農園からのお誘い

下界の和人の二人は人馬に再び乗って月光族の村を出たようだ。


月光族の村を少し過ぎるとそれまで生えてた草木が減り、荒野になっていってる。


しばらく進むと地肌の見えた山脈が見えてきて、そこで二人を降ろすと人馬は戻っていった。


人馬を見送った後、二人は山の中へ。


少し進んだところで死角になっている場所から山の内部に入っていった。


「洞窟?いや、トンネルか」


二人が中を進むにつれて視野範囲も移動してその先にあるものが見えてくる。


草原の緑ではなく田畑の緑だ。


この山の地形を利用した段々畑や棚田は見たことがある。


どうやらこの先に勇者に関わりのある場所、和人族の街があるんだな。


「おー、城下町だ」


和人の二人がトンネルから出る頃には街の全容が見えてきていた。


海に面し、山脈に囲まれ隔離された場所に和人族の城下町があり、中央には城が鎮座している。


城下町は長屋をはじめとした和文化の町並みを再現していて、どこか懐かしい気持ちになる。


ただ、人々を見ると異世界という事を感じさせられる。


人々の多くは人間種か亜人種で、やはりここの亜人種も犬、猫、狐といった類の系統の種が多いようだ。


また、服装こそ和服が多いが、髪型は普通な人が大半だ。


ま、髪色が様々なこの世界でチョンマゲだなんだってやっても逆に違和感が出てしまうだろうしな。


「サチ、情報収集はどうだ?」


「え?あ、はい、順調です」


さっきから目をキラキラさせながら全力で服装情報をかき集めてるサチに声を掛けると案の定少し裏返った声で返事が来た。


「服装集めもいいが、ちゃんとそれ以外の情報も集めてくれよ?」


「はい、大丈夫です。それで少し気になる事が」


「どうした?」


「この和人族の街こそ活気がありますが、私の記憶ではもっと和人族は勢力を持っていたはずです」


「という事はここに追いやられたか、ここに落ち延びたか」


「そうだと思われます」


ふむ、城下町の山脈の外は荒野だった辺り、追われてこの地に来た可能性が高いな。


そして城下町がこれだけ活気付いてるのに、外に出る人達が少ないと言うのは未だ外を警戒しているという事か。


和人族について情報整理している間に帰郷した二人はそれぞれの実家に顔を出してるな。


あーこりゃこのまま結納の流れだな。めでたい。


後はこの二人がここで信者を増やしてくれれば視野範囲も安定するのだが、果たしてどうなることやら。


今後も目が離せないなこれは。




仕事も終わり、片付け終わったところでサチの様子が変わった。


「・・・」


眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌なご様子。


「どうした?」


「いえ、その、ルミナテースが農園の方に来て欲しいと」


「ほほう」


「ソウを呼び出すとか、あの女は最近ちょっと図に乗っている気がします」


「まあまあ、そう言うなって。何か急用かもしれないし」


ぷりぷりと怒るサチをなだめる。怒る理由がちょっと可愛い。


「いえ、内容もあって、なんでも大収穫祭をやるので見に来て欲しいと」


「大収穫祭?なんだそれ」


「農園で定期的にやっているものですね。収穫量を競うという内容です」


「へー、面白そうじゃないか。どうせこの後予定ないんだろ?」


「そうですが、結果はいつもルミナテースの一人勝ちで面白くありませんよ?」


「そうなのか。ま、折角の招待だし行ってみよう」


「はぁ。物好きですねぇ」


渋々といった感じだがしっかりと俺の腕を取ってから転移する。


大収穫祭か。楽しみだな。




「サチナリアちゃーーー・・・っとと」


いつものようにサチを見つけて全力で走って来たルミナテースが足を止める。


サチが念で自分の周りに氷柱を大量に用意してハリネズミのようにしていた。


そこまでしなくても、と思いもするが、呼び出しをしたことに大層ご立腹なので黙っているに限る。


「こんにちは、ルミナテース。私ならまだしもソウを呼び出すとはいい度胸ですね」


自分だけなら呼び出されてもいいんだ。


「え、あ、その、ごめんなさい、ソウ様」


「いいよ、俺は怒ってないから。どうせ今日の予定は無かったし。これもいつもの強がりだ」


「あ、ちょっと、ソウ!」


しおらしく謝るルミナにサチの頭をポンポンしながら本音をばらす。


するとみるみるルミナの顔に生気が戻ってサチを見つめている。


「サチナリアちゃん可愛いーー!!」


バリンバリンと氷の砕け散る音。


えぇ、うそん、氷柱の中突っ込んで来る?普通。


「ちょ、ちょっと!やめっ!」


あー結局こうなるのか。


適当なところで止めてやるとしよう。




「それで、大収穫祭なんていつもやっているのに何故今回は呼んだのですか?」


「それは今回ちょっといつもと違うルールでやろうと思ったからよー」


サチを愛でてすっかりご機嫌になったルミナが答えている。


「違うルールですか?」


「着いたらわかるわよー」




いつもの建物に行くと見慣れないものがある。


「ルミナ、あれは?」


「造島師の方達に頼んで新しく料理を出す専用の建物を建てて貰っているんですよー」


「なんと」


聞けば先日うちの風呂を作った際に料理を食べた造島師達が農園を訪れたらしい。


目的は料理なのか、それとも農園の天使達なのかはわからないが、交流が出来たようだ。


それによって農園の天使達の意識が少し変わり、それまで自分達だけで楽しんでいた料理をちゃんと出せる場が欲しいと言う流れになったとか。


それで造島師に頼んだところ今の建築現場があるという。


「それもこれも全てソウ様のおかげです。私嬉しくて・・・ 」


感極まって泣きながら感謝されてしまった。


しばらく落ち着くまで待ってからサチがルミナに聞く。


「それで、大収穫祭のルールは?」


「うん、ソウ様にもわかるように一から説明しますね」


「うん、よろしく」


大収穫祭とは農園に所属する天使達で行われる収穫イベントのこと。


一人から数人の組で色々な作物を収穫して、その量を競うというもの。


念と空間収納の使用は禁止で、全て己の肉体のみで勝負といういかにも元警備隊といった内容だ。


実際のところはルミナ対それ以外の子達という構図で毎回行われ、ルミナはそれに勝利しているらしい。


「でも、今回造島師さんが来ているので、折角なので一緒に混ざってもらおうかとー」


「ほうほう」


いつもと違うルールと言うのは造島師も参加した男女混合戦というものだ。


チームは自分達で作っていいが必ず男女混合で作るのが絶対。


後のルールはそれまでと同じように念の禁止と収穫量の勝負。


「ルミナテースにしてはなかなか面白い事を思いつきますね」


「でしょー。これでもっと仲良くなってくれるといいなって思って」


なるほどね。


勝負は二の次でルミナの狙いは農園の子達と造島師達の関係の向上か。


「ルミナテースはどうするのですか?」


「私は今回不参加よー」


「いいのか?」


「はいー」


「・・・」


俺の言葉に柔和に微笑むルミナをサチが少し寂しそうな顔をしてみていた。

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