第152話

「………よし、これで調整する所は、全部終わらせた。後は………」

「カイル、終わったのかい?」(シーラ)

「ええ、終わりました。後は実際に、行って帰ってこれるかの、確認だけですね」


俺は今、メルジーナ国で設置した転移門の、最終調整の為に、戻ってきている。転移術式・転移門は、設置して終わりではない。転移先との、相互の調整をしなくてはならない。


調整をしていない状態だと、転移する先が少しズレたりする。これが、平原のど真ん中などならいいが、今回の様に、建物の中や部屋の中になると、話が変わってくる。最悪は、崖の真上に転移してしまったり、海の底や遥かな上空に転移される可能性もある。


今回は、調整の他に、元々兄さんの家に設置していた転移門と、こちらの転移門を繋げる作業も行った。転移術式は、主となる術式に、設置した先の術式と繋げる事で、行き来が出来る。だが、行き来が出来るのは、二点間のみだ。行った先の転移術式から、別の術式に転移する事は出来ない。


それに対して転移門は、繋がった先の転移門同士が連結し、どの転移門からでも、繋がっている、どこの転移門にでも向かう事が出来る。しかしその変わりに、転移術式よりも調整が難しく、時間もかかる代物だ。さらに、全てが繋がっているので、主の術式が壊されると、全ての転移門が消滅するという欠点もある。


「ちょっと行ってきますね」


俺は、調整のし終わった転移門を潜る。タイムラグなしに、潜った瞬間に景色が変わる。景色だけではなく、空気の匂い・街中の喧騒など、様々なものが一気に変わる。


一通りの確認を終わらせたのちに、何度か転移門を往復する。何度も何度も往復して、転移先の地点が、ズレていないかの確認をする。ズレがないようで、確実に同じ場所に転移していたので、安心してメルジーナ国に戻る。


戻った先には、シーラさんだけではなく、ヨートス殿や、上位の水精霊様が待っていた。


「どうだった?」(シーラ)

「調整は完璧です。転移した先の位置で、誤差はありませんでした」

『ふむ。それは良かった』(ヨートス)

「カイルさん、一度我々が通ってみても?」(上位の精霊)

「どうぞ、大丈夫です」


シーラさんたちは、一往復をそれぞれが試している。お三方とも、一度の往復で満足したようで、何処かの姉の様に、何度も何度も往復して、遊ぶ様な事はなかった。


まあ転移自体が、この大陸では、ほとんどの使い手がいなくなってしまってから、珍しく貴重な存在になってしまった。今では、かつての時代に作られた、時空間魔術の付与された、古い魔道具くらいだ。


転移術式自体は、魔道具と同じく、かつての時代に作られた遺跡に、残っている事がある。だが、術式は所々が途切れたり、壊されたりしており、実際に使用する事は出来ない。これらは、かつての時代の人々が、何かを考えた末に、後の世に残さないようにしたのだろう。


「それにしても、実に見事な転移門だ。ここまで精密な術式は、初めて見るな」(シーラ)

『シーラの意見に同意だ。過去の記憶を掘り起こしても、これ程の腕を持つ者はいない』(ヨートス)

「流石は、あの方々と契約している方です」(上位の精霊)


精霊様方は、俺がメリオスから、こちらに転移で戻ってからずっと、送別会の時と同じ様な、最高の食事を出してもらい、それを楽しんでいる。


俺としては、精霊様方が、この国の備蓄を食い荒らす可能性があるので、今回の食事の分の食材と、香辛料などの調味料は、俺の鞄やポーチから出した。足りなくなったら呼んでくれと、伝えてあったので、調整中に何度か呼ばれた。


精霊様方も、誰かの目に触れても問題がないので、実体化して、思いっきり食事をしているので、消費量が物凄い。だが、俺の、長いエルフの生の中で貯めた食材たちは、結構な量があるので、今回の精霊様方の食事で、底をつく事がない事だけは、長命種に生まれて良かったと、思える事の一つでもあった。


俺たちは、精霊様方とは別の席に座り、お茶や菓子を楽しみながら、今後の事などや、軽い雑談をしていく。


「今後はどうするんだ?ユノックに来たのも、冒険者としての依頼だったんだろ?」(シーラ)

「ええ、そうです。ただナバーロさんの方が、今回の魔道具の増産で忙しくなるそうで、魔道具の件が片付くまでは、メリオスに籠りきりになる様です。なので、護衛依頼の方も、暫くはお休みだそうです」

『ほう。それではどうするのだ?』(ヨートス)

「この国で、ゆっくりと過ごされてはどうですか?カイルさんたちなら、歓迎いたします」(上位の精霊)

「『それはいいな』」(シーラ・ヨートス)

「もちろん、こちらがお誘いして、カイルさんたちはお客様ですから、精一杯のおもてなしを、させていただきます」(上位の精霊)


上位の水精霊様の提案に、シーラさんとヨートス殿も乗り気になっている。だが俺は、ぼんやりとだが、こうしたいなという思いがあり、申し訳なく思いながら、上位の水精霊様に返答する。


「そうしたい気持ちはあるんですが、今回の経験を経て、帝国以外の国や、そこでの人々との出会いにも、興味が湧きまして。冒険者のランク上げと共に、色んな国に行ってみようと思いまして」

『おお、そうか。それはいい。色々なものを見聞する事は、自分の人生に彩りを与えてくれる。私も昔は………』(ヨートス)

「ヨートスの思い出語りは長いからな。適当に聞き流しておけ。だが言っている事は、私も同意見だ。狭い場所にだけ閉じ籠るよりは、自分の知らない世界に、勢いよく飛び込んだ方が、人生は面白くなるもんだ」(シーラ)

「昔のシーラ様が、そうでしたものね。この国を飛び出して、戻ってくるまで、こちらは気が気ではなかったですよ」(上位の精霊)

「シーラさんが?人魚の方は目立ちましたよね?凄く絡まれたんじゃないですか?」

「ああ、そうか。カイルには教えてなかったね。旅の間は、こうしていたのさ」(シーラ)


シーラさんは、魔力を足に向けて練り上げて、圧縮していく。すると驚くべき事に、シーラさんの人魚の足が、徐々に変化していく。


最初の変化は、人魚の足そのものが、縦に真っ二つに分かれる事だった。それだけでも驚きで声が出なくなるが、さらに現象は続く。分かたれたヒレが、徐々に人の足に変わっていく。それに合わせて、足首から腰にかけて、鱗のある人魚の足が、綺麗な肌色の人の脚に変わっていく。


「私たち人魚も、獣人たちや他の種族と同じ様に、魔力によって、肉体を変化させる事が出来るのさ。陸を旅してた時は、こうやって人に紛れて生活してたよ。その旅も、今となっては良い思い出さ。まあ、良い事もあれば、悪い事もあったけどね」(シーラ)


そう語るシーラさんは、直ぐに人の脚から、人魚の足に戻す。旅の思い出がよみがえってきたのか、先程よりも機嫌が良さそうだ。それにしても、見事な変化だったな。そこで疑問が湧いてくる。


「人魚のシーラさんが、そこまでの変化が出来るという事は、魚人の方々も、何かしらの変化が出来るんですか?」

「魚人の彼らの場合は、私らみたいに、人に近づいた容姿には、変化は出来ないんだ。その変わりに、自らの血に流れる因子を活性化させることで、獣人たちと同じ様に、自らを強化できるんだよ」(シーラ)

『しかも、個人個人で、先祖たちから引き継いできた因子が違うのでな。速さに特化した者もいれば、力が増す者もいる。他にも、特殊な因子を引き継いだ者は、他の者にはない、特殊な能力を持つ者もいる』(ヨートス)

「人魚も魚人も、それぞれが強みを持った種族です。それに、どのような種族にも、長所と短所があるものです。竜種にも、精霊にも、エルフにも」(上位の精霊)

『そうだな。そういった短所を、乗り越えられるかどうかは、本人の努力次第。努力もせずに、短所をなくそうなど、都合が良いにも程がある。だが世の中には、そういった都合の良さを求める者がいるのも、また事実』(ヨートス)

「しかし、そういった者は何処かで必ず、その怠った努力の、しっぺ返しをその身に受けるだろう。私の旅路にも、そういった者は沢山いたからな」(シーラ)


その後は、シーラさんの旅路の話や、ヨートス殿の若い頃の、世界中を旅した時の話を聞いたりして過ごした。上位の水精霊様も、中位の頃に様々な場所を巡った思い出を、語ってくれた。


面白い話から、こんな相手と戦ったなどの、男心がくすぐられるよう話、本当に沢山の話題を、短い時間でありながら、濃密な談笑になった。


特に凄かったのは、まだ若く、血気盛んだったヨートス殿の、過去の戦闘の話だった。先輩竜や、伝説クラスの魔物や魔獣、さらには聖獣や幻獣などとの戦いの話は、聞いていて興奮した。


「はあ~、食った食った」(赤の精霊)

「大満足」(黄の精霊)

「そうね。ワインも文句無しの、最高級品だったしね」(青の精霊)

「陸に住んでる者なら、あれを飲む為だけに、金貨を積んでもおかしくない程の品質だったな」(緑の精霊)


精霊様方は、全員が料理にもワインにも大満足の様だ。誉め言葉を聞いて、シーラさんは満足そうな表情をしている。ヨートス殿や、上位の水精霊様も、嬉しそうな顔をしている。


「満足いただけたようで、何よりです。ワインの方は、余裕がありますので、お土産にお持ち帰りください」(シーラ)

「いいのか?」(緑の精霊)

「五十年もの間、ただただ作っては、少なく消費して、というのを繰り返していましたから。消費量よりも、生産量の方が多かったので、まだまだ大量に、寝かせた状態で保管されています。なので何本か、もしくは何十本単位でお持ち帰られても、こちらは問題ありません」(上位の精霊)

「ヨートスはいいのか?竜種は無類の酒好きだろ?」(赤の精霊)

『私としても、問題はありません。この国で生活しだしてからは、自分の分は、自分で作って、大事に保管してありますから。若い頃に、そういった事で色々と、苦い思いもしましたし、させましたからな。それからは私も、自分で楽しむ分は、自分の手で、という風にしています。十分に、貯蔵していますから、お気になさることはありませんよ』(ヨートス)

「じゃあ、遠慮なく貰って帰りましょう」(青の精霊)

「これで、暫くは楽しめる日々が続く」(黄の精霊)

「ありがたく持ち帰らせてもらう。お返しは、またお邪魔させてもらう時に、持ってくるよ」(緑の精霊)

『ええ、楽しみにお待ちしております』(ヨートス)

「ワインも料理も、質を上げて、おもてなしをさせていただきますよ」(シーラ)

「今度は、同胞だけでの食事会や、飲み会もお願いします」(上位の精霊)


俺と精霊様方は、シーラさんたちの案内で、ワインセラーに向かい、瓶詰めされているものと、樽に納められているものと、二種類のワインを、大量にお土産として貰った。


俺は、色々なものを貰いすぎても悪いので、料理人さんたちが気に入っていた、食材や調味料などを、結構な量で差し上げた。さらに俺手製の、質の良い調理器具なども、気に入ってくれたので、今回のおもてなしの感謝の印として送った。


最高級品のワインを、大量に貰ってホクホク顔の精霊様方。俺からの色々な贈り物を貰って、ニコニコ顔な料理人さんたち。互いが互いの、浮かれている身内を見て、苦笑する。


最後に連絡用の、通信魔術の付与された魔道具を、シーラさんたちそれぞれに渡していく。使い方などは既に説明してあるので、何かあった時や、こちらが訪ねる時などに、使っていく事になるだろう。以外に早いかもしれない再会の時を、互いに待ちながら、握手をする。シーラさんたちに見送られながら、俺と精霊様方は、メリオスに帰るための一歩を踏み出し、転移門を潜り抜けた。

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