言霊

和人族の城下町の店には大体暖簾が掛かっている。


最近この暖簾はかなりの効率アイテムではないかと思い始めている。


まず店で主に扱う商品を記載する事で何の店か一発で分かる。


城下町ではうどんやそば、団子といった飲食系が使われている事が多い。


切れ込みが入っているため複雑な文字だと分かり辛くなるのでどれだけ分かりやすくしてるか各店の努力が見られるのも面白い。


次に注目する点は保温性だ。


店の入り口の前に掛けておくだけで屋内の熱を外に逃しにくくなっている。


下界にもちゃんと室温調節の道具や魔法はあるが、無駄なエネルギー消費を減らすという意味でこの暖簾が役に立っている。


最後に暖簾のくぐり方だ。


基本暖簾は掻き分けるようにくぐるが、この時高確率で頭が下に下がる。


これは見方によってお辞儀しているように見える。


実はこの動作が良い効果を生み出している。


くぐるために足の速さを緩めるので衝突の頻度が減る、お辞儀しているように見えるので印象が良く見える、そして建物に憑いてる魂が活性化する。


下界は人に限らずあらゆるものに魂が宿るが、この何気ない動作によって魂が活性化しているのを確認できた。


魂の活性化が起きると建物の強度があがったり、災厄から人を守ったりと良い効果が生まれる。


効果の程は非常に僅かではあるが、長い目で見ると馬鹿にできない。


暖簾の掛かっている老舗店舗は長く建っているし、神社や寺、神殿など明確な儀礼を行う場は参拝者に応じて強固な建物になっている。


勿論耐えられない災厄に見舞われた場合もあるが、一般的な建物と比較すると丈夫な気がする。


ま、こんな変な事に気が付くのは俺ぐらいだろう。


下界を見ているとこういった効率的な道具があちこちにある。


何気なく見ていたものが実は凄い物だった事に気付いた時、心に何とも言えないワクワク感のようなものを感じて楽しくなる。


これだから下界観察は飽きないんだよなぁ。




今日は学校に来ている。


サチの視察に付いて来ただけのつもりだった。


「えーっと・・・参ったな」


それがどういうわけか子供達の視線を集めた状態になってしまった。


どうしよう。




「ソウ様、子供達に何かお話をしていただけませんか?」


「お話?」


学校長室でお茶を頂きながらミラと話していたら突然そんな話が出てきた。


「何でも構いません」


「何でもって言われてもなぁ。どうして急にそんな事を?」


「このところ子供達からソウ様がどういった方なのかという質問が増えてきまして」


「そうなのか?」


「各所でお名前を耳にすることが増えた事と実際見た事がある人物という事で子供達も興味が沸いたのではないかと思います」


「あー・・・」


確かに前の神と比べればこちらへ色々と介入してるからなぁ。


まぁ興味を持ってくれるというのはいい事と考えよう。


「しかしお話か・・・うーん・・・」


「そんな難しく考えなくても大丈夫ですよ。こちらで補いますので」


「んー・・・ミラがそういうなら適当に行き当たりばったりで話すけどいいかな」


「えぇ、それではよろしくお願いします」




正直安請け合いしたかなと今少し後悔している。


ただ、請けたからには何か話さねばなるまい。


とりあえず適当に話してみるか。


「まず最初に、実はあまりこういう風にみんなの前で話すのは上手くないからもし何か分からない事があったら手挙げて気軽に聞いてくれ」


一瞬皆拍子抜けしたような表情になったが、緊張も解れたようだ。よし、少し話しやすくなった。


「んーそうだな、皆言霊という言葉を知っているだろうか」


そういうと一同首を横に振る。


知らなくて当然だな。前の世界の言葉だし。


「言霊っていうのは普段皆が使う言葉にも魂が宿るという一種の考え方だ。魂については知ってるかな?」


確認を取ってみると子供達の反応が曖昧だ。


知ってそうな子もいればよくわからなそうに隣の子と話す子もいる。


「知ってる人手挙げてくれるかな。はい、じゃあ君」


「僕達の一部で、えっと、詳しくはよくわかってないけど大事なものです」


「なるほど。みんなそんな感じの答えか?」


知ってそうな子は頷く。


なるほど、漠然とだが大事というところだけしっかり教えているようだ。


「じゃあまず魂について少し話そうか」


まだまだ神としての経験は浅いものの、実際の魂というものと接した経験からなるべくわかりやすいよう説明していこう。


「魂は本来綺麗な球体をしてる」


そういうとサチとミラがパネルで球形を映し出してくれる。ありがたい。


「だが、大半の魂は尖ったり窪んだりして歪な形をしている」


パネルに表示される球体も岩のようにデコボコになる。サチはちょっとやりすぎだな、さすがにそんなウニみたいな魂は滅多にいないぞ。


「どうしてこんな形になるかというと、皆が生まれてから楽しい事や悲しい事、色々な経験をすると少しずつ形が変わるからなんだ」


ミラの画像が明るい色になると円形に近くなり、暗い色になると歪みが大きくなったりする。


俺の話にあわせて即時にやってくれてるんだよなアレ。凄い技術力だ。


「ここまではいいかな?・・・うん、じゃあ続けよう。さっき話した言霊の話に戻るが、言葉にも魂と同じような形がある。強い言葉であれば鋭利な形、優しい言葉なら柔ら


かい形、言葉によって色々ある」


ミラの出す画像が変わるのでそっちに目が行ってる子も結構いるな。おかげで俺に視線が集中せずに話しやすくていい。


「そんな言葉を受けた人の魂は影響を受けて魂の形が変わる。大きく傷ついてしまう人もいれば、歪んだ部分が無くなって丸くなる人もいる。そして、実は言葉を発する側も


魂の形が変わる」


サチはもう画像表示を諦めて普通に俺の話聞いてる。早く続けろ?あ、はい。


「魂は常に形が変わるものだから、言葉を発する時もその言葉に近い形になる。例えば人の悪口言ってる人は魂も悪い形になってたりな」


例えを聞いて表情が変わる子がいる。心当たりがあるのだろう。


「魂の形が悪くなるとどうなるのですか?」


不安そうな表情で小さく手を上げながら一人の子が質問してくる。


「うん、魂の形が悪くなると次生まれる時大変になる。下手すると植物や石ころになってしまうかもしれないぞ」


全てのものには魂を受け入れられる箱のようなものがあり、人であればそれが小さく、石などの物になればなるほど反比例してあらゆる形を受け入れるような大きさになる。


意思を持てない存在であればあるほど一方的に外から影響を受け、丸い形に近付いていく。


これを魂の浄化と表現したり、地獄と表現したりと色々あるが、来世でより良い器に入るための工程だと俺は思っている。


「じゃあ口を閉じて黙ってればいいの?」


「なるほど、そうきたか。確かに黙ってれば口から言葉は出ないな。でも何も言葉は口だけから出るだけのものじゃないぞ」


「え?」


「例えば俺がこうやって黙って手を振ったりする。言葉は発してないけど何かしてるのはわかるだろう。こういう動きでも伝える事はできるから意味合いとして言葉と変わり


はない」


前の世界じゃ目は口ほどに物を言うなんてことわざもあったしな。


「じゃあどうすりゃいいのさって思う人もいると思うけど、やることはそんな難しくない。今日聞いた話を心のどこか頭の片隅で覚えていればいいだけでいい」


「そんなのでいいのですか?」


「うん。そんなんでいいんだ。無意識にふと思い出すだけでも十分効果があるぞ」


「あの、ソウ様は魂の形を見ることができたりするのですか?」


「んー、それは秘密かなー。神も色々秘密にしておかないといけない事があってなー」


実際の秘密なんてのはあんまり無いんだけど、サチにちょっとは威厳を保てと言われてるのでちょっと思わせぶりな事をしておく。


「ソウ様、そろそろ時間が」


「お、そうか。皆今日は話聞いてくれてありがとな」


「ありがとうございました」


「今度またみんなと会うのを楽しみにしてるよ」


今日に限ってはこの何気ない一言が別の意味に聞こえる子もいそうだ。




「お疲れ様でした」


学校長室に戻ってきてお茶を頂く。


「あんなんでよかったのかな」


「とても良かったですよ」


「でもあの内容って結局他人に優しくしましょってだけなんだよな実は」


言霊だの魂だの色々出したが要点を抜き出すとそれだけだったりする。


「しかしそれを頭ごなしに言っても効果が薄いと思っていらしたから今回のような話をなさったのではないのですか?」


「まぁね。子供の頃に頭ごなしに言われた事って大きくなっても納得できなくて後引くものがあるからな。それなら情報だけ与えて後は自分で考えた方がいいかなと」


「そうですね。考えて行動できる子は良い子に育つ傾向がありますからね。サチナリアさんもよく考える子でした」


「え!?」


いつの間にか空間収納からクッキーを出してお茶を楽しんでたサチが慌てて振り向く。


「ほう、それは興味深い。是非聞きたいものだ」


「そうですねぇ、何からお話しましょうか」


そういうミラの視線はサチのクッキーの皿に集中している。


ミラの意図が汲めたので俺もそれに乗ってるだけで聞き出そうというつもりはあまりない。話してくれるなら聞くが。


「あ、あの、これ宜しければ・・・」


察しのいいサチはそれに気付いてススッと皿をこっちに流してくる。


「ふふ、サチナリアさんも大分察しの良い子になったようですね」


「もう、からかわないでください」


少しむくれるサチを見てミラは嬉しそうな笑みを浮かべていた。


こうやって師弟で談笑できる関係っていいな。うん。

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