逃げられぬ騒音

今日の仕事も主にオアシスの街の願い対応。


今日はかなり緩くやっている。


頑張り過ぎないようにと思ったのもあるが、今日はこの後予定が入っている。


そういえば木剣キーホルダーの元である勇者の末裔は何処に行ったかと言えば、草原の街の北にあるダンジョンに行っているようだ。


商人と専属契約してダンジョンから素材を拾ってきてるのか。


着実に腕や名を上げていっているのはいいことだが、オアシスの街の状態といい、勇者に仕立て上げられないか少し心配になってきた。


本人が望んでなるならまだしも周りの影響でなるのは可哀想だし。


末裔が戻るまでにオアシスの街の状況が落ち着いてくれればいいんだが、多分無理だろうな。


そりゃオアシスの街の願いを片っ端から除外してしまえば流行は一気に冷めるかもしれないが、それは差別になるのでちゃんと方針に沿って叶えられるものは叶える。


それが結果末裔を勇者に仕立て上げてしまっても、だ。


こういうところが神の辛いところだなぁ。


以前森の村で最初に願いを叶えた信者の子が願っていた事。


みんなが笑顔で幸せに暮らせますようにという願い。


もしかするとこれは理想であり、最も難しい願いなんじゃないかな。


果たして俺に出来るだろうか。


今は少しでもそれに近づけるよう最大限の努力をしよう、うん。




さて、仕事も終わったしお迎えの案内鳥待ち。


「気合入れないと」


「そうですね。以前の会合で注目されましたから」


「失敗したと思うよ」


脳裏にあの騒音天使が浮かんでげんなりする。


「そうですか?私は他の神々に一目置かれた事は誇りに思いますが」


「む・・・、そうかな」


「はい。情報提供が滞りなく進んだのはそのおかげだと思いますよ」


「そっか。サチがそういうなら良かったんだろう。よし、今回は上手く逃げよう」


「頑張ってください」


頑張ろうじゃなく逃げようと言った俺にサチは少しおかしいのか微笑んでくれてた。




「キキー!」


お?案内鳥が来た。元気にしてたか?


「キ!」


うんうん、そうかそうか。


顔の表情とか無いのに懐かれているのがわかるんだよね。不思議だが嬉しい。


「本日も私と二人です。よろしくお願いします」


「案内頼むな」


「キ!キェー!」


んぅ、この横に引っ張られる転移感覚はまだ慣れないな。




案内鳥に連れられて水面の壁の中に入る。


「ようこそ!サチナリアさんとその神様!」


「げ」


アルテミナだ。一番会いたくない奴に最初に会ってしまった。


「さあサチナリアさん!記念すべき私への会合初挨拶をなさりなさいな!」


ビシッと音がしそうな動きでこっちに指を指してくる。相変わらずのオーバーリアクションだな。


「ソウ、あちらの方に移動しましょう」


「うん、そうしよう」


「ちょっと!無視しないでくださる!?」


あーもーホントうるさいな。


今日は少年神も連れてないし何してんだこいつ。


既に遠巻きに野次馬が居るあたり、さては結構な時間待ち伏せしてやがったな?


「なんですか?アルテミナ。そんなに挨拶して欲しいのですか?」


「えぇもちろん!さぁさぁ!」


「仕方ありませんね」


溜息混じりにそう言うとサチは手のひらサイズのパネルを出して読み始める。


「こんにちはアルテミナさんご機嫌麗しゅう先日はとても笑わせていただきましたあれからみなさんの反応はどうですか私はあの名前を思い出す度に笑いがこみ上げて来てしまいます今日はどんな扱いをされるのかとても楽しみです本日はよろしくお願いします」


ひ、ひっどい早口で棒読みだ。


このサチの皮肉たっぷりのやり方に野次馬は笑うのを堪えて手で口を塞いでいるが、当のアルテミナは目を閉じて腕を組んでうんうんと頷いている。


「これでいいですか?」


「七十五点!今度はそのパネルなしで挨拶してくださいな」


え、えぇー・・・採点甘くない?しかも割と満足げなんだけどこの人。


サチや周りの野次馬もあまりのことに開いた口が塞がらないでいる。


「あ!お姉様こんなところにいらしたのね!」


唖然としていると甲高い女の子のような声が聞こえてくる。


アルテミナが振り向くと後ろには少年神と知らない女の子。


「あら、ハティちゃん。どうなさいましたの?」


「どうなさいましたの、じゃありません。いつまでたっても戻ってこないのでこちらから探しに来たのです」


アルテミナにハティと呼ばれた子は腰に手を当ててプリプリと怒っている。


アルテミナと似た金髪にカールをかけたツインテール、そしてフリルドレスの可愛い女の子だ。


「あの子アルテミナの妹?」


「わかりません、私も会った事がないので」


サチにこっそり聞いてみたが面識はないようだ。


ハティはアルテミナに文句を言っており、その間に少年神は近くの野次馬の神々に挨拶している。


ホントあの少年神は良く出来た子だな。俺より神暦長いから子と表現するのもどうかと思うけど。


「取り込み中みたいだし今のうちに離れようか」


「そうしましょう」


サチとだけ聞こえる声でその場から離れようとした瞬間アルテミナの首がこっちを向いた。


「そういえば、紹介がまだでしたわ。ハティちゃん、あちらにいらっしゃるのがサチナリアさんとその神様ですのよ」


何だろうこの逃がしてくれなさそうな雰囲気。


くっ、これはもう腹をくくってアルテミナに付き合うしかないのか。


そんな事を思っていたらハティがこっちを向いて以前のアルテミナ同様スカートの裾を持ち上げて挨拶をしてきた。


「はじめまして。ハルティネイアです」


「はじめまして」


「はじめまして、よろしくな」


挨拶をして握手しようと手を差し出した。


次の瞬間パァンといい音を立てて俺の手が払いのけられた。


「ち、ちょっと!?」


音が鳴った瞬間周囲の視線が一気にこっちに集まり、同時にアルテミナとサチが慌てる。


俺は突然の事に思考が追いつかない。とりあえず手が痛い。


「貴方ですね。私のお姉様に不名誉な名を付けた人は」


「不名誉?あぁ、騒音ドリル女ってやつ?」


「騒っ・・・」


サチ、今はちょっと大事なところだから笑うの我慢しような。


「それです。それのせいでお姉様は数日の間お仕事に支障が出ましたのよ!」


「む、それは申し訳ないことをしたな」


仕事に支障が出てしまったのなら謝らねば。


「ううん、でてないよー。ちょっとぼんやりしてるときがあっただけー」


少年神が二人のもとに戻ってきた。


「やあ、久しぶり。それって本当?」


「こんにちはおにいちゃん。うん、ほんとうだよー、いつもよりちょっとだけぼんやりして、はぁはぁしてたぐらいー」


思い出して興奮してたのか。


アルテミナに視線を向けると恥ずかしそうにモジモジしてる。本当のようだ。


「それならいつもの事ではないですか」


バッサリ言うねサチ。


あぁ、俺のされた事に怒ってくれてるのか。


「うん、だからおにいちゃんはきにしなくていいよ。ハティちゃんはちょっとおねえちゃんがすきすぎるだけだから」


「むー・・・」


ハティはアルテミナのスカートにしがみついてこっちを睨んでる。


「ほら、ハティちゃん。しつれいしたからあやまって」


「嫌です!」


おぉ、自分の神に抵抗するか。なかなか凄いなこの子。


「むー」


「いーだ!」


ハティ相手だと少年神も子供の喧嘩になるのか。面白いなぁここの関係性。


あ、そうだ。名案が浮かんだ。


「なぁ、ハルティネイアの罰もアルテミナが受けるようにしたらどうだ?」


「!?」


俺の言葉に周囲の視線が一気にこっちに集まる。


サチ、そのでかしたみたいな顔はなんなんだよ。


「なるほど!おにいちゃんさえてるね!」


さすが少年神、俺の意図するところを直ぐに汲み取ってくれた。


要は妹の責任は指導者の姉の責任で、妹からすれば姉が罰を受ける姿を見たくないので自然と大人しくなる。


更に仮に何か罰があるとしてもあの変態ドMのアルテミナなら喜んで受けるという。


「じゃあさっそく」


「ま、待って!」


アルテミナの方を見上げた少年神をハティが慌てて止める。


あのさぁ、アルテミナはその全力で嬉しそうな顔はなんなの?思いついた俺が言うのもなんだけどさ。


ん?ハティがこっち来た。


「さ、先ほどは大変失礼致しました。その、許してください、お願いします」


そして深々とお辞儀をする。


「あぁ、いいよ」


元々手を払われた事は気にしていないしな。


俺の返事を聞いてほっと一息つくハティ。少年神も嬉しそうだ。アルテミナは残念そうだ。


「おにいちゃんいいアドバイスありがとね。ふたりともあいさつのつづきいくよー」


礼を言うと少年神は他の神のところへ歩いていった。


「あ、ちょっと待ってよ!」


それを追うハティ。


「本日は妹分が失礼をしたこと私からもお詫び申し上げますわ」


残ったアルテミナは神妙な顔をして目を閉じて俺に謝罪する。


妹分か。本当の妹ではないんだな。


「いいよ、気にしてないから」


「そ、それととても素晴らしい案を提案していただきありがとうございますわ!」


目を開けた瞬間顔が高潮して息が荒くなった。


「お、おう、どういたしまして?」


「お姉様!置いていきますわよ!」


「それではお二方、私達はこれで失礼したしますわ!またの機会までごきげんよう!オーッホッホッホ!」


そういい終わると残像を残すかのような速さで先を行くハティ達に追いついていった。


「騒々しい連中だな」


「同感です」


俺とサチは大きく息を吐いて蓄積された疲労感を少しでも和らげることにした。

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