第104話 人知を超えた力



 血を流す勇者に、それをもてあそぶ魔王。勝敗は決した。

 魔王は、最初に見た赤い瞳の絶望と侮蔑の色を思い出し、今はどんな色に染まっているのか興味を持った。これを見たら、終わりにしよう。


 勇者を掴んだ手を、前に持ってくる。すると、わずかな衝撃を感じた。何だろうかと疑問に思うと同時に、血を流し逆さまに掴まれている勇者と目が合う。


 絶望と侮蔑・・・そして、少しばかりの誇り。


「なぜ・・・がはっ!?」

 魔王は血を吐いた。それは、首に傷を負ったからだ。


 それは、ルトが魔王に短剣を突き刺したためにできた傷。

 オブルに教わったすべを活用し気配を殺したルトは、ずっとサオリの近くにいた。サオリが魔王に捕まれて、その血を体に浴びても、ルトは気配を殺してそばにいた。魔王の背後に。


 そして、魔王がサオリを目の前に持って行ったとき、ルトはやっと動き出した。獣人の身体能力を使って、魔王の首元まで飛び上がり、サオリから借りていた、クグルマの短剣を突き刺したのだ。


 これが、ずっと練習していた、魔王を倒す作戦だった。

 リテ、マルトー、プティ、オブルたちが派手に動き、隙をついて勇者、アルク、ルトが移動魔法で魔王と距離を詰める。まず、アルクが派手に奇襲し、それが防がれたらサオリが背後に移動、攻撃し、気配を殺したルトが、とどめを刺す。


「ぐっ・・・だが、この程度で・・・」

 この程度でやられる魔王ではない。短剣を突き刺すルトを振り払って、魔王はルトに魔法を放つ。


「デスファイア!」

 黒い、即死の毒が混ざった炎がルトに向かって放たれた・・・はずだった。


 魔王の炎は、青空の中へ吸い込まれて消えていく。


「なっ!?」

 魔王はバランスを崩し、落下した。そう、落下したのだ。

 気づけば、魔王は上空に放り出されていた。


「どういうことだ!」

「これだけの高さから落ちれば、死ぬかと思って。あ、もちろんこれからバラバラにしてから落ちてもらうんだけどね。」

 魔王の耳に勇者の言葉が届いた気がした。風音で聞こえにくい勇者の声をはっきり聞いて、魔王は自身の手の中を見る。


 そこには、血だらけになりながらも不気味に笑う勇者がいた。

 ずっと考えていたのだ。作戦が失敗したらどうするのか?この作戦が失敗するとしたら、魔王の生命力はすさまじいものだということだ。心臓を貫かれて、首を切られても倒せない。なら、徹底的に殺すべきだ。


「まずは、腕と足・・・首。頭は4分割にして、胴は6分割。」

「なっ?は?」

 魔王は、気づいたときには死んでいた。ただ、生前の意味が分からないという心をくみ取って、口が動く。


「え、まだ生きてるの?・・・さすがに落として放置すれば死ぬよね?」

 バラバラにした魔王の体と共に落ちながら、勇者はそう呟いた。そして、意識が遠くなるのを感じて、移動魔法を使って地上に移動しようとするが、その前に意識が途切れた。




 あーあ。結局魔王を倒したのは私か。

 そして、私はやっぱり使い捨てだった。


 白い空間の中、私は目の前の女神を睨みつけた。


「願いは聞き届けられた。世界に勇者が現れ、魔王は倒された。これで神としての義務を果たせた。」

「・・・それで?」

「おぬしも義務を果たした。それだけだ。」

「それで、私はどうなるの?」


 魔王を見た時、私は勝てると確信した。それほどの力を女神に与えられたと知り、それがどれだけ恐ろしいことかわかっていたのだ。

 人間には不相応な力。それを持つ私は、消される。その未来を浮かべた。


「どうにもならない。ただ、このままだと死ぬであろうな。」

「やっぱり・・・」

 生きれるとは思っていなかった。それでも、生きたいとは思っていた。でも、生きるのが怖いとも思っていた。狂って生きることが怖い。でも、それでも仲間たちと共に平和な世界を生きたかった。


「複雑だな人間とは。勘違いしているようだが、別にお主を殺す気はない。ただ、魔王を倒したお主が、義務を果たせたことは伝えると決めていた。それが、お主を殺すことになったのだがな。」

「・・・どういう意味?」

「お前の体は、落下している。意識があれば移動魔法を使えばいい話だ。しかし、今は意識がこちらにある。」

「・・・そういうこと。って、なんでこんな時に呼び出したのっ!?別にお礼とか必要ないから、放っておいてほしかった・・・」

「お礼ではない。義務達成通知だ。我は一度決めたことを変えるつもりはない。魔王が倒されれば通知すると決めていた。お前の状態など知らない。」

「頑固・・・」

「それでは、通知は以上だ。せめて健やかに暮らせ。」

「・・・この、クソ女神がっ!」

 叫ぶ私に、女神は初めて笑った。美しい顔が微笑めば、いくら嫌な奴だろうと魅入ってしまう。それが悔しい。


「お前がどう転ぶか、楽しませてもらうぞ。」




 日のあたるバラ園で、ルドルフはバラの世話をしていた。サオリの動向を気にしていたルドルフは、サオリが魔王城からクリュエル王国に移動したことに気づいた。


「終わったのか?」

 クリュエルに戻ったのだ。終わったと考えるのが普通。だが、何か言いようのない不安が襲い掛かって、サオリの位置を正確に割り出す。


「・・・ここは、クリュエル城か?・・・それも、上空!?」

「ルドルフ様、今すぐ向かいましょう。あの城は、サオリ様にとって鬼門。何かあったやも知れません。」

 いつの間にかそばに控えていたラスターの言葉に押されて、ルドルフは転移の魔法を使い、サオリの前に転移した。


 考えが足りなかった。

 意識を失ったサオリを抱き寄せて、ルドルフは落下に身を任せていた。


「くそっ。連続で転移は使えない。ラスターを連れて来るべきだった・・・」

 焦って判断を誤った。歯を食いしばって、サオリを抱いた手に力を込めた。


 守れるか?

 無理だろう。しかし、守らなければならない。


「サオリ、目を覚ませ!」

 自分では無理だと判断し、サオリの意識を戻すことにした。しかし、サオリはピクリとも動かず、まるで死んだようだった。


「生きて、るよな?」

 サオリの腕をつかむ。脈を感じて一安心するが、安心している場合ではない。


 使える魔法を頭の中に思い浮かべるが、空を飛ぶものはない。ラスターは使えるが・・・なぜ連れてこなかったのかと、再び己を責める。


 長い時間悩んだ。地面はもうすぐそばかもしれない。ルドルフは怖かった。


 大事な人を守れない。無力がこんなにも恐ろしい。


 ルドルフには、周りよりも抜き出た力があった。だから、その力で周りのものを守り続けることができ、無力とは感じなかった。ただ、ルドルフの考え方は周囲に受け入れられず、周囲に侮られて自分を慕う者を貶められるとのを止められない無力さがあった。

 それと同じだ。


殺すことはできても、救うことはできない。救う力が足りないのだ。


「・・・力が欲しい。」

 以前、魔王に言われたことがある。お前には、覚悟が足りないと。


 覚悟が足りれば、さらなる力を得られると。




「覚悟。覚悟!した!だから、俺に力をくれ!守りたいのだ。俺は、サオリを守りたい!」

 たとえ、化け物になったとしても、サオリが守れるならそれでいい。


 ずっと避けていた、覚悟を決めた。

 化け物になりたくないと思っていた。でも、化け物になれば救えるのなら、化け物になる方を選ぶ。


 ルドルフの体が熱くなり、黒い霧に包まれた。

 よく知るその霧を、ルドルフは恐れていた。人だったものが、異形に変わる霧。第二形態になる霧を。

 でも、今のルドルフに恐れはない。


 大きな翼を広げて、霧を振り払うように上昇した。


 太陽の光の下、一匹の黒い竜が羽ばたく。


 ルドルフの第二形態は、黒龍だった。

 それを、地上から仰ぎ見るのは、転移してきたラスター。彼は、まぶしそうに目を細めて、その立派な姿に口元を緩ませた。


「魔王様、ルドルフ様は立派に成長なさいましたよ。」

 ルドルフの成長した様を死んだ魔王に報告し、白い包みと共にラスターは転移してその場を後にした。


 白い包みには、魔王の首が包まれており、それを弔うために魔国へと帰還した。




 目を開ける。

 そこには、百を超える死体が転がっていた。かのように見えた。


「ここは・・・?」

 見下ろすように配置された椅子に腰かけていた私は、立ち上がって周囲を確認する。もちろん、死体はないし血の匂いもしない。


 誰もいない広い空間は、真っ赤な絨毯が椅子から扉の前まで敷かれていて、見覚えがある景色だった。玉座の間だ。

 風が吹いて、そちらを見れば、大きな窓ガラスが割られている。


「落ちていたよね、私。」

 顔を上げて天井を見るが、そちらに穴は開いていない。意味が分からず、取り合えず階段を降りようとした足に何かが当たった。


「これって・・・」

 見覚えのあるジャケット。おそらく、私に掛けてあったのを気づかず落としてしまったのだろう。それを手に取って、自分の格好を一応確認した。


「・・・服は着てるね。よかった。」

 最初にジャケットを借りた時、私は裸だった。だから、少し心配になったのだ。


「ルドルフ・・・また、助けてくれたんだ。」

 私はそっとジャケットを抱きしめた。


 ありがとう。


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