第65話 おでかけ



 異世界に来て一晩経った。

 今日は移動はなしで、もう一晩この町に泊まるらしく、それなら異世界を味わいたいと思っていた私のもとに、エロンとルトが来た。2人で来たのではなく、別々に来たのだ。


「ねぇ、サオリ。ちょっと出かけない?」

 優しく笑ってそう誘ってくれたのはエロンだ。私はもちろん了承して、それを見ていたルトも行くことになった。


 外に出れば、予想通り外国に来たみたいな感覚になった。いや、外国に行くよりこちらのほうが派手だ。主に髪の色や目の色が。赤や緑、隣にはピンクと白。着ている服よりカラフルな髪をした人々が、通りを歩いている。


「髪の色が珍しい?」

「うん。みんなすごい色をしているね。エロンたちを見た時も驚いたけど・・・」

 美形だからあまり気にならなかった。でも、ここまでいろいろな髪色が集まっていると、目がちかちかするな。


「あなたも、きれいいな空の色をしているわ。」

「え・・・あ、そうだった。」

 視界に入る髪の色は薄い青。前の世界では黒髪黒目だったが、こちらでは青髪赤目らしい。目はまだ確認していないからわからないけど、赤色の目ってどうなんだろう。

 隣を歩くエロンの目は、桃色だ。かわいらしい色で、エロンによく似合っている。


 赤は、きつそうだな・・・エロンと同じ色だったら、優しそうでいいのに。


「私は、サオリの目が好きよ。いつもその目を見れば、不安なんてなくなるの。だから、私はサオリの赤い瞳が好き。」

「ありがとう・・・」

 私の考えを読み取ったようにそう言われて、少し気恥しくなった。


「僕も好きです!」

「あ、ありがとう。」

 食い気味に言うルトに気おされて、気持ち一歩さがった。おとなしい子かと思ったけど、自分の頬を叩いて気合を入れたり、食い気味に話したり・・・全くおとなしくないな。


「サオリ、串焼きがあるわ。食べる?」

「うん。あ、ちなみに何の串焼き?」

 魔物のお肉だろうか?それだとだいぶ勇気がいるのだが。


「安心して、豚よ。ちょっとここで待っていて。ルトは食べる?」

「はい、いただきます。」

「わかったわ。サオリを頼むわね。」

「言われなくても!サオリ様、あちらに座りましょう。」

 ルトに引っ張られて座った場所は、木陰のベンチ。日がさえぎられて涼しい。


「サオリ様、エロンさんのことは、どう思いますか?」

「エロンのこと?かわいいと思うよ。・・・あとは、リテとはそりが合わなそう・・・」

「・・・一番信頼できる人ですか?」

「え、いきなりそんなことを言われても・・・」

 唐突にどうしたのだろうか。だいたい、信頼するも何も昨日であったばかりだし。いや、記憶喪失なら、もう数か月の付き合いかもしれないけど。


「よくわからないよ。ごめん、私本当に何も覚えてなくて・・・みんながどういう人かよくわからないから。」

「そうですか!ならいいんです。」

 なぜか嬉しそうにするルトに首を傾げたところで、エロンが串焼きを3本持ってこちらに来た。


「お待たせしました。はい、どうぞ。」

「ありがとう。」

「ありがとうございます。いい匂いですね。」

 塩と胡椒のシンプルな味付けの串焼き。少し味気ないが、おいしい。


「サオリの世界では、おいしいものがいっぱい食べられるのよね?」

「うん。でも、これもおいしいよ。もうちょっと塩見が欲しいけど・・・しょっぱすぎるよりは、薄味のほうが体にはいいし。」

「僕はこれくらいで十分ですね。店にいたときは、味付けなんてほぼしていない食事だったので、これくらいがちょうどいいです。」

「店?ルトはどこかで働いていたの?」

「・・・売られていたんですよ。奴隷なんです、僕。」

「え・・・奴隷?」

 こういう世界ではあり得ることだと、頭では理解していた。でも、それが目の前の少年だと言われれば、納得できない。


「ひどい。なんで奴隷なんて・・・その耳のせいなの?」

 物語ではよく獣人が差別され、奴隷として登場することが多い。実際はどうなのだろうか?


「・・・そうですね。僕は、オオカミの獣人なのですが、捨てられてしまって・・・それから孤児院で育ててもらいました。」

 狼の獣人なんだ・・・狐かと思った。


「そこは、人間とか獣人の差別がない場所でしたが、そこが魔物に襲われて・・・助けに来てくれた騎士は、僕を奴隷としてゼールに売りました。おそらくそれは、僕が獣人だったからでしょう。同じ孤児院の子でも人間は売られなかったので。」

「助けに来たって・・・それで助けたつもりなの!?ひどい世界・・・でも、発端は魔物・・・魔王か。」

「でも、僕は売られたことを恨んでいません。だって、サオリ様に出会えたから。」

「ルト・・・」

 私に出会えた。それが彼の救いなのだろうか?私は、彼に何をしてあげたのだろうか?そして、今から何をしてあげられるだろう?


「僕を買ってくれたのがサオリ様でよかった。」

 嬉しそうに言うルトの言葉に、私は耳を疑った。


「買った?・・・私が買ったの、ルトを?」

「はい。僕はあなたの奴隷です。今は奴隷のしるしがありませんが、それでもあなたは僕のご主人様です。記憶を失ったってそれは変わりません。」

「私が、主人?奴隷を買った・・・なんで。」

 ありえない。なぜ、私は奴隷を買った?奴隷を求めた?

 こんな非人道的なことを、許した?


「ルト、こんなの間違っているよ。エロンもそう思うでしょ?なんで、同じ人間が人間を買うの?おかしいよ。」

「サオリ様?」

「サオリの世界には、奴隷がいないのね。いいえ、もういないと言っていたっけ。」

「みんな平等・・・それが常識だよ。普通だよ。」

 なのに、私は奴隷を買った。


「この世界は、サオリにとって理解しがたい世界なのよね。」

「・・・そうだね。何もかも違う。私の世界には、魔物も魔王も魔法も奴隷もいない。そういう世界だって、理解はできるよ?でも・・・」

「辛い?」

「うん。私にはどうにもできない・・・それは仕方がないことだけど、それを受け入れてしまったことが、嫌だ。奴隷の問題をどうにかできるなんて思っていないけど、自分がそれを受け入れたのが信じられない。」

「・・・そうするしかなかったのよ。」

 エロンに頭を抱き寄せられた。私は抵抗することなく、されるがままにした。


「辛い思いをさせて、ごめんなさい。」

「なんでエロンが謝るの?それに、私がしたことだし。私の問題だよ。」

「あなたは悪くないわ。」

「エロン?」

「サオリ様・・・」

 ルトが私の前に来て、私の顔を覗き込んだ。


「ルト?」

「僕は邪魔ですか?」


「ルト・・・私は、奴隷が嫌なの。まだあなたのことはわからないけど、私はあなたのことをいい子だと思っている。だから、奴隷なのが許せないの。」

「僕は奴隷がいいです。」

「なんで?」

 ルトは私の手を取って、にっこり笑った。


「それだけで、サオリ様から信頼されるんです。これ以上ない身分だと思いませんか?」

 ルトの言葉は、私にはよくわからなかった。



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