第72話 現実
紅茶の香りがする。目を開けると、目の前には温かい紅茶。
「豪華な部屋・・・」
ふかふかのソファに座り、私はぼーっと紅茶を眺めていた。
湯気が立つ紅茶の向こう側に、誰かがいることに気づいて顔を上げる。
向かいに座っていたのは、アルクでもリテでも、ルトでもゼールでもない。もちろん、マルトーでもなかった。
男は、こちらと目が合うと、真剣な表情で口を開いた。
「俺と一緒に来い、サオリ。戦いたくないのなら、戦わなくていい。俺なら、サオリを戦わせることはない。」
「・・・でも、私が戦わないと・・・私は、魔王を倒さないといけないの!」
立ち上がって、部屋を飛び出す。すると、部屋の外は地獄だった。
濃い血の匂い。血を流し倒れる人々。
「なにこれ・・・うっ。」
口を押えて、部屋に戻ろうとするが、そこに扉はない。
「嫌、嫌だ。」
早くここを離れたい。必死で視線を巡らせれば、大きな扉が見えた。私は走って扉のもとまでいき、勢い良く扉を開ける。
じめじめとした、かび臭いにおい。
鉄格子に囲まれた、小さな汚い部屋。いや、牢屋に私は立っていた。
「どうして、こんなところに・・・」
体が震える。それは、恐怖だけでなく寒さによるものもあった。
体をさすれば、違和感に気づく。
「なんで、服着てないの?」
いつも羽織っているコートはおろか、下着すら身に着けていない。その状況が、更に恐怖をあおった。
「嫌だ。いやだいやだいやだ!だれか、助けて!アルク!リテ!ルト!プティ!エロン!マルトー!ゼール!・・・ルドルフ!」
知らない名前まで口にして、でもそれを疑問に思う余裕はなく、震えながら叫ぶ。でも、誰も来ない。
目をつぶって、頭を抱えるようにして耳をふさぐ。
「嘘。これは嘘・・・そうだ、これはきっと夢だ。」
目を開ければ、ふかふかのベッドの上で朝日を拝める。そう勇気づけて目を開ければ、私は屈強な男たちに囲まれていた。
「ひっ!?」
腰を抜かして倒れこむ。幸い、今は頼りないがワンピースを身に着けていた。でも、先ほどとは違い、嫌らしい笑みを浮かべた男に囲まれている状況。最悪だ。
「まずは、腕をもらう。」
一人の男が、抜身の剣を持って私に近づいてきた。
「い、いや・・・やめてください。お願いします、何でもしますから、やめてください!」
懇願の言葉がスラスラと出たが、その言葉に男が立ち止まることはない。そして、後ろにいた男に押さえつけられ、剣を持った男が剣を振り上げる。
「や、やだ!」
振り上げた剣が振り下ろされる場所は、私の右腕があるところだ。
誰か、助けて。
助けなんて、来ないよ。
「え?」
どこからか聞こえた声に、固まった。そして、剣は振り下ろされ、その言葉通りだったことが証明される。
なんで私がこんな目に。
叫びながらも、考える。なぜ、こうなってしまったかを。
答えは出ていた。
あいつらが生きているからだ。
なら、どうすればいいのか。その答えは、簡単すぎて笑ってしまうものだった。
目が覚める。
豪華な部屋のベッドの上で、私は汗だくになっていた。
「夢・・・いや、あれは。」
助けなんて、来ないよ。
「誰も、助けてくれなかった。それが、現実なんだ。」
記憶は戻っていない。でも、絶望と憎しみがよみがえって、私は私が壊れたことを理解した。
ボーと部屋を眺める。すでに朝日が昇り、今日が来たことが分かる。
豪華な部屋、天蓋付きのベッドに目を輝かせた。ふかふかのソファを満喫した。そのどれもが、色あせて私の目に映る。
「早く、魔王を倒さないと・・・」
魔王を倒せば、私は自由だ。
あぁ、でも。
こんな世界、魔王が壊してくれるなら、それでもいい。
何の力もない私が魔王を倒すなんて、絵空事。
魔王が世界を壊すほうが、よっぽど現実的だ。
朝食をとる。席に着くのは、私、ルト、ゼールの3人だ。
ルトは、私を心配そうに眺めているが、ゼールはにこにこと胡散臭い笑みを浮かべている。
「あの、サオリ様。」
「何?」
淡々と、返事だけする私に、ルトは少しおびえたようだ。それでも、話の続きをする。
「体調がすぐれませんか?」
「・・・特に異常はない。」
「そうですか。・・・えーと、なら気分がすぐれませんか?」
「最悪だよ。」
そう言って、私は果物を口に入れた。
水っぽい。ただそれだけ。
「それはいけません。・・・そうだ、今日も庭でお茶をしましょう!ゼールさん、今日はチーズケーキがあるんですよね。」
「えぇ。レアチーズケーキはありませんが・・・普通のチーズケーキなら。ですが、そういう気分でもないでしょう、サオリさん?」
「うん。」
「なら、いかがいたしますか?あなたの望みならば、たいていのことは叶えましょう。」
「・・・なら、私のことを教えて。」
「クスっ。承りました。」
相槌をせずに、ただゼールの話を聞いた。
私が召喚されたのはクリュエル城で、そこで虐げられていたこと。
ある日、そこへウォールの騎士が訪れた。その時には、クリュエル城は血にまみれていて、私と数人しか生きている者はいなかったこと。
それに対する憶測、噂、私が話したこと。
それからウォールでゼールに出会い、意気投合。私の能力実験に付き合うことになったこと。その他もろもろ、ゼールは時系列に沿って話した。
「そう、わかったわ。つまり、始まりはクリュエル城・・・この憎悪の根源・・・」
「いい顔です。もうすぐ、私の知るサオリさんと再会できるのでしょうね。」
「ふっ。それに何の意味があるの?」
私は、誰も信用していない。それは、誰も助けに来なかったからだ。そんな私と再会して、何がうれしいのだろうか?
「自分の価値は、自分ではわからないものです。では、ご案内いたしましょう。」
ゼールは立ち上がり、私に手を差し伸べた。
「クリュエル城へ。」
ドクンと、嫌な脈を打つ。それでも、私はその手を取り、立ち上がった。
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