96話 タイムリミット

「タイムリミットがあるのは僕たちのほうなんだ!朝になったら、ここに迫ってきている大華帝国軍に見つかってしまう!」


 キッドはそう叫び、フェイやスミスに早期決着を促す。

 平原の彼方からは、兵士の足跡が地響きのように響き、薄明が地平線を覆っていた。兵士一人一人の持つ松明が、さながら夕焼けのように見えていたのだ。


「マジかよ!クソ!朝まで耐えていれば、吸血鬼化を解除させて勝てると思っていたのに!」

「気づいたか、だが気づかれても問題はない!いや!気づいたからこそ、時間がないという焦りから精彩を欠いた戦い方になるだろう!」

「兵士達を北方に向かわせないので、さっさと負けてくれると助かりますねぇ!貴方達に構わせてる時間はないんですよ!」


 キッドらの焦りを突くかのように、ヤンとメイシンの攻撃は激しくなる。フェイとスミスは防戦一方になり、麻痺性の毒を受けたキッドは体の動きを制限される。


「くっ、これが吸血鬼の力か!動きに追いつけねぇ!」

「麻痺毒を解除するために、『凍血』の力を使うしか……。だけど、ただでさえ弱ってる今、体力を消費する血の力の併用は……」


 キッド達の間に絶望感が広がる。その時、背後から声が響いた。


「お主ら!何気を落としておる!」


 ネロが、鉄の部屋に穴を開けて飛び出していたのだ。


「ネロ!?ダメだよ!もうすぐ夜明けだから、隠れていないと!」

「どのみち、お主らが負けたらここで終わりじゃ」

「何しに出てきたんだよ!叱咤激励でもしにきたのか!?」

「それもある。が、お主らにちとプレゼントをな」


 ネロは指先から血を打ち出し、キッド達に当てる。キッド達の体はビクンと震えた。


「なんだよ!また怪しいお薬でパワーアップか!?」

「かかかっ!さあ頑張って戦え!ワシが見ておるぞ!下手な戦いをしたらヤジを飛ばしてやる!」

「くそ!やってやらぁ!行くぜスミス!」

「ええ、ネロさんも感嘆するような戦いをお見せしましょう!」


 フェイとスミスは勢いを取り戻し、防戦一方だった戦いは一変、見事なコンビネーションでヤンに喰らいつく。


「くっ、これほどまでに食らいついてくるとは」

「すげえぜ!ネロの怪しいドーピング薬!」

「使った後の副作用が怖いですがね」

「今勝てるのならどうだっていいぜ!」


 キッドも、麻痺する体をなんとか動かしてメイシンに相対する。


(『凍血』の力に頼っていてはダメだ。『鉄血』の力だけでなんとかしないと、勝てない!)


 その時、キッドは周囲に転がっていた自転車に目をつけた。自転車のフレームは、キッドとヒュームによって『鉄血』の力で作られている。


(体は上手く動かせないけど、『鉄血』の力の操作ならできる!だから!)


 キッドが自転車に触れると、そのフレームはキッドの体の一部かのように自在に動き始めた。そして自転車同士は数珠繋ぎのように組み合わさって行き、巨大な腕を形成する。


「なっ!これは!」

「握り掴む!」


 組み込まれた車輪は高速で回転しながら、機械の腕を動かしメイシンの体を包み込んだ。フレームが食い込み、体の自由を阻害する。


「捕まえた……よ」


 キッドはメイシンを握ったまま、麻痺した体を労るように地に伏した。


「メイシン!待っていろ、今そこから出して……」「おっと待ったぁ!」


 メイシンの元へ向かおうとしたヤンに、青龍刀の切先が突きつけられる。


「キッドが気力を尽くしてアイツを止めたんだ。俺たちも、あそこで高みの見物してるネロになじられねぇ戦いをしなきゃなぁ!」

「人間の力で、吸血鬼の力に抗えるか!」

「普通なら無理でしょう。ですが、私たち二人なら?」


 ヤンの死角をついて、スミスが長棒の先をヤンの顎に直撃させる。ヤンの頭は大きく揺れた。脳を揺らされ、一瞬意識を飛ばす。


「半人半鬼となっても、脳が弱点というのは変わらないようですね」

「吸血鬼と言ったって、ちょっと人より耐久力と回復力と筋力があって飛べるだけじゃねえか!何も怖くねえぜ!」

「それちょっとの範囲内ですか……?」


 フェイとスミスはさらに気勢を上げ、次々と攻撃を繰り出していく、二人のコンビネーションはますます磨きがかかり、今度はヤンの方が防戦一方となった。


「いくぜいくぜいくぜオラーーー!!」


 フェイは意気揚々と突きの一撃を繰り出す、その攻撃はヤンの手のひらを突き破り、腕に深く食い込む。


「……む!」


 しかし、フェイの青龍刀はそれ以上深く刺さることはなかった。それどころか、フェイに握られじわじわと変形し、ついには破断してしまった。さらに流れるように回し蹴りをされ、スミスのもつ長棒もへし折られてしまう。


「認めよう、お前達の技量の高さを。だが、武器がなければ、吸血鬼の体に傷はつけられまい!」

「おいおい、誰が武器はこれだけなんて言ったよ」

「何?」

「ヒューム!」


 フェイが叫ぶと、地面から青龍刀と長棒が生えてくる。二人はそれを掴み取ると、再び攻撃を始めた。


「悪いな。お前が戦ってたのは俺たちだけじゃあねえ」

「ここまでお膳立てしてやったんだ!さっさと決めてくれよ!」

「おうよ!」


 スミスとフェイは、左右からヤンを挟み込むように攻撃する。しかし、その攻撃はあっさりとヤンに止められてしまう。


「もう見切った!お前達の攻撃は通じない!」

「だってよ。スミス」

「では、こうしましょうか」


 フェイとスミスは互いに武器を相手になげ、青龍刀と長棒を交換する。そして、二人ともそれをまるで手慣れた武器のように扱い始めた。


「見せてやるぜ!俺たちの!コンビネーション!」


 二人の連続する攻撃はヤンの虚を突き、顎を続けて撃ち抜いた。脳が大きく揺さぶられ、ヤンはたまらず膝をつく。


「馬鹿な……そんな付け焼き刃の攻撃で……」

「付け焼き刃じゃないんだなぁ。それが」

「まあ、青龍刀のような簡単な武器、使えて当然ですからね」

「そーそー、長棒の使い方なんて1日で習得したぜ」

「……」

「……」


 フェイとスミスは互いに無言で睨み合う。


「なんじゃお主ら、互いにマウントをとってやろうとこっそり練習しておったのか」

「へっへへ。ありがとなネロ。お前がよこした怪しい薬のおかげだ。……副作用が怖いからちょっとヴォルトに診てもらいてえな」

「アレは薬じゃないぞ」

「へ?」

偽薬プラセボじゃ。お主らが勝手に薬と思い込んで、実力を十全に発揮しただけじゃよ。前回はヴォルトにこっぴどく叱られたからのう」

「お、お前なぁ〜」


 戦いは、キッド達の勝利で終わった。



「……流石ですね。二重の罠を仕掛けていたのに、私たちを真正面から打ち破ってしまうとは」


 機械の腕に囚われたメイシンが、落ち込んだようにそう言う。


「ショックですよ。自分たちの実力が通じなかったということなんですから」

「いいや、お主達はよくやっておったよ」


 そう声をかけたのは、ネロであった。鉄の部屋に戻らず、外に出たままである。


「な、なにやってるんですか!早く戻ってください。朝日が登れば見つかっちゃいますよ!」

「いいや、もう遅い」


 その直後、朝日の光が地平線から差し込みはじめた。20万を越す軍の目に、キッド達の姿が捉えられる。


「ネロ……様。何故……」

「……なぁに、終わってしまう前に、ねぎらいの言葉でもかけてやろうと思っての。『支配ドミネーター』はそんなことをするやつではないからのう」

「……貴方がそんな無駄なことをする人とはおもいませんでしたよ」

「おや、それはヤンのことをいっておるのか?」


 朝焼けに晒されるネロを、吸血鬼化を保ったヤンが翼を広げて守っていた。ネロの代わりに日光を浴びるヤンの体は白い蒸気を上げて灼かれている。


「軍に見つかってもう終わりのワシを何故まもっているのやら、それこそ無駄なことであろうに」

「……さぁ、自分でもわかりませんね」

「何やってんだ!さっさと鉄の部屋に戻れ!」


 急いでネロ、メイシン、ヤンを鉄の部屋に詰め込む。だが、依然状況は絶望的であった。キッド達を見つけた兵士たちは砂煙を上げながら近づいてくる。


「報告にあったもの達を発見!取り囲んで捕まえろ!」


 キッド達は逃げる体制を整えられておらず、武器を構えて応戦態勢をとるしかない。


「くそっ!せっかく勝てたってのに!」

「20万だっけ?一人で何人倒せばいけるかな……」「吸血鬼のみんながいても、この数は厳しいかな」


 キッド達が完全に諦めかけていたその時、鉄の箱の中から声が聞こえる。ヴォルトの声だ。


「喜べみんな。援軍がくる」

「援軍!?嘘だ、見渡しても、影も形もないよ!?」

「いいや、来るよ。だって呼んだんだもの。。そして、援軍は下からやってくるのさ」


 その直後だった。大地を突き破り、黒鉄の兵士達が地面から現れ出たのだ。その数、一万。


「これは……!そして無線って……!まさか援軍ってのは……!」


 キッド達のいる場所から遠く離れた地。蒸気機関車の中、祈るようなポーズで佇むものが一人。


「ヴォルトの送った座標を元に、ゼウスから貰った地図と利用すれば鉄騎兵の遠隔操作もそう難しくはないな」


 援軍。『鉄血』の真祖フリーダの生み出した鎧の軍団が大華帝国兵士達の前に立ち塞がった。

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