第106話

その異変は、里にいる全ての者が感じ取った。里の北東から禍々しい魔力が天に昇っていく。そして、その禍々しい魔力に汚染されていくように晴天だったはずの空がどんどんと黒く染まっていく。俺は天に昇っている魔力を広範囲に広げた感知で詳細に調べていくと、その魔力の近くに暗く濃い闇色の大きな魔力反応があるのを感知した。この闇色の魔力から考えるに、これが件の危険な思想を持つ逃亡した吸血鬼なのだろう


里の中には動揺が広がりつつも、騒いでパニックを起こすことなく子供や老人を避難させる者、戦闘準備をし始める者など様々だ。さらには、そこに少しだけ険しい顔をした玉藻さんと葛の葉さんが現れる。すると、戦う意思のある狐人族の戦士たちが自然と玉藻さんたちの前に整列する


「皆の者‼感じるな‼‼再び、厄災が目覚めた‼役目を持つ者は役目を果たせ‼」(玉藻)

『ハッ‼』

「治癒の得意な者は私と共に後方支援に徹します。各種薬草やポーションや丸薬などを迅速に準備してください。時間がありません、直ぐに取り掛かりましょう」(葛の葉)

『了解‼』


玉藻さんの号令に戦士たちが勢いよく返事をして、防衛の陣を整え始める。葛の葉さんの号令には治癒魔法などを得意とする人たちが返事をして、里の常備している薬草やポーション関係の倉庫に向かって小走りに移動していく。そこに食堂の表に出ていた俺に玉藻さんと葛の葉さんが近づいてくる


「カイル、協力を頼めるか?」(玉藻)

「ええ、大丈夫です。姉さんたちは何処に?」

「今、ラディスに呼びに行かせています。今回も私たちは制約によって防衛に回らずを得ません」(葛の葉)

「それも承知の上で、協力を承諾しましたから。もしもが現実になったからと言って、逃げだすような事はないですよ」

「助かる」(玉藻)

「助かります」(葛の葉)


そこにラディスさんが姉さんたちを連れてきた。姉さんたちも当然の事ながら、あの天にも昇る魔力の柱を感知している。その為、既に臨戦態勢の状態になっている。まだ封印が完全に解けきっていないようで魔力の柱の元になっている禍々しい魔力そのものは移動してはいない。その傍にある吸血鬼の魔力も動いていないことから吸血鬼は完全に封印が解けきるまで動くことはないようだ


俺たちはその時間を有効活用するように様々な事を打ち合わせをする。その中でも重要なのは、最悪の形となったラディスさんの叔父さんと吸血鬼の共同戦線だ。いかに自我が薄く、理性もないような状態とはいえ思想を共にする存在だ。無意識にこの里に向かってくることは容易に想像が出来る。そして、どちらの相手を誰がするのかというのが一番最初に決めなくてはならない事だった


「カイルたちが幻想で体験したように、下手な戦力を当てた所で無駄に命を散らすのは目に見えている。申し訳ないが、カイルたちだけであの者に対処してもらいたい」(玉藻)

「昔ならば、あの者に対抗できるものがいたのですが………。今のこの里にはあの者に真っ向から対抗できる才と実力のある者はいません。本当に心苦しいのですが、お願いできますか?」(葛の葉)

「ああ、私たちに任せてくれ。この里に来た時の最初に言ってくれただろう?同じ隠れ里の仲間だからな。協力するのは当然だ。それに、ユリアの奴がな……………」(レイア)

「ユリア?ユリアがどうかしたのか?」(玉藻)


ユリアさんはこの打ち合わせの場でも、ただ黙って魔力の柱の方を見ている。その顔は真剣で、今までニッコリとしていたり、ほんわかしているユリアさんの印象とは全く違うユリアさんがそこにいた。ユリアさんは自分の名前が出た事でこちらに振り向く。そして、玉藻さんや葛の葉さん、最後に自分のお爺ちゃんであるラディスさんに視線を向ける


「お爺様、身内のケツは身内で拭く、でしたよね。代々続いてきた我が家の絶対的な家訓。オボロ様たちがご存命の際に生み出された信念です」(ユリア)

「……………そうだな。私の叔父であり、お前にとっても遠いとはいえ血縁か。玉藻様、葛の葉様」(ラディス)

「………分かった。ユリアにあの者の相手を任せるとしよう」(玉藻)

「レイアさんたちはどうなされますか?」(葛の葉)

「ああ、私たちはパーティ≪月華の剣≫だ。当然、ユリアと共に戦うさ。吸血鬼の方はカイルにでも任せておけばいい。?」(レイア)

「問題ないよ。俺が一人で対応する」


玉藻さんたちは俺の落ち着いた様子を見て、大丈夫なのかという言葉を飲みこんだようだ。そんな言葉が出そうなほどに心配な顔をされていた。しかし、このまま悩んでいてもラディスさんの叔父さんも吸血鬼もこちらの都合を配慮して待ってはくれない。今、この瞬間の迷いすらも相手にとっては都合にいい時間になるのだ。だからこそ、玉藻さんたちもこの里の長と種族を束ねる者として決断をした


「ユリアたちにはあの者を、カイルには吸血鬼の相手をしてもらうという事で決まりだ」(玉藻)


玉藻さんの締めの言葉と共に、俺たちはラディスさんの叔父さんと吸血鬼をこちらから攻めるために里から移動を始めた。俺は姉さんたちと別れて、吸血鬼を釣り上げるために相手よりもより暗く濃い闇属性の魔力を纏う。こうすれば、あたかも自分の国の追手が来たと勘違いをして逃げるか追ってくるだろう。だが、事前の情報によると戦闘狂の気のある脳筋よりの戦士だという。だからこそ、このような挑発行為を行った存在を確かめてみたくなるのと、ついでに戦闘行為をしようという相手の欲をくすぐる


〈…………上手く釣れたか。もの凄い速度でこちらに迫ってきているな。さて、周りに被害が出ないように異空間を形成するか〉


里からも、吸血鬼の国があるであろうと思われる方向にも気を遣って中間地点の所に違和感のない様に全くの同じ景色で魔力を感じさせないように工夫した異空間を形成する。吸血鬼の感知性能を誤魔化せるとは思わないが、相手は戦闘狂だ。罠だと知っても、この異空間に突っ込んでくるだろうと俺は予想している


「俺を挑発して誘っていたのはお前だな‼」(吸血鬼)


俺は半身をずらして眼前を縦に通り過ぎる鈍色の刃を避ける。しかし、吸血鬼の方も流石の武闘派一家の生まれだ。剣身が途中でピタリと止まり、ほんの数秒で軌道を変えて首を狙って水平に振られる。それを背を反らして避け、そのまま反撃の拳の連打を放つ。すでに俺は全属性の魔力による身体強化と脳のリミッターを外した状態でいる。吸血鬼は最初の数発は持ち前の身体能力によって見切って避けていた。俺はほんの少しずつ拳を放つタイミングを左右で早く・遅くで分けていく


防戦一方の状態になりつつも、ニンマリと笑顔を浮かべている吸血鬼。やはり、前情報通りの戦闘狂という点は間違ってはいないようだ。吸血鬼は遠くに自慢の愛剣を放り投げて地面に突き刺し、俺と同じように拳と蹴りによる近接戦闘を仕掛けてきた。何度か殴り殴られ、蹴り蹴られを繰り返して互いに小さいダメージを与えていく。そして、さんざんタイミングをずらした効果が発揮される。俺の拳の放つタイミングを一気に加速させる。さらに拳に全属性の魔力を混ぜ合わせて練り上げた魔力を纏わせて超高速で放つ。吸血鬼はその拳を高い身体能力をもってしても視認できずにモロに突き刺さる。吹き飛ばされた吸血鬼は、直ぐに立ち上がり変形した鼻をゴキリと治しフンと鼻血を地面に落とす


「ハハハハハハハハ、中々楽しめそうだな~お前。………名乗ろう‼ワラキア公国エルヴィン公爵家が次男、テオバルト・エルヴィンだ‼」(テオバルト)


俺はテオバルトと名乗った男に自身の名を返す


「俺の名はカイル・アールヴ。お前を殺すか倒すかして、ワラキア公国とやらに送り返す役目を負った、ただのエルフだよ」

「そうか、そうか‼ならば、これ以上の言葉は不要だな‼」(テオバルト)

「ああ、そうだな」


俺とテオバルトは互いにニヤリと笑う。俺とテオバルトの魔力が触れ合ってバチバチと音をたてる。一際大きくバチンと互いの魔力が弾けると同時に互いに相手に向かって動き出す


『いざ、参る‼』

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