風呂完成
「こんなもんですかな」
大まかな作業が終わり眼前には立派な風呂場が出来上がっている。
完成する前に火の精霊石の使い方も教えてもらったので、これでいつでも風呂が楽しめるようになるな。
まさかさっき追加注文した堰の開閉装置に取り付けられるように出来るとは驚いた。
あれなら自動でお湯が注がれるようになる。
「素晴らしい出来だな」
「ありがとうございます。我々も良い経験をさせて頂きましたわ」
「片付け終わったぞー」
レオニーナがこちらに掛ける声を合図にヨルハネキシは改めてこちらを向き、一礼してくる。
「では、これにて依頼完了とさせていただきます」
「うん、感謝する。見送ろう」
「ありがとうございます」
見送り途中にヨルハネキシが口を開く。
「実のところ個人的に風呂と言うものに興味が沸きましてな。戻ったら自分用に作ってみようと思いまして」
「おぉ、本当か」
「何か良い助言でもいただければと」
あれだけの仕事をした人に俺が助言なんぞとは思ったが、ここで会話を途切れさせる方が失礼なので頭の知識を掘り返してみる。
「うーん、そうだなぁ。湯の量が少量だと冷め易くなるから浴槽を木製にするとか空気の層を入れるとかして保温効果を上げてはどうかな」
「ほうほう、空気の層ですか」
「うん。板と板の間に空間を作っておくと断熱効果になるんだよ。窓も二重にすれば保温効果あがるし、コップもそういうのが作れればお茶も冷めにくくなるんじゃないかな」
「なるほど・・・」
顎に手を当ててなにやら思案している。何か思いついたのかな。
「念が使えるとその辺り気にならなくなるから、使えない奴の工夫だけどな」
「いえいえ、これはなかなか有意義な話ですぞ」
「そうかな」
俺としては念という力の方が凄いと思うんだけどな。
こういう知識も俺が考えたのではなく、前の世界で知っていた事だけだし。
ま、俺がやれる事はせいぜい思考の方向性に変化を与えるぐらいだと思っている。
「ソウ様とお話すると創作意欲が非常に刺激されます。お暇になりましたらこの爺と話でもしてやって欲しいくらいですわ」
世辞なのか本音なのかイマイチわからないが、ワハハと笑うこの爺さんと話しているのは楽しい。
「そういう事言うと依頼が無くても遊びに行くぞ?」
「それは願ったり叶ったりですな。是非ともいらしてくだされ」
「わかった、じゃあその時はよろしく頼む」
「はい、喜んで。それでは本日はこれにて失礼します」
「あぁ、みんなありがとう」
転移場所に着き、今日作業に来てくれた皆に礼を言うと、皆は満足気な笑みを浮かべて帰っていった。
今日は人が多かった。
俺とサチだけ残されるとちょっと寂しい気持ちになる。
それだけ充実してたってことかな。
「さて、じゃあ早速風呂に入ってみるか」
「そうですね、楽しみです」
気持ちを切り替えて風呂場に向かおうと振り返るとすかさず腕を回してきた。
「先に言っとくがうちの風呂は水着ダメだからな。タオルならいいぞ」
「なんですかそのこだわりは・・・」
呆れた眼差しをされたがこれは譲れんのだ。うん。
風呂場に着いて早速湯を張ってみる。
「精霊石を稼動状態にして、引っ掛けて下げておけばいいんだったな」
先ほど教わった通りに精霊石を入った鉄かごを堰を開く棒に掛けると重みで堰が開き水が流れてきて精霊石に触れる。
「結構湯気が出ますね」
精霊石に触れた水は瞬時に沸騰し、浴室内に湯気が立ち込める。
「やっぱ風呂は湯気がないとな」
「そういうものですか」
「これが風呂に入る前の体温低下を防いだり、風呂から上がった後の肌の乾燥を抑えてくれるんだよ」
「へー・・・奥が深いですね」
湯が満たされるまで備え付けの長椅子に腰掛けて待つ。
元々腰掛け椅子の話はしてあったが、男女分ける話をしたら増設してくれたので、壁際はほぼ椅子になっている。
本来なら洗い場も必要なのだが、この世界は念で綺麗に出来てしまうのでここにある設備は椅子と桶置き場ぐらい。
しばらく待つと湯が満ちてきたので湯加減を見る。
「うん、丁度いいな。そろそろ入ろう」
「待ちくたびれました」
サチは立ち上がると一瞬でロングタオルを巻いて髪を上げて留めたお風呂スタイルに衣装を変えた。
さっき待ちながらパネルで服探ししてたのはこのためか。
うーん、何かの醍醐味が吹き飛ばされた気もするが気にしなでおこう。
俺も服を脱いでサチが用意してくれたタオルを腰に巻いて浴槽に行く。
「ソウ、お先にどうぞ」
浴槽の横でサチが待っている。あぁ一番風呂は俺ってことか。いいやつだ。
いや、違った。ただ普通に入り方がわからないだけだ。結構湯気出てるから少し怖いのだろう。
掛かり湯をして浴槽に浸かる。肩まで浸かる。顔に掬った湯を掛けて軽く擦る。
あー・・・たまらん・・・。
俺の様子を見てサチも同じように入ってきた。
体にタオルを巻いたまま入っているが最初だからな、大目に見よう。
「お風呂ってこんなに熱いのですか?」
「最初のうちはな。しばらくすれば体が慣れるからもうちょっと浸かっててみな」
うーん、ちょっと熱いかな。俺はこれぐらいでいいと思うんだが、初心者も居るし少し埋めるか。
精霊石の場所までザブザブと移動して稼動を止めて水だけ少し入れてから堰を止める。
「どうしても熱いようなら一度出て少し」
言いながら振り返ったところで言葉が止まる。
「・・・はー・・・」
既に馴染んでるサチの顔があった。
なんとまあ幸せそうな顔して。
隣に移動して腰掛けると目を閉じてたサチがこちらを見てくる。
「いいものですね、お風呂」
「気に入ってもらえたようでなによりだ」
ふー、少しゆだって来たかな。
よし、そろそろアレをやるかな。
既に顔がほんのり赤くなってるサチがぼんやりこっちを見ている。
浴槽の近くに備え付けてあるフック付きの棒を手に取り、屋根にある出っ張りに引っ掛けて横に引く。
すると天井の一部がスライドして露天になる。
「ほぁ、なんですかこれ」
ぼんやりしてたサチの目が一気に覚めたように見開かれる。
ふふふ、これが以前造島師のところに行った時に頼んでおいたものだ。
抜けた天井の先には木々の茂みと日が暮れた夜空が広がっている。
「あの出っ張りはなんだろうと気になっていましたが、このためだったのですね」
屋内の湿った湯気が一気に外に出て代わりに少しひんやりとした風が入ってきて心地よい。
「あー・・・これはいいですね・・・」
「だろう」
火照った体に冷えた空気が入り上せ気味だった状態が中和されていく。
「はー・・・」
大分お湯の熱さにも慣れたのか、サチも風呂の中をふよふよと漂っている。
しかし一つ解せないのが未だにタオルを巻いたままなのである。
別に個人の風呂だしタオルをしたまま入ることには特に何か言うつもりはない。水着はダメだが。
しかし、やはり直に湯を感じてないというのはよくない。うん、よくないよな。
そこでこっそり足を伸ばして巻いてるタオルを摘んで剥がしてみた。
「あっ、ちょっと、何するのですか」
手で胸を隠しながら恨めしそうな目を向けてくるが、俺は気にせず剥いだタオルを手元に引き寄せて絞って浴槽の縁に置いて言う。
「ふふふ、熱くなったろう。こっちにきたらサチが喜ぶ方法を教えてやろう」
こういう時ちょっと演技風にするとサチは乗ってくるのはわかっている。
「まったく、仕方ないですね」
こっちに来て背をこちらに向けて俺にもたれかかってくる。
「それで、何をするのですか?」
「この熱い状態でアイスを食べたらどうだね?」
「!?・・・なんて恐ろしい事を思いつくのですかこの人は」
そういいながら既に空間収納に手を突っ込んで出してるな。
近くにあった桶を裏にして半分ほど湯に沈めて渡す。
「ほれ、この上に乗せな。ひっくり返さないようにな」
「ありがとうございます。あー、なんという贅沢」
後ろからでも至福オーラを出しているのが良く分かる。
数口食べた後、サチが何か思い出したかのようにこっちに少し頭を向けながら言う。
「あ、ソウ。私に何かするのでしたら食べ終わってからにしてくださいね」
「お、おう」
アイスを食べたサチをいただこうかと思ってたんだがばれてたようだ。
あ、でもばれてる上で来てるんだからそういうことか。ほうほう、なるほど。
ま、上せない程度にね、うん。
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