それぞれの食事情
今日は下界の農家について少し考えを巡らせている。
下界の農業事情はなかなか興味深い。
例えば草原の街だと穀倉集落という農業を行う地区を管轄としている。
他の街も草原の街ほどではないにしろ、農業をする場というのをそれぞれ持ち、管轄下に置いている。
つまり農地は個人のもちものではなく、近くで生活する人達みんなのものという認識だ。
どうしてそういう風になったのかを少し考えてみた。
一つは敵対生物の多さ。
スライムをはじめとした農地を狙う生き物があまりに多い。
対処するには農家以外に駆除専門の冒険者等が必要になってくる。
もう一つは需要と供給のバランス。
現在でも若干だが供給の方が少ないようだ。
そういう状況な限りは全力で供給する事を求められるので一丸となって取り組む必要があるのだろう。
しかし、下界に異世界の勇者が現れた事でその辺りの改善はされなかったのだろうか。
結論から言えばされてはいた。
問題は需要と供給双方にされてしまっていた事だ。
穀倉集落を見てもかなり効率のいい農業が行われているのがわかる。
特に魔法を利用した農業方法はなかなか興味深いもので、敵を倒す以外の方法に使い道を考えたのは恐らく異世界人の思考の影響だと思われる。
一方で食文化の発展も異世界人によってもたらされた。
これにより需要も増加してしまい、結局需要と供給のバランスはそのまま変わらずというのが今の下界の農業事情だ。
個人的にはもう少し供給が増えればいいなと思ったのだが、そうすると人は欲深くなる。
そう考えると今ぐらいでいいのかもしれない。
草原の街は余剰分を備蓄したり、オアシスの街に安価で販売しているようだ。
他の街や村も食を巡って大きな争いが起こってないようだし、これでいいのだろう。
若干注意すべきは北の領か。
港町の女主人が何か応急的処置を教えたようだが、それでも効果が出るには少し時間がかかる。
ま、女主人ならその辺りも何か考えているだろう。
今日は農園のレストランに来ている。
仕事で農業関連を眺めてたら腹が減ってしまったからだ。
家で自分で作ってもいいが、折角だしレストランの様子も見に行こうということで来た次第。
レストラン内に入って空いてる席を見回して探す。
応対人はおらず、適当に席に座って手を挙げると来るシステムになっているようだ。
俺達は何処に座ろうかな・・・お、いいところが空いているじゃないか。
「そ、ソウ様!?サチナリア様も」
「よ」
「こんにちは」
「今日はユキが調理担当か。じゃあ何か適当に頼むよ」
「私は甘いものを」
「か、かしこまりました」
俺とサチが座った席は調理場所間近の席。
料理を作るのを見るにはもってこいの特等席みたいなところだ。
「そういえば見たこと無い子がちらほらいるけど」
中を見回すと何人か給仕の子に今まで農園で見たこと無い子がいる。
「あ、それはですね、ここで出す料理を知って興味を持った人達です。とりあえずお手伝いという形でここに来てもらっています」
「なるほど。ゆくゆくは農園やここの従業員になる感じか」
「うーん、一応そのつもりではいるのですが」
「何か問題でも?」
「私達って元々警備隊出身なので、どうしても考え方が肉体派の考えになりがちなのが少し不安でして。サチナリア様、シャーベットの色彩盛りです」
「おぉ、カラフル」
「綺麗ですね。早速いただきます」
話しながらもユキの手際は良く、赤や黄色の果汁を固めたカラフルな立方体の一口シャーベットの盛り合わせを作って見せた。
一個ぐらい摘ませて貰おう思ったがサチが目で威嚇してきたので諦めた。しょうがない後で口直しに頼もう。
「んー、ワカバとモミジも上手く馴染めたし考えすぎじゃないか?」
「そうでしょうか」
「呼んだ?」
「うお、モミジ、いきなり来るなよ」
「フフフ、タイミングばっちり」
この神出鬼没ぷりは相変わらずだな。
さっき給仕にいることは確認していたが、こちらの動向を見計らっていたとは。
「ワカバはどうした?」
「姉さんはルミナテース様のお手伝い。リミは二人の監視」
「監視て」
「二人とも荒っぽい」
「あぁ、なるほど」
ルミナの収穫は荒っぽいからな。
ワカバもなんとなくそんな雰囲気がある。
それをリミが監視して指導しているのだろう。そんな光景が想像できる。
「ソウ様、おまたせしました」
「おう、ありがとう」
ユキが作った料理が目の前に運ばれる。
出されたものは俵型の肉を焼いたもの。
違うな、薄い肉で何かを包んでいる気がする。
「いただきます」
固唾を呑んでこちらの様子を見ているユキがいるのでまずは食べてみる。
一口齧ると中には粗めのマッシュポテトが入っていた。
ベースはマッシュポテトだが、ニンジンやアスパラといった野菜類が細かく刻まれて入っている。
外側の肉はちょっと塩気と胡椒が効いてるが、中身の味付けがほぼ素材のままなので丁度いいバランスになっててうまい。
「うん、美味しい」
「ほっ、よかったぁ」
「この包むって発想がいいな」
「いえい」
「モミジ発案か。凄いじゃないか」
「凄いのはユキ。言うと大体再現してくれる」
「じゃあ二人とも凄いな」
「それならいい」
「もー、モミジちゃんったら」
そういいながらも褒められて満更でもない様子のユキ。
これだけ仲良くやれてるんだから新しく入る子達とも上手くやれる気がするんだけどなぁ。
「ふぅん、ユキちゃんはそんな風に考えてたのねー」
食事も終えたところにルミナ達が戻り、そのまま俺たちの席に同席して談話している。
ルミナはサチの隣、リミは俺の隣の席に、ワカバはモミジの手伝いで給仕にまわってるがたまに口を挟んでくる。
話題は先ほどの新しく人を迎え入れる場合の話。
「実際のところルミナテース様はどういう風にお考えなのですか?」
「んー、来る者拒まずって気楽に考えてただけなんだけど、そうねぇ、言われて見ればそりが合わないなんて事も出てくるかもしれないわねー」
「ユキは基本的に人見知りだから。今でも配達行く前に緊張してるし」
「う、うん」
配達とは造島師達に差し入れをするやつの事だな。
でもそれって別の緊張じゃねぇのかな?
サチも同じ事を思ったようだが、そこを指摘するのは野暮だと目で言われたので黙ってる。
「ね、ね、サチナリアちゃん。私がもう一つ島を持つことってできる?」
「出来ませんよ。規定で一人一つまでです」
「じゃあ、うちの子の持ってない誰かが島を持つなら大丈夫?」
「それなら可能です。管理人としての仕事を全うできるなら」
「ふんふん。じゃあなんとかなるかな?」
「何か案でも浮かびましたか?」
「普通にもう一個農園増やせばいいんじゃないかなって。あ、でも、食材は一杯あるから、料理を出すこの建物みたいなのがある島を作ればいいのかな?」
「ほう」
感嘆の声が出る。
ルミナの言う案は言うなればレストラン島を作るということだ。
料理というものが広まっていけば次第にこのレストランを利用する人は増えていく。
そうなると次第に作り手側の負担が増えてしまう。
空間収納を利用して作り置きが出来ても、その作り置きを作るのは人だからな。
一人当たりの負担を軽減するには人員増加と提供場所の増加が求められていくだろう。
このルミナの案には俺個人としては賛成だ。
しかし、ここで俺が何か言ってしまうとそれが強制力を持ってしまうので黙って状況を見守る。
サチと目が合う。
・・・見透かされてる気がする。
はいはい、意見を求められるまで口出ししないから上手くやってくれ。
「どうかな?サチナリアちゃん」
「そうですね。一案として留めておきましょう、というところですね」
「ホント?やった!」
「勘違いしないでください、あくまで可能性の一つというだけです。ここでやりくりするのが厳しくなったら考えましょうというだけです。たかが数人増えた程度で変化があるとは思えませんので、まずは賛同者が増えて困るぐらいになるような程に盛況にしてからにしてください」
「うん、わかった。えへへ、ありがとね」
「あーもーくっつかないでください。暑苦しい」
ルミナが嬉しそうにサチに擦り寄ってる。
「あと、ユキちゃんリミちゃん」
「はい」
「もし何か思ったことがあったら気軽に言ってね。そういうのとっても大事だから」
「はい。わかりました」
ルミナの言葉を聞いてユキが嬉しそうに頷く。
ルミナが皆から慕われるのはこういうところなんだろうな。
「あ、それでしたら早速言いたい事があります」
俺の隣のリミが軽く手を挙げる。
「先ほどの作業を見ていて思ったことも含めて、ここ最近のルミナテース様について十二点ほど」
「え?そんなにあるの!?」
「折角お二方もいらっしゃいますし、一緒に聞いていただいても宜しいですか?」
「うん」
「わ、私ちょっと用事を思い出しちゃったなー」
ススッと席を立とうとするルミナをサチががっしり掴む。
「逃がしませんよ」
「ちょ、ちょっと、サチナリアちゃん?」
「お、何やら面白い状況になってますね!」
「協力協力」
「え、ワカバちゃんモミジちゃんもリミちゃん側なの!?」
「ルミナテース様、暴れないでくださいね。他の方がいらっしゃいますので」
「ユキちゃんまで!?」
みんなに取り押さえられ、これから罪状を言われる人みたいになってるな。
「そ、ソウ様!助けて!」
「内容次第かな。リミ、よろしく」
「はい」
リミが言いたい事の内容は全てルミナ個人の所業によるものだった。
つまみ食いが酷いだの、作業中に抱きついてくるだの本当にどうしようもない内容ばかりだった。
ルミナは色々と身振り手振りで弁解していたが、どうしようもなさを増長させただけだった。
ま、それぐらいしか問題点が見当たらないんだから上手くやっていけてるんだろう。
そう思いながらルミナを助けず黙って静観する事にした。
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