工場見学
下界の砂漠に隕石が落ちた。
「サチ、今落ちた隕石の分析を」
「了解しました」
時間を止めて分析を急ぐ。
隕石の大きさは拳大の小さなもの。
落ちた場所が砂の上だったのもあり、それほど大きな窪みも出来ていない。
だが、隕石というものは何も落ちてくる衝撃だけではない。
「分析完了。特に問題らしきものはありませんでした」
「そうか。よかった」
「ソウにしては珍しく慌てましたね」
「隕石は怖いからな」
「それはどういう意味ですか?」
「隕石は落ちてくる威力も凄いが、厄介なのはその後だ。隕石に付着、生息している微生物が生態に悪影響を及ぼす事があるかもしれないからな」
「なるほど」
「ま、何事も無くてよかった」
「そうですね。・・・その、ソウ」
一通り聞いてくれたサチが何やら言い難そうな顔をしながらこっちを見てくる。
「なんだ?」
「下界は割と隕石が落ちます」
「え、そうなの?」
「はい。落ちる場所は今回同様に大半が砂漠です。また、それによる悪影響は今のところ確認されていません」
「そうだったのか。なんだよ、慌てて損した」
「ふふ、そうですね。ですが今回のように分析を欠かさないのは大事ですから、ソウの行動は間違っていませんよ」
「うん」
少し試されてたかな?
ひとまず及第点は貰えたようでよかった。
「隕石の多くは近くに浮遊している隕石群から落ちてくるので、成分は基本的に同じです」
「そうか。そういうのがあるんだな」
そういえば地表の人達ばかり気にして空には目を向けてなかったな。
「その昔、隕石を降らそうと魔法を使った人もいましたね」
「え、それ大丈夫なのか?」
「えぇ。隕石群は砂漠の直上付近に滞空しているので、砂漠以外は焼き消えてしまいます。それにその魔法使いは降って来た隕石の衝撃を受けて亡くなりましたし」
「そうか」
過ぎたる力を求めた結果という奴なのかもしれないな。
しかし隕石群があるのか。
もし何かの影響でそれが大量に落ちてくるという事があれば神力を使って守る事も考えておかないといけないな。
もちろん使ったことはばれないようにしなくてはいけない。
何か隕石群に不審な動きがあったら真っ先に連絡するよう言っておこう。
「そういえばソウは怒る事ってありませんね」
サチが片付けながらそんな事を言い出す。
「そんな事は無いと思うが」
「そうですか?今まで見たことありませんが」
言われてみれば確かに強く怒りを示した事はない気がする。
下界を見ていれば色々な事象を目にする。
その中には怒りを感じるものも無い事は無い。
しかしそこで怒りに任せて力を行使してしまっては神として失格だと思う。
会合で会う連中は割と沸点が低そうなのも結構見かけるが、それはそれ、他人は他人だ。
では生活空間での生活ではどうだろうか。
やんわり嗜めたりする事はあるかもしれないが、感情に任せて怒鳴るなんてことはしたことが無い。
そう考えると怒る事自体少ないな。
これも神になった影響なのだろうか。
「確かに言われてみればそうかもしれない」
「やはりそうですか・・・」
サチが何やら思案している。
「どうした?」
「いえ、その、ソウにお願いがあるのですが」
「どうした?」
「そろそろ工場の視察に行こうと思うのですが、同行をお願いしたいのです」
「ん?工場って前に話しに出た完全食を作ってるっていう?」
「はい」
「俺も見てみたいからいいけど、なんでそんな改まって頼むんだ?」
「実はその工場の管理者が少し厄介な人で苦手なのです」
サチが苦手と言う人は結構いると思うが、その大半はどう対応していいか分からないという意味だ。
ただ、今のサチの表情を見ると嫌悪に近い物を感じる。
ふーむ、サチがここまでというのは珍しいな。
「ま、とにかく行ってみようか」
「はい。失礼があると思うので先に謝っておきます」
サチが心底申し訳なさそうにいつもより強めに腕を掴んで転移する。
はてさて、どんな人物なのやら。
転移で飛んだ先で真っ先に目に入ったのが巨大な建物だった。
建物自体の外観は普通の四角い建物という印象だが、そこから作業の音が聞こえてくる事から恐らくこれが工場だとわかる。
よくよく観察すると工場から島の端までパイプが伸びており、島の端から今度は下へまっすぐに伸びてるいるのが見えた。
こういうのをみると興味心が刺激されるな。気になる。
入り口で認証をしてから中に入り、壁に囲まれた通路を進むと一人の女の子が扉の前に立って待っていた。
こんなところに女の子が?と一瞬思ったがヨルハネキシのような見た目の爺さんもいるので気にしない事にした。
「こんにちは。エルマリエさん」
「遅いぞ、サチナリア。ボクを待たせるなんていい度胸じゃないか」
「ソウ、こちらここの工場長のエルマリエさんです」
「初めまして」
そう言って手を差し出す。
「おい!サチナリア!ボクを待たせた謝罪がないぞ!」
・・・。
「聞いているのか!お前ごときがボクを無視するとはいい度胸だな!」
・・・・・・。
左手でエルマリエの頭を掴んでこちらに無理やり向かせる。
「ちょ、お前!ボクになに・・・を・・・」
「は、じ、め、ま、し、て。ソウです」
「あ、あぁ、はじめ、まして。エルマリエ、です・・・」
手に綺麗に収まってる頭を掴みながら俺の顔を近づけ、右手で強引気味に握手をする。
さーて、これは面白くなってきたぞ。フッフッフ。
「ここがボクの管理する工場だ、です」
エルマリエに案内されながら工場の中を見学する。
あちこちでパネルを操作しながら加工を行っている天使達が見える。
基本的に俺が知ってる工場と余り差が無いな。
やってる作業内容は良く分からないが、担当が同じ作業工程を繰り返して次に渡すというライン作業なのは同じだ。
「あれは何をやっているんだ?」
俺が足を止めるとエルマリエも足を止めて説明してくれる。
「あれはマナの純度を見ているんだ、です」
「なるほど。たまにはじいてるのは基準に達してないものなんだな」
「そう、です」
品質の安定化もちゃんとしているようだ。
「あっちはなんだ?」
「あれは不用品を分解して使える成分を抽出してるところ、です」
ここの従業員とは違う服を着た天使が空間収納から色々取り出しているのが見える。
なるほど、リサイクルもやっているのか。素晴らしい。
こっちの世界の分解具合は凄いからな。
一度サチに念でやってもらったが、剪定で出たゴミが一瞬で土みたいになったし。
さすが完全食を作っているだけの事はあるな。
「なあ、あっちは」
「あぁもう!いつまでボクの頭を掴んでいだだだだ!」
左手の指先に力を入れると痛がって一瞬掴んだ俺の腕から手を離す。
そう、さっき掴んだエルマリエの頭は離していない。
先ほどからたどたどしい口調になっていたのは一瞬俺が力を入れていたからだ。
どうもこのエルマリエは今後の事を考えるとここで矯正しておいた方がいいと思ったので、現在指導中だ。
決して妙に偉そうな態度とか、サチをごとき呼ばわりした事とか、俺を無視した事とかに腹を立てたわけではない。ないのだ。少しイラっとはしたが。
「・・・ふっ」
一方で勝ち誇った顔をしているサチ。
「あぅっ」
煽るのもよくないので尻をつねる。
「で、あっちは?」
「あそこは下の雲からマナを吸い上げているところ。いたっですっ」
少し涙目になってるがちゃんと言葉遣いが出来るまでは続ける。
別に言葉遣いぐらい気にしないが、工場長という重要な立場である以上余計な棘は抜いておく必要がある。
実際問題サチとの関係が円滑に行っていない状態なのは見て取れたので、徹底的にやるつもりだ。
「はー・・・ボクの頭がベコベコになると思った・・・」
工場見学も一段落して休憩場所に座って一休み中だ。
エルマリエの頭も離して今はサチが出したお茶を堪能中。
「なあ、エルマリエ、一つ聞きたいことがあるんだが」
「なんだよ。なんですか?」
左手をワキワキさせたのを見て直ぐに言い直す。
まだ指導がいるな。だが、とりあえず今はそれはいい。
「どうして念を使って手を退けようとしなかったんだ?その気になれば腕ぐらい吹き飛ばせただろうに」
サチが一瞬身を強張らせたが気付かないふりをしてエルマリエの回答を待つ。
「質問を質問で返してもいい、ですか?」
「うん」
「貴方はそれを承知の上でボクの頭を掴んでいたの、ですか?」
「そうだ」
「っ!!」
一瞬驚いた表情の後、俺と下を交互に視線を巡らせて何か考えている、いや、動揺かな、している。
エルマリエは念を使って俺の腕を退けようとはしなかった。
その気になればウィンドカッターの一つでも放てば俺の腕ぐらい軽く切断できるだろう。
サチがいるから実際やろうとしても無理だったとは思うが、そんな事をしようという素振りも見せなかった。
「質問の答えを聞いてもいいか?」
「う、うん。正直言えば考えはした。でも出来なかった」
「なんで?」
「わからない。おかしいな、ボクが分からないなんて事ないはずなのに・・・」
俯いて考え込んでしまった。
ふむ、このエルマリエという人物が少しずつ見えてきた気がする。
「な、なあ。ボクからも質問していい、ですか?」
「うん。聞こう」
「どうしてボクにあんな事をしたの?」
あんな事とは頭を掴んだ事だな。
「ふむ。そうだな」
根拠を一つずつ説明していく。
サチの事を上と思っていないのなら最上である俺が指導する必要があると思ったこと。
サチが手に余る相手という事は口で注意しても恐らく通じないので体で教えようと思ったこと。
「何故?ボクを工場長から降ろせばいいだけじゃないか」
「確かにそれは思ったが、今のところ工場で問題が起きたという話は聞いてない。実際工場の中を見せてもらったが、仕事はきっちりしている。ならば工場長を代えるより、今の工場長にもう少し工場長らしくしてもらおうと思った。こんなとこか」
「そ、そうなのか」
「うん。何か異論あるか?」
「な、ない、です・・・」
そういうとエルマリエは再びこっちを見たり下を見たり手先を弄ったり落ち着きが無い。
どうしたのかと思ってサチに視線を向けると溜息をつかれた。
なんだろう、何か変な事言ったかな。
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