第119話

本人たちにとっての黒歴史なのだろう恥ずかしい思い出を掘り返された二人は早々に話題を変える


『その話はまた今度にしよう』(オボロ)

『そうだな。それがいいと私も思うぞ』(ライノス)

「じゃあ、また時間のあるときに聞かせてほしい」(セイン)

『…………………分かった。また時間の空いている時にな』(ライノス)


ライノスさんの返事にこれまた珍しく嬉しそうに、興奮した様子で首をウンウンとして頷いている。オボロさんはライノスさんをそんな簡単に約束して……みたいな感情が分かりやすく表れた表情をして見ている。ライノスさんも少し早まったかといったような顔をしているが、ワクワクしているセインさんを見て諦めたようだ


『さて、この話は置いておいて。玉藻、葛の葉。私は封印解除の余波で数時間の間の意識が途切れていたんだ。詳細を教えてくれ』(ライノス)

「分かりました。それでは、…………」(葛の葉)


ライノスさんに葛の葉さんが事の起こりから終わりまでを説明していく。その間に俺はこの精密で緻密なまでに整っている綺麗な術式を観察し、術式の見方や発想・構築の仕方を自らの知識の一つとして取り込んでいく


転生者の先人として、魔術師の先輩としての知識はか貴重だ。里の外に出て初めてヘクトル爺が教えてくれていた魔術の一部が里の外や他大陸の発展している魔術だということに気がついた時には世界にはまだまだ俺の知らない魔術があると興奮したものだ。それからは孤児院にいる時や兄さんの家にいる時も暇さえあればヘクトル爺との鍛錬時の事を思い出しながら、脳内で新たな術式を組み立ていることが帝国に住み始めた当時から続いている。今目の前ににあるライノスさんの組み立てた術式も非常に参考になるものばかりだ


『ふむ、そちらにいるのがイスミとユキノの血筋の子か。それで、イスミは霊獣に至ったわけだが、ユキノはそのまま…か?』(ライノス)

『ああ、彼女は霊獣に至ることを断固として生前から拒否していたそうだ。いつかまたイスミと巡り合うためにと』(オボロ)

『彼女を待たせているのは申し訳ないと思っているよ。それでも、私はトウヤの事も見捨てることは出来なかった』(イスミ)

『彼女もそれを分かっていてなお、イスミの事を待っているんだろうよ。彼女はそれくらい肝が据わった女性だっただろう?』(ライノス)

『そう、だったな』(イスミ)

『まあ、誤ったらビンタ一発くらいで許してくれるんじゃね?』(オボロ)


オボロさんの発言に渇いた笑いをライノスさんとイスミさんがしている。その事から恐らくはユキノさんが笑って許してくれるような女性ではないという事が伺える


『玉藻、葛の葉、それにラディス。トウヤの件も、封印を無理やり解いた問題児も片付いたという事だし、ここはもう必要ない。解体しても大丈夫だろう?』(ライノス)

「私たちとしては大丈夫だが…………」(玉藻)

「ライノスの魂は大丈夫なのですか?」(葛の葉)

『別に俺の魂をこの場所に縛り付けているわけじゃない。基本的には制約はない。まあ、霊体に近いから物理的には何も出来る事は無いがな』(ライノス)

「ならば、私と葛の葉は問題はない」(玉藻)

「私どもとしても問題はありませんな。それと、問題がなければライノス様も里の方で暫くごゆっくりされてはと思います」(ラディス)

『ふむ、それもそうだな。数百年単位で一人だったしな。久々に人との会話を楽しむとするか』(ライノス)

『それにしても、よくボッチで気が狂わなかったな』(オボロ)

『そんなもの、もっと昔から変わらない事だからだ。慣れだな。慣れ』(ライノス)

『なんて悲しい慣れなんだ』(オボロ)


オボロさんが生前のライノスさんの境遇に対して憐れんでいるが、俺としては親近感の方が大きい。ボッチとまではいかないが、友達も少なかったし社会人になってからはロクに連絡もとっていなかったしな。そんな風に前世の事を思い出していると、オボロさんとライノスさんが俺を見ていた。オボロさんはお前もかという雰囲気をしており、ライノスさんは親指をグッと立てて俺に向けている


まずは、ライノスさんが洞窟内に設置してある全ての術式を丁寧に痕跡一つ残らず剥がしていく。この作業だけみても、ライノスさんの魔術師としての腕がどれほどのものかは同じ魔術師ならすぐに分かる。無数にあった術式が数分足らずで全て剥がされ、残っているのは中心にある封印の要になっていた術式のみだ


『これで、最後っと』(ライノス)


これまた見事な手際で術式に一切傷や綻びを生むことなく、地面から剥がしていく。全ての術式がライノスさんの異空間に仕舞われていく。物理的な干渉は出来なくとも、魔力や魔術的な意味でこの世界には干渉が可能なのかもしれない。もしかしたら、イスミさんのように死後に完全なる霊獣化と同じように、妖精族にも同じように死後に精霊に至るのか、それに近しい存在になるのかもしれない


最後の術式を片付けた後に、俺たちは洞窟を出る。最後に洞窟を出たライノスさんが術式と同じように一切の痕跡も魔力も残すことなく綺麗な地面になるようにならしている。全てが終わった後のその場は、そこに洞窟があったとは誰も分からないほどになっていた。その場にいる全員で徹底的に物理的・魔力的な痕跡が残っていないかをチェックし終えて、ようやく安心して里への帰路に就く。行きもそうだったが、帰りの道中でも魔物や魔獣の襲撃が無かった。既に一晩経過している事も、時間帯的にも既に昼時を少し過ぎている事からも、ある程度は安定している状態になっているのだろう。里に戻ってきた時に、ライノスさんを知っているラディスさんと同世代の人たちが懐かしさ半分、嬉しさ半分といった表情でライノスさんを囲み始める


「おやおや、ライノス様じゃないか‼」(狐人族のお婆ちゃん)

「本当かい‼」(狐人族のお爺ちゃん)

「おお‼おお‼ライノス様‼」(狐人族のお婆ちゃん)

『久しいな。あの小さかったお前たちが老いるほどに時が過ぎたか。…………だが、ようやく、あの日の全てが終わったぞ』(ライノス)


ライノスさんの言葉に、当時の思いと今までの記憶が走馬灯の様に溢れて来たのか皆、目の端から涙が流れている。そこからはオボロさんとライノスさん、そしてラディスさんも混ざっての当時の思い出話に盛り上がっていく。俺たちと玉藻さんたちは一度、玉藻さんたちの屋敷に戻る事にした。ラディスさんにその事を伝えて、俺たちは玉藻さんたちの屋敷に向けて歩き出す


「カイル、昼食を頼む」(レイア)

「私たちからも頼む」(玉藻)


最初から、こうなるのは分かっていた。だから、もう既にニコニコしている皆へ反応を返さずにテントを屋敷の庭に設置し昼食を作り始めていた。出来た途端に、誰かしらが必ず傍にいる人が料理を奪い取っていって食卓に持っていく。次から次に料理を作っては持っていかれるが、消費量が人数が多いために早いので、ひたすらに手を動かしては肉や野菜などバランスのよい品を作っていく。特に、玉藻さんと葛の葉さんは美味しさに顔を綻ばせている


「どれもこれもが美味かった」(玉藻)

「そうですね。使用した材料も里で手に入れられるものばかりでしたからね。そういった所も含めて、本当に素晴らしかったと思いますよ」(葛の葉)

「ありがとうございます」


そこに、ラディスさんたちが戻ってきた。ラディスさんは一瞬私の分は?といった様子で俺を見てきた。だから、安心させるためにもラディスさんにも冷めないように保存しておいた料理の数々を別の机を用意して、並べていく。ライノスさんは料理に興味を示すものの、物理的に食べることが出来ないので少し残念な様子でいる。それを同じく物理的に食べる事の出来ないオボロさんが同じ気持ちとばかりに慰めている。ライノスさんに至っては数百年ぶりの温かい食事というものを目にしたわけだからな


食後の休息をとりながら、ライノスさんとオボロさんの今後についての話し合いをしていく。まあ、それに関しては決まっているので互いの意見が食い違ったり、反発しあったりすることはない。結論から言うと、オボロさんとライノスさんはこの狐人族の里に残る事になっている。まあ、木人にオボロさんの魂を宿した理由の一つであるトウヤさんの事を解決した事もあるし、ライノスさんも自主的ではあるが監視の役目が終わった事で自由になった事もあり、二人はこのまま後進の育成に携わりたいという思いが強いようだ。さらに言えば、精霊様方と同じようにこの里に再び転生者が生まれた際に正しく導けるようにという気持ちが大きいようだ。これに関しては俺たちも大賛成だ。後進の育成はこの世界においても課題の一つであり、俺たちのいる大陸や他大陸でも後進の育成に失敗や、育成そのものをしていなかったために乗っ取りや滅んだ国も歴史には多くある


『と、いう訳だ。すまんな、カイル』(オボロ)

「いえ、後進の育成は大事ですからね。二代目や三代目で潰れる会社は大抵そういった所が原因だって聞いたこともありますし」

『その通りだ。だからこそ、この弱肉強食の不安定な世界でも生き残れるように、次世代の教育に力を入れていかなければならん』(ライノス)

「でも、セインさんにお二人の黒歴史を語るのはどうするんです?」

『…………お前たちの滞在中に済ませてしまうか』(ライノス)

『あとあと、皆の前で語ってくれって状況になったら俺は次の日から引き籠る自身がある』(オボロ)

「それほどですか」

『『それほどなんだよ』』(オボロ・ライノス)


ほんの少しだけ内容を聞くと、二人の若気の至りが盛大に発揮された物語の様だった。妖精族のバラバラだった小さい国々を纏めて一つの国を生み出したという所まで聞いたが、どこにも恥ずかしがるような事は無いように思えた。だが、よくよく本人たちの心情を聞いてみると、前世ではいい大人だったはずの自分たちがまるでラノベの主人公のような事をしていたと自覚してしまった事で急に恥ずかしくなってしまったそうだ。もっと冷静なやり方や穏便な方法もあったのに………という場面が多くあったそうで、火急の事態であったとしても大人としての理性的な行動を心掛けたかったと。そんな事もあるので、それらの主人公的な行動に関しては忘れたい事のようだ


『まあ、何か知りたい時は訪ねてこい』(オボロ)

『カイル、君も使えるのだろう?転移魔術を』(ライノス)

「はい。まあ、覚えるのに大分時間がかかりましたけどね。それも実戦形式のスパルタでしたよ」

『ああ、カイルの師匠って軍神ヘクトルだもんな』(オボロ)

『なんと‼なるほど、それならばカイルの常識外れの力量にも納得が出来る。あの幾つもの逸話や伝説を持つ御仁ならば、弟子の育成も超一流なのはカイルを見れば分かる。俺たちも見習わなければな』(ライノス)


ライノスさんがヘクトル爺の事を多少美化しているのは分かった。確かに俺の魔術的技術も身体的な体術を含めた技術もヘクトル爺から教わったものだ。そう考えると確かに育成者としてもヘクトル爺は超一流だと俺も心から言える。だが、普段の言動とルイス姉さんとの追いかけっこなどを見ている時と鍛錬の時との差が大きすぎて最初は戸惑ったな~


それにしても二人とも片や木人という簡易な身体、片や物理的な接触が出来ない身体というのは不便ではなかろうかと後進の育成に力を入れると聞いた時から俺は考えていた。そこから俺はオボロさんとライノスさんとヘクトル爺やルイス姉さんとの鍛錬の様子などを話したりしながらも頭の片隅で次々と術式を組んでいくと同時に今まで学んできた錬金術と人形遣いの知識を総動員していく


〈オボロさんには魔力制御の際にお世話になったしな。ライノスさんも同じ転生者で元日本人だしな。それに、この里の人たちにもお世話になったしな。ここで恩返しをしておかなければな〉


今日はそのまま午後はのんびりと三人で雑談をして過ごす事にした。今度はオボロさんとライノスさんの二人旅の話になる。この国ではああだった、あの国ではこうだったと二人が語る。俺はそんな二人の話を聞きながら相槌を打つ。こういう話を聞いているうちに、俺も何時かは帝国以外の国や他の大陸にも足を延ばしてみたいと思った

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