第69話 勇者の噂



 意識を取り戻したサオリは、仲間の輪から外れて少し離れた場所で、景色を眺めていた。前の世界では見られないようなきれいな星空に、月に照らされたどこまでも続く大地。普段ならその景色に目を輝かせるだろうが、今のサオリにそのような元気はなかった。


 剣を使えない勇者なんているだろうか?使えないだけならいい、剣を取って意識を失うなんて、もってのほかだ。これでどうやって魔王を倒すというのか。


 サオリはずっと自分を責めていた。

 もちろん、そんなサオリを心配する者たちが声をかけたが、一人にして欲しいと言って、取り合わなかったのだ。


 そこへプティが声をかけた。


 慰めはいらない。一人にして欲しいと思っていたサオリに、プティがかけた言葉は興味を惹かれるものだった。


「あなた、本当にサオリなの?前だったら、戦えないくらいでサオリは落ち込まなかったわ。」

「でも、私は勇者で魔王を倒さないといけないの。なのに、剣を使えないって、落ち込まない方がおかしいでしょ。」

「・・・サオリは、自分で魔王を倒す気はなかったと思うわ。だってあの子、戦いには一切参加しなかったから。私はそれに腹を立てていたわ。でも、あなたは戦おうとするのね。」

「魔王を倒すことが私の使命だから。」

「そう・・・」

 プティはサオリの隣に腰を下ろして、話をつづけた。


「魔王を倒すのは、剣でなくてはいけないのかしら?」

「え?」

「私も剣を扱えるけど、私の主力は魔法よ。戦闘ではほとんど剣を抜くことはないわ。それは、駄目なことかしら?」

「そんなことない。」

「なら、あなたも魔法で戦えばいいわ。」

「・・・でも、私は魔法使えない。私の世界には魔法がなかったから。」

「私が教えるわ。」

「本当に?でも、私に魔法の才能がなかったら・・・」

「それでも教えるわ。まずは学んでみなさいな。それで才能がないと分かったなら、次を考えればいいわ。それとも、私に教わるのは嫌?」

 サオリは首を振って否定した。


「嫌なんてとんでもない!プティ、ぜひ教えて!私、役立たずのままなんて嫌なの!」

 必死に頼み込むサオリを見て、プティは口元を緩ませた。


「なら、明日から休憩時間は私と特訓よ。大丈夫、移動魔法が使えるなら、初歩の魔法くらいは扱えるようになるはずよ。」

「ありがとう!・・・移動魔法か。私はよく使っていたの?」

「私たちの前では、あまり使っていなかったわ。戦闘から離脱するときに使っていたわね。私もそれで助けてもらったことがあるわ。・・・四天王を倒した時の話なのだけど、あの時は本当に助けられた。あのまま戦っていたら、全員死んでいたわ。」

「死・・・前の私は、役に立っていたんだね。私も、負けないように頑張る!」

「・・・本当にサオリなのかしら、あなた?いえ、聞いても仕方がないことね。」

「話を聞いた限り、私も記憶喪失前の私が私だとは思えない。もしかしたら・・・」

 サオリは言葉を止めて、考え込む。

 この体は、サオリのものではなく、別の誰かのものではないか?そんな予測をして、サオリは顔を青ざめさせた。


 もしそうだとして、この体にいた誰かは、どこに行ったのだろう?


「そうそう。一つ聞きたかったことがあったの。なんで意識を失ったの?」

 剣を手に取って意識を失った。そうとしか聞いていないプティは、サオリから直接聞くことにした。


「えーと・・・アルクと剣を打ち合っていたら、声が聞こえて・・・」

「待って。アルクと打ち合ったの?」

「え、うん。そしたら、声っていうか、悲鳴が聞こえて・・・なんだか、いろいろな人に見られている気がして・・・怖いと思っていたら気絶しちゃった。」

「・・・」

「プティ?」

「わかったわ。とりあえず、今日は眠りなさい。明日から特訓なのだから、寝不足なんて許さないわよ。」

「わかった。明日からよろしくね!おやすみ。」

「おやすみなさい。いい夢を。」

 そう口にして、プティはサオリを見送ってから、その場を離れた。お花を摘みに行くふりをして、黒装束の男を呼ぶ。


「何なりとご命令を。」

「あなたから見て、サオリはどうかしら?」

「・・・あれが、本来の勇者なのだろうなと。」

「本来の勇者?」

「はい。おそらく、あれが勇者の本来の・・・この世界に来る前の性格なのでしょう。つまり、勇者があのような性格になったのは、クリュエルの出来事が原因かと。」

「・・・そういうことね。」

 サオリに対して腹を立てていたことに、プティは少し罪悪感を抱いた。


「・・・プティ様、部下が急ぎ報告があるようです。」

「許すわ。」

 プティの許しを得た、別の黒装束の男が目の前に現れる。


「ウォーム王国、城内からの報告です。勇者について、よくない噂が流れていると。」

「良くない噂?サオリが死神という噂や死神を呼ぶという噂に尾ひれでも付いたのかしら?」

「いいえ。サオリが四天王の一人、ルドルフを解放したと。ルドルフは、クリュエルの実力者によって投獄されたが、それを勇者が解放したという噂が出回っています。」

「・・・それ以外には?」

「死神ピエロは、ルドルフ。勇者は人類の裏切り者で、大罪人だという意見が。自然な流れですね。」

「そうね。噂の出どころは?」

「いくつかありますが、どれも有力貴族で、後ろ暗いことなどない者たちです。」

「・・・わかったわ。今の私にできることはないわね。また新しいことが分かったら報告して頂戴。」

「御意。」

 報告を終えた黒装束の男は、闇に溶けるように消えた。


「何が目的・・・いいえ、黙っている方がおかしいわよね、普通。」

「魔国の差し金ですね。勇者を我々の手で処刑させることが目的でしょうか?」

「そうかしら?・・・ルドルフは、サオリに恩義を感じているようだったわ。サオリを死なせるとは、思えない。同じ理由で、クリュエルのことを話さないと思っていたから、この考えは間違いかもしれないわね。とにかく、これ以上噂を広めるわけにはいかないわ。そこはお父様がどうにかしてくださるでしょう。」

「そうですね。民にでも広まれば・・・考えたくもないですね。」

「そうね。あなたは、サオリの護衛をして頂戴。」

「御意。プティ様もなるべく勇者から離れないでください。戦えるとは言っても、あなたは王女。勇者と同じか、それ以上にあなたも狙われているのですから。」

「わかっているわ。」

 プティは、護衛として傍にこの男しか置いていない。それは、各地の情報を耳に入れたいので、一人でも多くの人間を耳として使うためだ。

 サオリを護衛させることは、プティの護衛がいなくなるということ。何度も護衛を増やすよう進言した男だったが聞き入れられず、もう諦めて何も言わなくなった。


 プティは、魔法だけでなくレイピアも扱う。

 よほど危険はないだろうと、2人は楽観視していた。



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