第70話 クリュエル



 クリュエル城までの道のりの中、馬車の休憩時間、町や村での自由時間でプティに魔法を教わったが、結果は散々だった。

 まず、魔法自体が使えない。マッチの火程度の火も出せないし、髪の毛を動かす程度の風すら出せない。水や土、光や闇もダメだった。

 身体能力を強化する魔法なども憧れたが、全く駄目だ。


 それでも、どのような魔法があるのか、プティは細かく丁寧に教えてくれた。

 魔法の種類を覚えていれば、相手がどのような魔法を使っているのかわかり、対策が立てやすくなる。


「人によって、魔法の呼び方は違うわ。でも、呼び方が違うだけで性質は同じなのよ。」

 そう言って、プティは火の玉を出した。


「ファイヤーボール。着火の魔法の上位魔法よ。これは、火の玉を作って、相手に投げつけるというもの。一般的にはファイヤーボールと呼ぶけれど、火の玉や上位着火などと言ったりする者もいるわ。名前は、その人が一番イメージしやすいものを使うの。サオリは、この魔法を見て、どんな名前だと思った?」

「ファイヤーボール。私の世界でもそう言っていたから。」

「あら?あなたの世界には、魔法がないのではなくって?」

「ないよ。でも、物語の中では魔法が存在して、いろいろな魔法が認知されているの。」

「そう。なら、その魔法をイメージして、自分なりにやってみるといいわ。呪文を唱えたり、イラストの描かれた本を持っている者もいるわよ。魔法は、どれだけイメージできるかが大切だって、昔の勇者が言っていたそうよ。」

「勇者・・・私だけじゃないんだね。」

「えぇ。もう、ずっと昔から、私たちの世界では勇者召還を行っているわ。」

「・・・」

「どうしたの?」

 ずっと昔から、勇者召還が行われている・・・それは、勇者は魔王を倒せなかったということだろうか?


「そういえば、召喚されていない勇者もいたわね。」

「?」

「いつの間にかこの世界にいたのよ。そして、その勇者は召喚された勇者の話によれば、別の世界を救ったことがあるそうよ。召喚された勇者は、その勇者の仲間だったのですって。」

勇者という単語が多すぎて混乱してきた。

つまり、召喚されてない勇者と召喚された勇者がいて、2人も同じ世界から来ていたということだろう。そして、2人して前の世界の魔王を倒したということだろうか?


「その勇者たちの名が残っているのだけれど、3人ともセキミヤと名乗っていたの。」

「セキミヤ?」

「えぇ。だから、一部の人は、勇者のことをセキミヤと呼ぶ人もいるわ。あなたの世界ではどうかしら?」

「セキミヤ・・・名字のような感じがするけど・・・私の世界では、勇者は勇者だよ。」

「そう。ま、どうでもいい話だったわね。どれもこれも、昔の話で、勇者召還が成功するとは、思っていなかったわ。サオリの世界での魔法と同じように、勇者召還はおとぎ話だったの。」

「最近はやっていなかったの?」

「昔とは言っても、私のおじいさまが子供のころの話。城の記録にも残された、公式の召喚だったのだけれど、あまりにも信じられない話だったわ。だから、勇者は犯罪者や奴隷身分の強者で、その事実を隠すために召喚した勇者と偽ったのだと思ったのよ。」

「・・・もしかして、今回の召喚もそう思われてたりするの?」

「どうかしらね。私は信じているし、きっとお父様やお兄様は信じているわ。でも、貴族や民、他国がどう思っているかわからないわね。召喚されたのがクリュエルというのも悪かったわ。」

「なんでそんな国に・・・」

「あの国が強引にね。魔国に唯一隣接している国だし、危機感がより強かったのでしょうね。」

「・・・」

 そっか。この国を抜けたら、次は魔国なのか。

 魔国っていうのは、魔王が支配する国だというのは聞いた。そんな国の隣にあるここだからこそ、魔王の情報があるのだろう。


 私たちがクリュエル城に行くのは、挨拶が目的ではない。情報収集だ。


「休憩時間も終わりね。さ、馬車に戻りましょう。」

「うん。今日もいろいろとありがとう。」

「・・・あなたになら、私も協力するわ。」

 ふっと微笑んだプティは、見惚れるほど美しかった。綺麗で、強くて、知識があって頼れる存在。こんな人がそばにいてくれて、本当によかった。




 馬車の中で、クリュエルの王都について聞いた。名前から華やかなイメージを勝手に想像していたが、軍事国家とはこういう国のことを言うのだろうか?と感じる話だった。


 実力主義だが、男尊女卑の国で、女性に自由はない。だからと言って、男性に自由があるわけでもない。男性は、12歳になると強制的に軍の学校で教育を受け、そこで適性を判断される。それぞれの適正にそって、将来が決定される。これは、王とだけでなく、町や村も同様で、そこから優秀なものは王都に連れてこられるらしい。


 適性のない者は、農民となるが、それでも数年に一回は軍に所属し、訓練を受けなければならないとか。


 大変だな。この国に生まれなくて本当によかった。


「この体制はいつまで続けるんだ?」

「まだ決まっていないわ。ウォームとは状況が違うのだもの。民を軍人のように扱うことが、民を守ることにつながっているようですし、変えるのは危険よ。」

「それもそうか。」

 アルクとプティの会話を聞いて、私はなぜウォーム王国の王女であるプティに、そのようなことを聞くのか不思議に思ったが、国のあれこれなど私には関係ないし、よくわからないのは仕方がないと思い、あえて聞かなかった。


 そんな話をしているうちに、王都へと付いた。

 私たちが馬車を降りると、そこへ一人の青年が近づいてきた。


「お久しぶりです、サオリさん。」

「え・・・?」

「ゼール・・・お前、なんでこんなところに。」

 にっこりと笑う青年に、アルクは眉をひそめた。



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