第24話 尾行 ①

 ある土曜日のお昼頃。


 とある駅、その目の前にある偉人の像。

 多くの人が待ち合わせに使用するその像に近くで宮野がいた。何やら緊張した面持ちで突っ立っている。


 そんな宮野の様子を僕は、少し離れた位置から眺めていた。


 なぜこんなことをしているのか。

 それは宮野と神崎さんのデートを陰ながら見守るためであり、まァ詰まるところ、俗にいう尾行というやつである。


 一緒にカラオケで遊んだあと、後日、僕は宮野との会話から正式な日取りや待ち合わせ場所をうまく聞き出すことに成功した。

 それからの行動は早かった。

 デート当日──すなわち今日、宮野たちを追跡することを決め、そのための準備をしてきた。

 もちろん宮野たちに尾行がバレないための対策もした。


 対策その①

 追跡がバレるリスクを減らすための単独行動。

 シンプルだが複数人で尾行するよりはリスクが低く、もしもの事態になってもアドリブな対処がしやすい。


 対策その②

 今の僕は少し大きめの、普段だれかと出かけるときには被らないような帽子を被ることで髪型を誤魔化しつつ、淡い青を基調としたパーカーを軸にした落ちついたファッションで好青年といった雰囲気を装っている。

 下手な変装をしているわけでなければ奇抜なファッションというわけでもなく容易に人混みに紛れられるため、距離さえ保てば尾行がバレるという事態を防げるだろう。

 また、いつもの僕と印象が結構違うため、よーく観察しない限りは正体が僕だと看破されることはないはずだ。



「あれ、もしかしなくても村上君?」



 一瞬で看破されました。

 それにこの声は──



「もしかしなくても北山さん!」



 ここにいるのは別件か、あるいは僕と同じ理由か。

 そんなことを思いながら背後から聞こえた、聞き覚えのある声に、少し仰々しく振り返る。

 すると予想通り、近頃は宮野よりも一緒に行動する回数が増えてきている気がする北山さんがいた。



「こんなところでどうしたの?」

「北山さんこそどうしたの、そんな格好で!?」



 ──裸ワイシャツという予想外の格好で。

 さすがにこれには素で驚いた。見た目が変質者以外の何者でもないのだから当然だ。



「ん? ああ、この格好のこと?」

「そう、その格好のことだよッ」



 いつから社会はバスローブで公衆の面前で出歩くことが当たり前になったのか。

 少なくても僕はそんな新時代が到来したなんて知らない。

 ここに来るまでに職質は受けなかったのか気になるところである。



「落ち着きなよ村上君」

「落ち着けないよ!」



 裸ワイシャツのクラスメイトと、それも屋外で遭遇するなんて普通じゃないし、おまけに北山さんはスタイルがよろしいのだ。裸ワイシャツだと目のやり場に困って仕方ない。けしからん、実に眼福である。

 そんな状況で落ち着けるわけがない。


 それにしても変わり者だとは思っていたがここまでとは思わなかった。人間性を疑わずにはいられない──



「これにはちゃんとしたわけがあるの」

「うん。僕は北山さんを信じてた!」



 僕はクラスメイトを疑ってなんかなかったヨ!



「ホントに? とても失礼な疑われ方をされた気がするんだけど」

「そんなことないヨ、疑うなんてとんでもない。わけもなくそんな格好するわけないよね」

「当然でしょ、それじゃただの変態じゃない」

「だよね! 良かった〜」

「よくはないよ。聞いてよ、大変だったんだよここに来るまで」

「へ〜。まあ、余程のことがない限りそんな格好するわけないよね……ところで、その話って長いの?」

「うん、一応」

「んじゃ、一言で説明よろしく」



 北山さんの変人っぷりに頭を抱えることはあれど、愚痴を聞くのは初めてだ。それに対し、できるだけ真摯に対応するのはやぶさかでない。

 だがこちらは予定の時刻が差し迫ってる身、悪いが長話に付き合いたいとは思わない──。



「空から落ちてきた男の子を助けたら結果です」

「いったい何があったらそうなるの!?」



 なぜそのような事態になったのか、なぜその姿になったのか全くもって分からない上に胡散臭い!

 一瞬でも信じた自分が恨めしい。

 ……なぜだか頭が痛くなってきた。



「……もう、いいや」

「あれ、追求しないんだね。なんか意外」

「一言で、って言ったのはこっちだからね。それ以上は聞かないよ」



 聞いても頭を抱えるだけだろうし。



「で、今日はこんなところでどうしたの? ここで会ったのは偶然?」

「ううん、多分目的は村上君と一緒だと思う」

「そっか」



 どうやら、北山さんも二人のデートを見守るつもりのようだ。

 他人の恋路を覗き見とは、まったく北山さんは趣味が悪い。



「この日のために有り金をはたいてビデオカメラも買ったし、今日は美空の勇姿を映像にしっかりと残すよ」

「そうか頑張ってね。ところで北山さん、ひとつ聞いてもいいかな?」

「どうぞ」

「そのカメラ、お値段はおいくらでしょうか?」



 北山さんの手に目を向けてみると、いかにも新品と言った感じのビデオカメラが握られていた。性能も実に良さそうだ。

 とても安物には見えないわけで──



「……細かいことは気にしないで」

「一体いくらつぎ込んだんだ、このお馬鹿!」



 目をそらす北山さんに雷を落とす。

 悪いのは趣味ではなく、頭の方だったらしい。


 神崎さんのためなら報酬として自分のおっぱいを触る許可を出したりといい、北山さんの親友に対する友愛が重すぎるのではないだろうか。

 北山さんの将来と、神崎さんが北山さんの友愛に押しつぶされてしまわないかが少しだけ心配だ。



「来たよ村上君」



 その言葉に反応した僕はスマホで時間の確認をする。約束の時刻の10分前になっていた。慌てて本日の主役である宮野がいる方向に視線を向ける。

 視線の先には先程までと同様に偉人の像の近くに佇む宮野と、長い黒髪をなびかせながら小走りで駆け寄る神崎さんの姿が見えた。

 神崎さんは宮野のいるところにたどり着くと申し訳なさそうな顔でなにやら頭を下げ始めた。



「なんか謝ってるみたいだね。宮野を待たせたことに対してかな?」

「多分そうなんじゃない。美空ってその辺キッチリしてるから」

「真面目だね〜。宮野が早く来ただけであって、神崎さんが遅刻したわけではないのに」

「そういえばいつから宮野君はあそこにいたの?」

宮野アイツなら二時間前から待機してたよ」

「二時間も前から!?」



 北山さんは驚いているが少し語弊がある。

 正確には、少なくても二時間前には既に、だ。


 実は僕も今日、この付近に別件の用事があり、尾行の前に用事を済ませようと二時間前にはそこの駅に来ていたのだが、そのときには待ち合わせ場所で待機していたのだ。

 だから極端な話、もっとずっと前からいた可能性もあるのだ。



「いや〜ほんっとに、バカなんだよアイツ」



 呆れを隠しきれずにため息をつく。



「初々しいって言ってあげなよ。遅れたわけじゃないんだし」

「それはそうかもしれないけどね」



 北山さんの言い分もわかるけれど、それにしたって限度ってものがあるだろう。



「っと、移動を始めたみたいだよ村上君」

「え……あァ本当だ、やっと動き出したか」



 視線を向ければ宮野と神崎さんが移動を始めていた。

 呆れすぎて目的を忘れかけていたのか、北山さんに言われるまで気が付かなかった。



「んじゃ僕達も行こっか」



 呆れを頭の中から取り払って、二人の跡をつけることにする。


 しかし不思議なものだな。

 もうあの二人から目を離さないよう注意しながらふと、物思いに浸る。

 今更ながら僕はなんで尾行なんてことをしているんだろう、と。


 今までの行いには理屈もくてきがあった。

 勉強会、アレは宮野と神崎さんを引き合せるのに必要なことだった。

 カラオケでの盗み聞きもそうだ。今後のためにアイツらの親密度を、二人のときの距離感を知るために効果的だったし、前提である『密室で宮野たちを二人きりにする』という状況は二人の親密度を上げるのにちょうど良かった。

 そして、それらの行いには『雲行きがヤバくなったら僕や北山さんが介入する』という保険は勿論、必ず確固たる──友人への義理と北山さんのおっぱいを好き放題にしたいという理由どうきがあったはずだ。


 けど今回は違う。

 保険はない。あの二人のデートに横槍入れられない。それをしてしまったらこのデートはもう駄目、当人たちでどうにかなったかもしれない状況も第三者の介入でデート自体が台無しになってしまう。

 当たり前だが同じ理由で尾行がバレるのも当然ダメ。保険どころかリスクがただ増しただけ。

 なにより今回の尾行、これといった必要性がないのだ。

 尾行がバレないようにするためには追跡対象と距離があいてしまう。必然、デート中の様子は大まかにしか把握出来ない。

 だから今していることには意味なんてない。


 なのになぜ尾行こんなことをしているのか。

 見当はすぐについた。

 きっと日常に刺激ってやつが欲しかったんだろう。そうでなければ僕は意外と過保護な人間で、数少ない友人のことが殊更心配だったのか。

 まァどちらにせよ同じこと、少し前の自分なら『疲れることはしたくない』って言ってこんな余計なことはしなかったはずのこと。それを僕はしている。

 恐らく、最近慣れないことの連続だったから感覚が毒されてしまったのだろう。


 ……まァ、いっか。


 心の健康のためにも、たまにはらしくないことをするのもいい。そう思い、自己解決した疑問を頭の外に追いやる。

 今は尾行が最優先、目的のみに見据える──



「ちょっと待って村上君。私、裸ワイシャツこの格好で尾行するの?」

「…………」



 どうやら目の前だけに目を向けるのではダメだったらしい。



「……まずは服、買いに行こっか」



 幸いにも今日のアイツらのデートプランを聞き出してる。後で追いつくことは可能だろう。

 僕は最優先事項を変更し、北山さんをとともに近場の服屋にダッシュした。

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変わり者たちは青春を望む 都市上 博 @31lord

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