-全吸材-

「なんだと!?」


「ひっ」


つい感情のままに出た怒号が俺の工房、リューグ工房に響き渡る。


「ご主人様、うるさいですよ」


「ぐっ・・・」


すかさず補佐の天機人、ミシェルの裏拳が俺の脇腹に炸裂する。


「えっと、大丈夫、ですか?」


素早く強烈な一撃を受けうずくまる俺に用件を言いに来た技師が言う。どうやらコイツはいい奴そうだ。


そんなことよりコイツの言った用件だ。


「どういうことだ?この前納入したばかりだろう」


「それが変形してしまいまいて」


「あ!?」


「ひっ」


「ご主人様」


「うぐっ」


ミシェルの手刀が肋骨の間に刺さる。おのれ、痛てぇ。


「んなわけねぇだろ。俺の作ったアレはこれまでの改良品かつ安定した物のはずだ。変形なんてするわけがねぇ」


「はい・・・私達もそう思っていたのですが・・・」


「・・・くそ。実際見に行く。ミシェル、準備しろ」


「了解」


今日の作業を全て中止にし、技師と共に俺の作った物の場所へ向かう。


ありえない。何かの間違いだ。


アレは親父から受け継いだ最高の素材だ。そう易々と変形してたまるものか。




全吸材。


いつ、どこでそれが生まれたかは判っていないが、あらゆる念や物理衝撃を受けないと言われていた素材。


それを研究し、製造できるようになったのが俺の工房だ。


全吸材の作り方は工房に所属する者のみ知る方法で作られるが、形成方法は鋳物とそれほど変わらない。型に流し込むだけだ。


成型後はほぼ何からの影響も受けない。加工もほぼ出来ない。


唯一できるのが切断だろう。これも専用の道具が要る。


この道具は今現在ミシェルにしか内蔵されていない。


何せ作ったのは俺だからな。親父ですら知り得ない技術だ。


・・・かつて俺の工房は親父の工房だった。


親父の工房では全吸材の製造が行われていた。


だが、俺はそんな親父のやり方が気に入らなかった。


親父は研究を疎かにし、当時の全吸材が最高の物として製造しか行っていなかった。


俺はそれが気に食わず、日々全吸材の研究をしていた。


親父も俺のそういう行動が気に入らなかったのだろう。よく喧嘩になった。


だがある時、親父の作った全吸材に穴が開いた。


正確に言えば穴を開けた奴が現れた。しかも純粋な物理的衝撃で。


その日から親父は全吸材の製造を止め、湧酒場に入り浸り、その後俺に工房を任せて自分は素材集めに専念すると言って工房から居なくなった。


親父とは今もたまに素材の受け渡しの時ぐらいしか会ってない。


今は現役を引退して素材集めに専念しているせいか顔に活力が戻っているが、当時は相当酷かった。


「・・・」


「ご主人様」


「なんだ?」


「気を落とさないで下さい。後で私がよしよししてあげますから」


「やかましい。俺がちょっとやそっとの変形で落ち込むと思ってるのか?」


「いえ、全然」


「このクソメイドめ!いつか参りましたと言わせてやる!」


工房が俺の物になって以降どうしても人手が欲しくなったので天機人を一人雇う事にした。


その時やってきたのがコイツだ。


ミシェルと名付けをしたら、何故か情報館のようなメイドの服装で活動し始めた。


しかもメイドの服装の癖に俺に対して全く敬意が払われていない。


俺が誰かに圧のある言葉を放つとどこからともなく高速でやってきて打撃を与え、暇さえあればこうやってちょっかいを出してくる。


ったく、とんだハズレ天機人を掴まされたものだ。


とはいえミシェルの性能自体は優秀だ。


工房を使いやすくし、素材や時間の管理もしてくれている。


実際工房の作業効率は飛躍的に改善し、製造作業後に研究をしても夜に時間の余裕が出来るぐらい良くなった。


「そろそろ着きます」


「ん」


そろそろ目的地の会議島が見えてくる。


ミシェルのちょっかいのせいで頭が冷静になってきてる。


はぁ。どうせちょっとした事だろう。


さっさと見て、帰るとするか。




「・・・あんだこれ・・・」


会議島で見た物は俺の予想をはるかに超えていた。


なんだこれ、台座の中央にくっきりと手形が出来てるんだが。


分析パネルには第百八十六全吸材安定版改と表示されてる。


確かにこれは俺が作った物だ。


しかも安定版の中では最新の物だ。


「くそ、どういうことだ・・・」


パネルを見ながら状況に頭を抱える。


俺の作った全吸材は現状では最高の出来のはずだ。


親父の作った時より大幅に改善し、穴を開けた奴も開けられなくなり、これまでミシェル以外にここまで変化を与えられる奴は居なかった。


しかも残されたあとが手形ときてる。


削れたとか欠けたとかならまだしも、明らかに狙ってこの形にしないと出来ない。


どうやった?何か特殊な手袋でもしたのか?


「わからん・・・」


「あ、あの、経緯の説明をしてもいいですか?」


「くっ・・・わかった、してくれ」


俺を連れてきた技師が説明するには素材実験の後にこの台座の耐久試験もやったらしい。


まぁそれはいつもやってることだ。俺が頼んだ事だし。


だが、そこでイレギュラーな人物が居て試しにやったらこんな事になったと。


「誰だ!そんな事した奴!」


「ひっ・・・そ、ソウ様です」


「誰だよそいつ!ぐあっ!」


そう叫んだ瞬間俺の脚にローキックが入った。超痛い。


「ご主人様。不敬が過ぎます」


「ぐっ・・・不敬ってどういう事だ?」


「今回実験に参加していたのはサチナリア様ではありませんか?」


「あ、はい、そうです」


ミシェルが実験記録を参照しながら実験に参加していた人物を言い当てる。


「やはり。ではおのずとソウ様が何者かわかりますよね?ご主人様」


サチナリア?どっかで聞いたことがある名前だが・・・。


「ダメだ、二人とも知らん。痛っ!」


「ご主人様は世間について無頓着過ぎます。サチナリア様と言えば主神補佐官をやっていらっしゃる方だと以前教えたではありませんか」


「あー、なんかそんな話もあったな。で、そのソウってのは何者だ?主神補佐官様の腰巾着か何かか?イテェ!?」


俺が言葉を発する度に叩くのはやめてもらいたい。体のあちこちが痛いんだが。


「はー・・・ご主人様の無知具合には本当にがっかりです。ソウ様と言えばサチナリア様が仕える神様のお名前でしょう」


「・・・は!?神!?んな馬鹿な話あるか!」


「馬鹿は主人様です。世間に疎いとここまで愚かになるとは。はぁ・・・残念なお方です」


「ぐっ・・・!お、おい、コイツの言ってる事は本当なのか?」


「は、はい。ソウ様は神様だと伺っています」


マジか。


神なんてもっと漠然とした存在だったと思ってたんだが。人だったのか。


しかし神か。


一説には全吸材も元々は神が作った素材だと言われてたな。


ふむ・・・そう考えればこんな風に手形を入れる事も可能なのかもしれん。


「はぁ・・・。で、俺はこの変形した台座を持ち帰ればいいのか?」


「あの、出来れば上部分、手形の部分を残したいので新しい台座を作っていただけないでしょうか」


「新造か・・・時間かかるぞ?上の部分を水平に切ってしまえば直ぐにでも台座として使えるが?」


「き、切れるのですか!?」


「あ?お前知らなかったのか?俺の作った全吸材は改良を重ねて切るぐらいはできるようになってんだぞ」


「す、すみません。勉強不足でした。僕まだ技師として半人前でして・・・」


「ったく。まぁいい。ミシェル、手形の底までの深さを測定。それの三倍の長さの位置で水平に切るぞ。俺はその間に分析する、準備が終わったら言え」


「了解」


ミシェルに指示し、手形周辺の測定をパネルで行う。


ちっ、神ってのはこんな芸当も念で出来やがるのか。


まるで素材を成型前の液体に戻すような事してやがる。


まぁいい、これはこれで貴重なデータだ。・・・くそが。


「準備完了しました」


「ん。おい、そこにいるとあぶねぇぞ。離れな」


「は、はい」


ミシェルがユニットを出して台座の切断の姿勢に入る。


ユニットには対全吸材専用の極細ワイヤーが仕込んであり、それをゆっくりと全吸材に埋めて切り離すように切断していく。


「出力安定。水平値維持。ご主人様、ちゃんと見てますか?」


「見てるから集中してやれ」


「よく見ててくださいね。私の勇姿」


「いいから黙ってやれ!」


プチプチと繊維が切れるような若干聞いてて気持ち良くない音と共に全吸材の上部分が切り離される。


「完了。切断面の確認をお願いします」


「ん・・・うむ。問題なし。これなら台座として再利用できるだろ」


「ありがとうございます!」


「切り離した方はどうするんだ?」


「展示します」


「は!?」


「折角神様が残された物なので大切に展示保管しようという話になりました」


「っ・・・!」


ふざけんな!


と叫びたくなったがこれ以上ミシェルから攻撃されたくもないのでぐっと堪えた。


くそ、俺からすればこんなの汚点でしかないんだが。


・・・いや、俺は親父とは違う。


汚点だろうがなんだろうが完璧なものを求めこそ全吸材を作る者としての役目だ。


「はぁ。じゃあ用も済んだし俺達は帰るからな」


「はい、ありがとうございました!」


何度も丁寧な礼をする技師に後は任せて俺は帰る事にした。




「はー・・・」


帰宅後俺は何度目かの深い溜息を付く。


「よしよし」


「・・・」


ミシェルが俺の頭を抱えて撫で回す。


最初のうちは振り払っていたが溜息付く度にやってくるので好きなようにやらせる事にした。


もしかするとショックを受けてるのはどちらかと言えばコイツの方なのかもしれない。


俺は親父の時に一度ショックを受けてるからもう立ち直ってる。


溜息が出るのは新しい全吸材の理論構築で行き詰るからだ。


何せ今度の相手は神だからな。


例え今後何度も変形されようともその度にデータは取れる。


俺はそれに負けない最高の全吸材を作り上げてやる。見てろよ、神。


・・・さてと、気持ちの整理も終わったし、後はコイツの方をどうにかしてやらんとな。


ふむ、もしかすると今日は勝てるのではないか?


弱みに付け込むようだが勝負は勝負だ。


「ミシェル、布団に行くぞ」


「・・・わかりました」


さぁ、今日こそ参りましたと言わせてやる。




言わせるどころか逆に散々搾り取られた。


あのな、ミシェル。悔しくて鬱憤が溜まっていたとはいえ俺で解消するのはどうかと思うぞ。


明日の工房は休みにしよう。全身が辛い。そうしよう。

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