第102話
高速で降り注ぐ雨の槍、吹き荒れる不可視の風と荒れ狂う雷。一瞬で燃え尽き、炭化してしまうほどの超高熱の炎の槍に、俺の視界を遮ったり、足元からランスや土の手を生み出して妨害してくる土属性の魔術。それらが同時に、並行して術式が展開され発動される。今までの俺ならば必死に避け続けていたが、現在の俺は違う。迫りくる魔術の全てを両手・両脚で全てを弾き飛ばしたり、高密度の魔力で消し飛ばす。色々と試してきた結果、たどり着いたのは全ての属性を織り交ぜて発動する現段階で俺の中で最高レベルの身体強化だ
着想を得たのは、兄さんの全属性の魔力の魔糸を練り上げて生み出した最終兵器の魔糸からだ。俺は、あの帝都での生まれたばかりの悪魔との戦闘の後に自分なりに試行錯誤してあの技術を自らの新たな力にしようと研鑽を続けていた。行き詰ったときは兄さんがニコニコしながらも優しくアドバイスしてくれたこともあり、七割・八割ほどは習得できていた。兄さんも初めから挑戦せずにただ教えてほしいと言ったらいい顔はしなかっただろう。何せ、兄さんが長年の研究と研鑽の果てに生み出したものだ。それをただ兄弟であるからという理由で簡単に教えてもらおうと思う事自体が魔術師としてもエルフとしても恥知らずなのだ
それらの試行錯誤の経験を身体強化という点において応用してみた。武装付与や魔術強化では細胞などが強化されるが、それでも最大限まで強化されるかと言われるとそうではない。それは試行錯誤していた日々の中で得た俺の一つの答えだ。これは脳のリミッターを意図的に外す事に成功した時に実感した。そこからは殺し合いをしながらも様々な方法で様々な強化を試していった。そして、たどり着いたのが全ての属性の魔力を練り合わせて一つの魔力にし、その魔力で身体強化を施すというものだ
「ウァアアアアア‼」(ラディスの叔父)
「オラァアアアアア‼」
ラディスさんの叔父さんは幻想の中にも関わらず、俺との一戦一戦を追うごとに取る手段も魔力の質も量も上げてくる。今や、幻影を織り交ぜたラディスさんの叔父さんの尻尾は千本にも至っている。それらの全てを光速の速さの拳の連打で千本の虚実の尻尾を全て対応する。こちらの拳の威力が勝っているため、実体の尻尾が血だらけになっている
そのまま九本の尻尾と野生の獣と狐人族の混じった動きをしながらも、近接戦を仕掛けてくる。血だらけの尻尾も高速再生によって、すでに万全の状態に戻っている。人の二足歩行から急に獣のように四足歩行に切り替わったりと、本当にコロコロと戦闘スタイルが瞬間瞬間で変わっていく。九本の尻尾はそれぞれ各属性の魔力で強化されており、時折尻尾の先端から魔力によるレーザーを放ってくる。それらは全て千本の尻尾と同じように拳と蹴りで掻き消していく。今の俺は兄さんの全属性の魔糸と同じようにありとあらゆる属性の魔力を中和して強制的に無効化する力が身体に宿っている
骨格の強度の強化はもちろんの事、細胞についても常に活性化を促すことで致命傷にも至るほどの傷も瞬きの間の短い時間で再生が終わるほどに再生能力が上った。心肺機能も格段に向上しているため、高速戦闘も長時間の戦闘においてもスタミナ切れを起こす事はない。全身の筋肉と筋線維も全属性の魔力によって強化とコーティングがされているので、脳のリミッターを外した状態の動きによる体への負担を考慮する必要がなくなった
動体視力などの視力に関しても強化された事で、獣の動きから狐人族の動きの切り替わりや身体の影に隠した尻尾の攻撃なども完全に見切る。俺は、ラディスさんの叔父さんの懐にするりと潜り込むと連打を叩き込む。流石の不死性に近いような再生能力も怒涛の連打と最後の心臓に対する一撃によって心臓が破壊された事で機能せずに、だらりと力が抜けた様に崩れ落ちていく
これで、七千二百三勝・五千九百八十一敗
―――――――――――――――
今までとは違い視界には天井が移る。周りから安堵の息が漏れるのが聞こえる。視線を巡らせると、リナさん達が心配そうに見ている。玉藻さんも葛の葉さんも少し余裕のない表情をしながらも、俺の様子に安堵の雰囲気を見せていた。そして、姉さんに殴られた
「カイル、……………反省」(レイア)
俺は姉さんの言葉に意思とは反対に身体が素直に屈服してしまう。これは幼少の頃からの刷り込みによって、もはやトラウマの様に身体が反応してしまうのだ。そこからの説教の内容によると、姉さんたちも同じように幻想の中でラディスさんの叔父さん相手にもしもの時の為に玉藻さんたちの協力を得て、実物の幻想と鍛錬していたが自分たちが幻想から戻ってきても一向に俺が幻想から戻ってこない事に玉藻さんたちが焦っている事に気づいたようだ
そのまま俺が起きるのを待ち続けていたが、暫くすると急に鼻や口、さらには耳からも血が出てくるようになったという。さらには身体が急にビクッとなったり、至る所で内出血し始めたりと目まぐるしく状況が変わっていったらしい。この場の全員が協力して回復魔術を交代で休む暇もなく起きるまでの間はずっと掛け続けてくれたようだ。だから、起きた時に下着とインナーだけの薄着だったのか
「それで、なぜ途中から急に身体の損傷がなくなりだした?」(レイア)
「ああ、それは……………」
俺は幻想内で起きた事柄を順を追って話していく。ラディスさんの叔父さんの脅威を体感している姉さんたちも、当時の本物を見ている玉藻さんたちも俺の考えやそれを実行していることに呆れと共に感嘆の息を漏らす。しかし、姉さんたちや玉藻さんを含めて興味を引いたのは各属性の魔力による身体強化の違いと、兄さんの研究の応用の結果についてだった
それについて話そうとしたときに、つい気になって姉さんたちがどれだけラディスさんの叔父さんと戦闘をしたのかを聞いてしまった。………………百回ほどだと言われた
「お前は一体どれだけの回数、戦ったんだ?」(レイア)
「………………一万回以上」
「………我は耳が遠くなってしまったのか?一万と聞こえたぞ?」(玉藻)
「いえ、大丈夫ですよ。私の耳にもしっかりと一万と聞こえておりました。貴方はよくもまあ、あのような怪物相手に一万回も、それも魔術を用いずに身体強化のみで挑みましたね」(葛の葉)
「いえ、最近少しばかり魔術に頼り過ぎていると思いまして。いい機会だから、鍛え直そうと思いまして」
『…………はぁ~』
俺の言葉にこの場の全員がため息を吐いていた。あの優しい表情を崩さないラディスさんでさえも呆れた視線を隠しもせずに俺に向けている。俺はそのまま、皆に聞かれた事を素直に自分なりに分かりやすくして説明する。その説明を聞いて、さらに頭を抱える姉さんたち。玉藻さんたちは姉さんたちに同情の視線を向けながらも俺に対しては可哀そうなものを見るような視線を向けてくる
そのまま、俺そっちのけで俺の行った身体強化について意見交換会が始まってしまった。時々、俺に実際の効果やラディスさんの叔父さんにどの程度の効力があったのかを聞かれて答えるということがあったが、それ以外は本当に放っておかれてしまった。俺は質問に答えながらも、実際に自分の身体が安定しているのか、どこかしら変化しているのか確認してみると、俺の肉体は幻想内とリンクしていたようなので最後の全属性の魔力による身体強化の影響もあり、多少なりとも恩恵があったようで以前よりも魔力の通りがより良くなっているのを感じる
〈あとは自分で検証する必要があるな。まあ、幻想内と同じならば心配する事はないが…………念のためだな〉
軽く体を動かしてみても、力が入り過ぎたりして床を壊すといったことは無いので恐らくは大丈夫だとは思うのだが、何事も確認しておくことに越したことはない。それを怠って大事な時に失敗すれば死ぬのは俺なのだから。それにしても、ラディスさんの叔父さんはあらゆる意味で強かった。ここで、あのような怪物じみた強さを知れた事は鼻が伸びて天狗になっていた俺にはいい薬になった。さて、次に幻想へ行けるのはいつなのか玉藻さんに確認しておかなければ
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