第105話 一緒に寝よう



 クリュエル城から魔王城に移動し、仲間と共に宿へと移動した。

 ウォーム王国へ移動するつもりでいたが、それをプティが止めたのだ。帰るのにもいろいろ準備が必要だと言っていた。私もすぐにウォームへ行きたかったわけでもないため、最近泊っている宿に移動した。


 魔王戦で負傷したリテとマルトーだが、エロンの魔法のおかげで、もうすでに傷は癒えていた。それでも疲労が出て宿に着くと同時に部屋にこもってしまった。


 プティも、帰るための準備で忙しいと引きこもってしまい、やることがなかった私たちは、食事に出かけることにした。

 メンバーは、私、アルク、ルト、エロンの4人。あと、いつの間にかオブルがいて、5人で机を囲っていた。


「とりあえず、乾杯といくか?」

 アルクがグラスを持ち上げるのを見て、それぞれ私もグラスを持ち上げた。


「サオリ、頼むぜ。」

「え、何を?」

「何をって・・・何か一言俺たちにくれよ。それで、乾杯って言って、グラスを触れ合わせるんだ。向こうでもあっただろ?」

 向こうとは、私がいた世界の話だろう。確かに乾杯はあったが、友達同士でやることはなかった。


「あぁ・・・アルクやってよ。」

「ここはサオリがやるべきだわ。私たちがまとまっているのは、あなたがいてからこそなのだから。」

「エロン・・・まぁ、このメンバーならいいか。」

 こういうのは緊張するから好きではない。でも、顔を合わせてみれば、みんな仲間でそこまで緊張は・・・やっぱりする。ちょっと汗ばんできたが、一言でいいと自分に言い聞かせ、一番伝えたいことを言った。


「ありがとう。乾杯!」

「簡潔すぎだって。ま、気持ちは伝わった!乾杯!」

「「「乾杯」」」

 笑顔でグラスを触れ合わせる仲間たち。

 本当に、終わった。死ななくて済んだ。それが実感できて、目頭が熱くなった。


「よく、頑張ったな。」

 アルクが手を伸ばして私の頭を優しくなでた。


「サオリ、今日は一緒に寝ましょう?」

 アルクの間にエロンが入り込んで、私の腕に胸を押し付けた。いや、別に押し付けるつもりはないと思うけど、こっちは気になって仕方がない。


「サオリ様!ぼ、僕と一緒に寝ましょう!・・・っ!」

 反対側からルトが私の腕に絡まって、私の顔に頭を向け、私の頬に耳を当てる。ふわふわとした、それでいてちょっと固い耳。くすぐったいし、にやけてしまう。

 一緒に寝たら、触らせてくれるって意味だよね?それなら・・・


「だ、駄目だ!ルト、お前は自重しろ!」

「俺は、いつでもお前のそばにいる。任務だからな。もっとそばで守ってやってもいいぞ?」

 なぜか、唐突にオブルがそんなことを言って、私の首筋をなでた。くすぐったい。


「お前が危険だ!こうなったら、俺も一緒に・・・」

「いや、駄目だって、アルク。」

「なんで俺の時は、速攻断るんだよ!」

「面白いから。ふふっ!」

 いいな、こういうの。ずっと、こんな優しい世界を望んでいた。

 私が笑えば、みんなも笑う。笑われたアルクすら、複雑そうな顔をした後、優しく笑うのだ。温かい気持ちで満たされる。


 ずっと、続いて欲しい。

 狂気なんて、いらないから。この暖かい世界が欲しい。




 そう、狂ったドMとか、私には必要ないのだ。

 冷たいまなざしを降り注げば、私の足元で跪いていたゼールは息を荒くした。だから、そういうのはいらないと言っている。


 ゼールの屋敷に仕方なく、義務的に来てみればゼールがいつも通り歓迎してくれた。食事会のほっこり気分もどこかへ行ってしまった。


「今日もお一人なんですね!少しは、私の信用も回復したということでしょうか?」

「魔王と戦った後だから、みんなには休んでもらおうと思っただけ。私も、もう帰るよ。顔は見せたし、いいでしょ?」

「駄目です!サオリさん、今日は私と一緒に語り合いましょう、朝まで。はぁはぁ。」

「・・・気持ち悪い。」

 なぜかわからないが、一緒に寝ようというのは、ブームなのだろうか?仲間たちにも言われたが、その時はうれしさと恥ずかしさがあるだけだった。でも、ゼールに言われると気持ち悪さしかない。


「ありがとうございます!」

「ご褒美になってしまった・・・」

 ため息をついて、ソファに腰を掛けて頭を抱えた。

 ゼールには感謝をしているし、別に嫌いではない。ただ、ちょっと生理的に受け付けないというか、私まで変な道に引きずり込まれそうで怖いというか、気持ち悪いのだ。

 うん、気持ち悪い。それでいいか。


 ゼールに対しての気持ちを整理した私に、ゼールはソファの後ろから抱き着いてきた。って、何を!?


「ぜ、ゼール!?」

「もう、会えないかと思いました・・・よかった。」

「・・・ごめん。」

 心配してくれたのだ。それが分かって、2重の意味で謝った。心配させて、気持ち悪いとか思ってごめん。


 それから、しばらくゼールに抱きしめられているうちに、うつらうつらとしてきて、私も疲れていたのだと気づいた。


「眠ってください。何もしませんから。」

「・・・信用・・・できない。」

「なら、何かさせていただきましょう。期待には応えないと。」

「いらない・・・」

 危ないなと思って、私は移動魔法使い、宿の自分の部屋のベッドの上に移動した。


 温かい・・・もう、だめ。


 そこで、私の意識が途切れた。次に目を覚ました時、聞こえてきたのは悲鳴だった。




「サオリ様!この、クソ野郎が!こんなとこまで付いてきたか!」

「ん・・・ルト?」

「ふふっ、なんのことやら。私はただ、サオリさんにお持ち帰りされただけですよ。」

 暖かい何かを抱きしめていた私だったが、そこから聞こえた声に寝ぼけた思考が吹き飛んだ。


「な、なっ!なんで、ゼール!?」

「おはようございます、サオリさん。」

 暖かい何かはゼールで、私のベッドの上でゼールは起き上がった。上はシャツ一枚で、いつもしっかりとした服装をしている彼にしては珍しい格好だ。


「サオリ!何があった!」

「サオリさん!」

 扉の前で固まるルトをよけて、アルクとリテが血相を変えて部屋に入り、ルトと同じように固まった。




 どうやら、昨日の夜にゼールと一緒に移動してしまった私は、それに気づかず眠ってしまったようだ。ゼールはとりあえず上着を脱いで、添い寝をしていたそうだ。するなっ!


 ゼールを移動魔法で送り返し、とりあえずみんなに謝った。騒ぎになったからね。


「痛いところはないか、サオリ?」

「サオリ様、気持ち悪いとかは?あんなおぞましいものと床を共にしたのです、さぞ不快だったでしょう。」

「体に違和感はありませんか?あれば・・・あの商人を剣の錆に致しましょう。」

「サオリは、ゼールさんがタイプなの?それなら応援するけど・・・そうじゃないなら、今日から一緒に寝ましょうね?忍び込んだお馬鹿さんのものは、みんなちょん切ってあげますから。」

「安心しろ、何もなかった。ずっと見ていたからな。」

「「「なら、追い出せ!」」」

「無能な護衛ですね。」

 オブルの一言で、非難がオブルに向かった。

 それにしても、ゼールは皆に嫌われているようだ。少しだけ同情した。




 ちょっとした騒動はあったが、穏やかな日々を過ごした私たちは、魔王を倒した後三日お世話になった町を出発した。


 これからまっすぐウォームの王都を目指すことになった。

 移動魔法を使えば一瞬だが、なぜかそれはプティが許さず、行きと同じで馬車の旅をすることになる。

 このメンバーで旅をするのも、これで最後だろう。


 プティは王女で、王女が旅に出ることはめったにないし、あったとしてもこのメンバーだけで行くということはない。王女らしく、多くの騎士と侍女を連れての旅だろう。


 他のメンバーは案外一緒に旅ができそうだ。マルトーは依頼すればいいだろうし、他の人は声をかければ一緒に来てくれそうな気がする。

 実際聞いてみると、もちろん付いて行くと、食い気味に答えられた。置いていかないで欲しいと懇願され、なぜそんなことを思うのか不思議だったが、思えば一人で行動したり、ゼールを伴って行動することが多かった。つまり、仲間を置いていろいろやっていたのだ。置いて行かれると思うのは仕方がない。


 穏やかに旅を続け、私は完全に忘れていた。いや、見ないようにしていたのだ。


 自分の問題は解決していない。狂気は胸に宿ったままだ。

 そのことを思い出すのは、もうすぐクリュエル王国を出るというときだった。



「あれ、プティは?」

 最初に気づいたのは私だった。

 休憩のために馬車を止めて、それぞれ自由に過ごしていたのだが、いつも本を読んだりして、みんなの視界に映る場所にいるプティが見当たらなかった。


「トイ・・・花摘みじゃねーか?」

「おかしいですね。いつもプティさんは誰かしら声をかけてから行きますが・・・誰か聞いていますか?」

 エロンの問いに、みんな首を横に振った。

 離れたところで剣を振っていたリテとマルトーにも聞いたが、知らないという。


「嫌な予感がするな、とりあえず手分けして探すぞ!」

 2人一組になって、周囲を探し回った。すると、草の陰にプティの杖が落ちているのを発見した。プティが杖を落としてそのままのわけがない。それに、ここまで探してプティが見つからないということは、そういうことだ。


 プティは、何者かに連れ去らわれた。



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