方は美味いのか?超美味い?そうか、それならいいけど。


「二人はよくここに来るのか?」


「ん?そうだな、定期的に来てるぞ」


「へー。今まで会わなかったのはタイミングが合わなかっただけか」


「だなー」


「まだあの仕事を続けているのですか?」


「んー、あれをお仕事っていうのかしら?頼まれないと動かないし」


「何かやってるのか?」


「助っ人です。様々な職場に赴き力仕事、助言、補佐、手伝いなどしているのですよ。かくいう私も昔に助力して頂いたことがあります」


「懐かしいわねー。あの頃のサチナリアさんは初々しかったわ」


「困った時の慌てようが特に良かったな!」


「や、やめてください!それにそんな素振りを見せたつもりはありません!」


「うふふ、じゃあそう言うことにしておきましょうか、姉様」


「だな!」


さすがのサチも昔の自分を知る相手には分が悪いようで少し赤くなりながら悔しそうにしている。


そうか、二人がサチに対して妙に親身だったのはそういう経緯があったからなのか。


当時の事を色々と聞きたいところだが・・・ダメだな、サチが聞くなとこっちを睨んでいる。後が怖いのでやめておこう。


「そういうサチナリアは最近どうなんだ?」


「どうとは?」


「相変わらず主神補佐官として各地に出向いてるんだろ?一人で大丈夫なのか?」


「それは大丈夫です。神様がソウになってから負担が大分減りました」


「あら、そうなの?」


「視察にソウに同行して貰えているのでいちいち持ち帰って報告する手間が無くなったのが大きいです。他にも一緒に住むようになったので常に相談が出来るのも助かっています」


「え!?お前神様と一緒に住んでんの!?」


「え、えぇ、まぁ、その、成り行きで」


二人に近寄られしろどもどろになりながらも少し照れながら答える。可愛い。


と思っていたら二人がぐるりとこっちを向いた。


「ソウ様よ・・・」


「ソウ様・・・」


「な、なんだ?」


俺もサチと同じような状況になる。圧がすごい。


「あんたはいい神だ!よくやった!」


「今後とも私達共々よろしくおねがいします!」


「あ、あぁ、よろしく」


なんだろう、二人の判断基準がちょっとズレてるような気もするが、とりあえず二人に認めてもらえたようでよかった。




「そういえばなんで警備の二人はあの二人を近くで見張ってたんだ?」


鬼の二人が祝い酒と称して再び湧酒場の中央に移動して酒を浴び始めたところで一緒にいた警備の二人に疑問を投げかけた。


「彼女達はここである問題行動を起こす可能性があるのでそれの見張りをしていました」


「問題行動?」


「最近は減りましたが・・・今日は起こしそうです」


二人は半ば諦めたような表情で中央に目をやる。


「まだあの癖直っていないのですか?」


「はい。どうしますか?」


「二人はいつも通りの対処を。私は追加で強制着衣を行います」


「了解です」


サチが指示を出すと警備の一人は外に出て大きな布を持ってきた。


何が始まるのか聞きたいところだが、三人とも何かを待つかのように集中しているので黙って静観する。


「そろそろですね」


警備の子が鬼の二人の微妙な変化に気付いて知らせる。


三人が中央の二人を注視しているので俺も一緒に見ていると、二人がそれまで酒を注いでいた器を置いた。


「暑い!」


「火照って来たわね」


次の瞬間凄い速さで服を脱ぎ始め、あっという間に下着姿になってしまった。


・・・白いサラシにフンドシか。


二人とも美人でスタイルが良い上、肌の色と布の白色が良い感じに映えて非常に色っぽい。


「確保!」


目の保養と思ったのは僅かな間で、素早く動いた警備の子に布を被せられてしまった。


「サチナリア様!」


「強制着衣、実行」


布の隙間から一瞬光が見えたが何に着替えさせられたのかはわからないまま警備に二人は外に連れて行かれてしまった。


サチも外に行くようなので俺も後ろをついて行こうと立ち上がる。


あ、脱いだ二人の服はどうしよう。持って行った方がいいだろうか?


しかし女性の服だし、いやでもこのままだと酒の飛沫でびしょびしょになるし持って行ってあげるか。やましい気持ちはないぞ。あ、脱ぎたてでちょっと温い。


雑念を振り払って外に出ると布が剥がされ巫女装束姿になった二人がサチから説教を受けていた。


何故巫女装束?ちゃんと袴の色が二人に合わせて赤と青になってる辺りサチの趣味だろうか。意外と似合ってる。


「飲むなとは言いませんが、脱ぐのはどうにかならないのですか?」


「うーん・・・」


「つい開放的になっちゃうのよねぇ」


腰に手を当てて自分より背が高い二人に下から見上げるように説教する姿がちょっと愛らしい。


まだ続きそうなのでふと疑問に思ったことを警備の二人に聞いてみる。


「二人が飲みすぎる前に止めることって出来ないのか?」


「ちょっと難しいです。二人ともかなり強い方なので酔ってないと片手であしらわれてしまいます」


「そうなのか」


「念が使えればもう少し状況は変わるかもしれませんが、湧酒場内では念の使用は原則禁止なので」


「あー・・・純粋な力だと鬼人が有利なのか」


「えぇ。まぁ念が使えたとしても私達では勝ち目はありませんが」


「そうか。それで酔った時を見計らって外に出して浄化の念を掛けるのか」


「はい。一応彼女達も反省はしてくれるので少しずつですが頻度は減っているのですが、何か良い事、悪い事があると今回のようになってしまうみたいです」


「なるほどな。もし対処できないと思ったらちゃんと上に報告するんだぞ」


「了解です。とりあえず今のところは大丈夫です。悪酔いしなければ相談など聞いてくれる良い方達なので」


「そうか。それならこれも仕事の一環として頑張ってくれ」


「はい、頑張ります!」


聞く限りだと警備に迷惑掛ける厄介な客というよりはちょっとはっちゃけちゃう先輩という感じなのだろう。


サチの説教も全然効かず、むしろ叱られてちょっと嬉しそうな顔してるからそろそろ止めるか。


「成長したな、サチナリア!」


「もう立派な主神補佐官ですね」


「もー・・・二人には敵いませんよ・・・」


「悪かったって。少しずつ直していくから。な!」


「本当ですか?」


「本当だ。ま、たまには今日みたいにはめを外してしまうかもしれないがな!そこは見逃してくれ!ハッハッハ!」


「えぇ・・・」


不安そうな表情をするサチにヨシカは笑いながら肩をバンバン叩いている。


それを横目に見ながらヒカネが俺に小さな声で話しかけてくる。


「姉様はああ言ってますがちゃんと改善するつもりなのでご安心下さい」


「あぁ。信じてる」


「ありがとうございます。それでその・・・先ほど頂いた食べ物は何処で食べられるのでしょうか?」


「あー、あれは俺が作った物だが、農園に行って言えば出して貰えると思う。確か配達もしてるはずだぞ」


「農園?ルミナテースさんの?」


「うん。料理を教えに行ってるんだ。さすがに酒入りは無いと思うが」


「そんな事もなさっているのですね」


「まぁね。生活に潤いが欲しくてね。その流れで教えるようになった感じだ」


「潤い・・・」


「前の神の爺さんが二人に何て言ったかは知らないが、俺はある程度なら移民の持つ知識をこっちの世界に持ち込んでもいいと思ってる。もしこっちの世界でもやりたいことがあれば言ってくれ。相談に乗る」


「っ!!で、では一つやりたい事が!」


俺の言葉を聞いて気持ちが昂ぶったヒカネはその場に居る皆に聞こえる声でやりたい事を教えてくれた。




「ふーむ・・・」


風呂でヒカネがやりたいと言った事を改めて考える。


「蒸留酒造りかー」


鬼の二人が居た世界では様々な酒が存在し、それを嗜むのが日常だったそうだ。


しかし移民にあたってその楽しみを手放さなくてはならず、移民後は唯一とも言える湧酒場に通うぐらいしか酒を飲む機会は無くなった。


サチの仕事を手伝った際に何故この世界に酒が出回っていないのかも知っていたので言えずに二人の心の深くに留めていたらしい。


「蒸留酒というのはどういうものなのですか?」


「俺もそこまで詳しくないが、酒気がかなり強い酒だな。湧酒場で湧き出た直後の酒気同等かそれ以上のもので、基本的には薄めて飲んだり少量で飲む感じだ」


「あれ以上の酒気ですか」


「火を近づけると燃えるものまである。そこまで行くと最早酒なのか燃料なのかわからんけどな」


「そんなもの作れるのですか?」


「んー・・・一から作るとなれば大変だが、湧酒場でなら案外簡単に作れるかもしれん」


「そうなのですか?」


「蒸留酒ってのは要は気化した酒を液体に戻した酒だ。湧酒場内の酒気を含んだ水蒸気を集約できれば作れるんじゃないかな」


「なるほど・・・」


「二人は多分それに気付いていたと思う。でもこの世界の事を考えて行動に移さずにいてくれたんじゃないかな」


「そうですね。二人とも優しいですから」


「鬼っていうともっと粗暴な印象だったけど、神になって下界の鬼人種とか彼女達を見ると偏見だったなと感じるよ」


「・・・」


「どうした?」


「いえ、ソウの言葉を聞いて二人がこちらの世界に移民してきたのはそういう理由だったのかなと」


「そういう理由?」


「二人とも気質的に非常に温厚な人です。もしかすると前の世界で異端だったのではと」


「あー・・・そうか、神によっては温厚をよしとしない世界作りする奴もいるからな」


以前会合で俺に闘争の世界について説いた神を思い出す。


俺も酒好きなのに湧酒場しかないこちらの世界に何故留まったのか気にはなっていた。


もし彼女達がそのような世界からやってきたのなら納得がいく。


ふむ・・・。となれば酒造りを許可すればもっとここを好きになってくれるかもしれないな。


「どうしますか?」


「そうだな・・・。とりあえず許可してみようと思う。ただし条件は最初厳しく、状況を見て緩和していく方向で」


「わかりました」


「あと、もし出来たら飲める場所は麦酒同様農園のみにして、農園に卸す形がいいと思う」


「そうですね。それが良いと思います」


「農園の子達の負担が増えてしまうのがちょっと悪い気がするが」


「問題ないでしょう。特にルミナテースは逆に喜んで引き受けてくれると思います」


「そうか。じゃあその辺りは実際蒸留酒が出来てから改めて考えよう」


「了解です」


蒸留酒か。


酒自体はそれほど得意ではないが、蒸留酒は飲む以外にも料理に使うことがある。


料理酒とは違う用途で使用し、どことなく大人な味に仕上がってくれるんだよな。


鬼が造った酒というだけでなんだかすごく感じるが、彼女達同様印象に惑わされずどんな酒かしっかり吟味させて貰おう。楽しみだ。

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