妄信的な訪問者

今日も主に連れ去られた下界の女主人と行商人の兄妹の様子を見守る。


手足は縛られ口は布で塞がれているが、刃物や打撃による傷は無い。


襲撃者は現在見張りに二人、馬車の御者が二人、屋根の上に一人の計五人。


皆顔が仮面で覆われていて表情はわからない。


手元の情報だと鼠、猫、狸、狐、梟という全員夜行性の亜人種魔族か。


馬車はそこそこな速さで南下しており、どんどん新たな視野範囲が広がっていく。


しばらく南下すると港町の森と繋がっている森があり、そこも突っ切っていく。


森を抜けると木材で作られた塀があり、関所が見える。


流石に夜だから通れないのかと思ったら、関所から少し逸れた場所から塀の中へ入っていった。


一部関係者のみが知っている抜け道みたいなものか。


馬車が進むと今度は家屋が見えてくる。夜が明けてきたから見易くなってきた。


これが魔族の街か?・・・にしては規模が小さいな。


森の村よりは規模が大きいが草原の街ほどではない。


それに家屋の様子を見ると人が住んでいなさそうなボロ家が結構多い気がする。


馬車はその街の中でも最も大きい屋敷へ入っていった。


ここが目的地のようだな。三人が降ろされてる。


拘束されたまま連れられ、広間に通される。


広間には一人の男性が王様のように豪華な椅子に座って待っていた。


その前に三人は跪かされたが、男はそれを見て立ち上がり、襲撃者達を怒鳴りつけた。


襲撃者の五人は慌てて三人の拘束を解いた。


男はそのまま用意していた花束を女主人に差出しながら片膝を付いた。


ほぅ、なかなかの紳士っぷり。


そう思ってた次の瞬間花束を取った女主人がそれで男を全力でひっぱたいた。


「ちょっ」


倒れこむ男に女主人が罵声を浴びせている。


あ、今度は蹴りが入った。


女とはいえ月光族。男の尻に踵で蹴りを入れている姿は様になっている。


見かねた配下の五人が止めに入った。


行商人の二人は呆気に取られてるな。


なんか凄い状況になってきた。


さっきから画面を見ながら声を出さずに肩を震わせて笑ってるサチに状況を聞く。


ちょっと待ってくれ?いいけど、一人だけ声入りで楽しんでる。ずるい。


あーあー男も襲撃者も含めて正座させられてる。


あの男はここでそれなりに偉い立場のはずなんだけど、女主人にタジタジだな。


音声なしでも見てて面白いけど、どうしてこうなったのやら。


おーい、サチー。早く情報まとめてくれー。




結局情報がまとまるのを待っている間に仕事終了の時間になってしまったので持ち越しとなった。


サチが笑ってて処理が遅れたからというわけではなく、普通に情報量が多くてまとまりきらなかったのだ。


「不甲斐ないです」


それでもサチは悔しそうにしていた。


サチは十分よくやってくれているからそう落ち込むな。


ほら、頭撫でてやるから。


機嫌よくなった?そうか。じゃあ帰ろう。




帰ったら家の前に変なのが居た。


「お待ちしておりました!」


男女二人の天使。


二人とも見たこと無い顔だ。


女の方はかなり着飾っており、男の方は逆に目立たない作業員のような格好をしている。


「・・・何用ですか?」


あーあ、折角良くなったサチの機嫌がまた悪くなってしまった。


サチがこういう対応する時は大体一癖二癖ある人の時が多い。


これは迂闊に前に出ないでサチの動きに合わせたほうがいいな。


「お久しぶりですサチナリア様。そろそろ物要りかと思いまして馳せ参じました」


「不要です。お帰りください」


「まあまあそう仰らずに」


「はぁ・・・。貴女、以前に私が警備隊を呼んだ事に懲りていないのですか?」


「えぇ、全く。そもそも私達が警備隊に連れて行かれたことが何かの間違いなのです。警備隊の方々も何か良く分からない事を仰っていましたが、私達の行いに悪い事など一つもございませんもの」


再び溜息を付いて片手を額にあてている。


またなんか凄い人が来たな。


サチのことだから既に警備隊を呼んでいるだろうが、到着までの間どうしたものか。


そう思ってたら女の方がこっちを見てきた。


「あら、あらあら?そちらはどなたですか?サチナリア様、新しく助手を採用されたのですか?」


サチは無言を通しているので俺も余計な口は出さない。


しかしまたサチの下の者に見られてしまった。


うーん、何がいけないんだろうか。わからん。


サチは優秀だし、基本的にサチより上の立場が居るという認識が無いからしょうがないのかな。


「紹介していただけないのですか?残念です。ではそちらの方にもおすすめな品を出させていただきますね」


めげずに女が目配せすると男が空間収納から大小色々な箱を取り出す。


「先日職人様のところで良い物を見つけまして、譲っていただいたものなのですが」


男が箱をあけて中身を取り出す。


「見てください!どうでしょうかこの帽子!被りやすさも工夫されていて、私ひと目見て気に入りました!」


「っ」


それを見てサチが口を押さえて俯いた。


うん、そりゃそうなる、良く堪えた方だと思うよ。


女はうちで使っているより浅い鍋を頭に被って誇らしげにしている。


取っ手を持って上下に被ったり脱いだりしている姿にサチは震えて耐えている。がんばれ。


「うーん、お気に召さないようですね。では次の品に参りましょう」


女はサチの様子を気にも留めず、次の品を出す。


今度はフライパンか。


「見てくださいこの発音器!なかなか良い音を出してくれます!」


一緒に出したおたまでカンカンと音を出している。


確かにそういう風に使う下界のお母さんは見かけるけど、主な用途じゃないぞ。


しかもさっきの鍋もそうだが、どうにも本来の用途としては実用性に欠ける形なんだよな。


その後も女が出す品はどれも微妙な品で、用途を間違えていたり、品質が悪いものばかりだった。


「如何ですか?サチナリア様。お気に召したものはありましたか?」


「ありません。お引取りください」


平静を保っているが、サチの息は荒い。


よく頑張って耐えたと思うよ。俺も何度か噴出しそうになった時があるし。


「それは困りましたね。神様のためにも私達はより良い生活をしなければなりません。どれか選んでいただけるまで帰れません」


どうやら彼らは何か選ぶまで帰るつもりがないようだ。


それに少し気になる単語が出てきたな。


そう思っていると突然サチが明後日の方向を急に見た。


「来ましたか」


「こらー!お前達またかー!」


ルミナほどではないが華麗に空から着地してきたのはルシエナだ。


「これはこれは警備隊のルシエナさん。わざわざ私達の品を見に来てくださったのですか?」


「そんなわけあるか!あ、ご無沙汰しております」


「久しぶり。悪いね、来てもらって」


「いえいえ!これが我らの仕事ですので!」


こちらにビシッとした姿勢で礼をする姿はカッコいい。


「で、結局この二人は何者なの?」


「あ、はい。実はこの二人、より良い生活を送るための手助けをするという名目で、各所で不用品や失敗作、ガラクタなどを譲り受け、それを別のところに強引に押し付けていくのです」


なるほど、だからどれもこれも出来が悪いのか。


「しかも異常なほど前向き思考で、我々が何度も注意や警告しても止めないので警備隊内でも要注意人物としています」


「なるほど」


「ルシエナさん。先ほどから聞いていれば私達がさも悪いことをしているかのように。そういうのはやめてくださいと以前言ったはずですよ」


「だから悪い事だと言ってるだろう!」


女とルシエナが言い合いを始めた。


さて、どうしたものかな。


「彼らをどう思いますか?」


ここでやっとサチが小声で俺に意見を求めて来た。


「要はガラクタに新たな価値観を見出そうっていう連中なわけだな」


「えぇ、まぁ」


「その発想自体はいい線行ってると思うだが、相手が要らないというのに押し付けるのはよくないな。迷惑極まりない」


そういうとそれを聞いたルシエナが攻勢に出る。


「ほらみろ!よくないと仰ってるだろう!」


「そんなサチナリア様の助手さんの意見で私達の尊い意識が変わるはずありません」


「馬鹿者!!こちらの方は神様だぞ!!」


ルシエナの一言で一瞬動きが止まる。


「・・・ふふ、あははは!ルシエナさんなかなか面白い冗談を仰るようになりましたね」


「・・・」


「・・・」


黙るサチとルシエナ。


「・・・本当ですか?」


疑いの目を向ける女に俺とルシエナとサチの三人は黙って頷いた。




「私達はなんと愚かな行為をしていたのでしょうか」


「やっと分かりましたか」


いつものリアクションを一通り見た後、ルシエナに正座させられ、二人はうなだれている。


なんかこの光景今日の仕事でも見た気がする。


サチの説教はまだ続いている。もう少しかかりそうだ。


俺とルシエナはその様子を少し離れて見ている。


「これで彼らも落ち着くかな」


「そうですね。助かりました。ありがとうございます」


「うん。誰だって思い込みはあるもんだし、しょうがない。気付けただけでもいいと思う」


「そ、そうですねっ」


何かを思い出したようでルシエナは真っ赤になった。


ルシエナもすっかり落ち着いて副隊長らしい貫禄が出てきた気がする。


ルミナが抜けたことで色々と大変らしいが、このまま成長していけば警備隊も元かそれ以上に良くなるだろう。


「ソウ、ちょっと」


「どうした?」


「この二人の処遇について何か良い案はありませんか?」


サチがそういうと座っていた二人の肩がびくっと動く。


良い案というが、実際のところは罰を考えてくれという意味だろうなこれは。


何度も警備隊の世話になってる上に反省の色が全く無く、妄信的に活動していたというのは良くない。


一方でガラクタに価値を見出そうという考え方や他人のためを考えているという姿勢は悪く無い。


問題は手段が強引で相手の事を全く考えていなかったって事。


とはいえ一回の失敗でダメというのは好きじゃないから、どうにかしてやりたいな。


「うーん、そうだなぁ。とりあえず今まで強引に押し付けていたものを自分達で回収かな」


「はい・・・」


「回収の際にはちゃんと相手に謝る事。その上で改めて不要といわれれば回収。相手が使い道を新たに見出していたのならば感謝してそのまま使ってもらう」


「はい」


「回収したものは自分達で使い道を考え、考えがまとまったら提供してくれた人達に見せて説明する。そしてその使い方を許されて初めて他人に提供できると考えるようにする」


「わかりました」


「他人に提供する場合も相手が何に困っているかなど先に話を聞いた上で適切な物を提供する事。絶対に強引に押し付けたりしないように」


「肝に銘じます」


「どうしても使い方が思いつかないなら色んな人から話を聞くのもいいかもな。もちろん相手の都合を第一に。最悪製作者に頭を下げて一緒に考えてもらってもいいし、引き取ってもらえるならその言葉に甘えるのもいいだろう」


「はい」


「うん、こんなとこかな」


「あの、ソウ様。つまり私達は今までと同じ仕事をしてもいいということですか?」


「そうだ。方法は大きく変わるが物に新たに価値を見出すという姿勢はいいと思う」


「お、おぉ・・・」


「ただ、次は無いと思っておいたほうがいい。また警備隊の世話になったら・・・」


「な、なったら・・・?」


「天罰かな」


「ひっ!」


学校で子供達に教えている事を思い出しながら口にすると案の定小さい悲鳴が聞こえた。


別にするつもりはないけど、これぐらい脅かしておいた方がこの二人にはいいだろう。


「どうする?かなり大変になる困難な道だぞ」


「や、やります!それでもやらせていただきます!」


「そうか。頑張れ。サチ、後の細かい事は任せる」


「はっ」


ふぅ、こんなもんかな。


威厳を保つってのは大変だ。疲れが凄い。


「見事な裁き。感服します」


ルシエナがそんな事を言ってくる。


「ははは、ありがとう」


世辞でもこうやって言ってくれるのは嬉しい。


「・・・あの、ソウ様。折り入って相談があるのですが」


「ん?なんだ?」


「今回のように我々では手に終えない問題が発生した場合、どう対応すべきかお伺いを立ててもよろしいでしょうか」


「ふむ。そういうことって頻繁に起こるのか?」


「いえ、今回は特例ですね。神様以外の聞く耳は持たないというような状態でしたので」


「なるほど・・・。うん、わかった。困ったらサチを通して連絡してくれ」


「ありがとうございます!」


どうしても警備隊の範疇を超えた問題や神という立場でなければ解決できない事もあるだろうし引き受けることにした。


余り俺に解決力を求められても困るんだが、サチを通せばその段階で解決する場合もあるだろうし、大丈夫だろう。


出来れば俺のところまで来るような問題は起きないで欲しいと思う。




「それでは失礼します」


ルシエナと共に二人も一緒に飛んで行った。


この後警備隊側の手続きがあるそうだ。


またそのうち彼らとは顔を合わすこともあるかもしれないな。


そのときどれだけ成長したか見させてもらおう。


「お疲れ様でした」


「あぁ、サチもお疲れ様」


「こういう日はまずお風呂ですか?」


「ははは、さすがよくわかっていらっしゃる」




「それにしても今日は腹筋を良く使う日でした」


「そうだな」


いつもの体勢で今日あったことを話す。


こうやって話すことで次の日まで溜め込まずにいられるので大事なことだ。


「思い出すだけで頬が緩みます」


「サチは笑いの沸点が低いからなぁ」


「まさか自分でもここまでとは思っていませんでした。ソウのせいですね」


「俺の?」


「はい。ソウのせいです」


「そっかー。それじゃしょうがないなー」


「しょうがないのです」


こういう意味の無いやりとりも大事だと思う。たぶん。

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