第48話 同じ苦しみを
さて、ルトが死んだかもしれないという騒ぎも勘違いと分かり、一応安心した。おそらく、奴隷の首輪をプティが外したのだろう。王家の権力と財産を使えば、そんなことは可能な気がする。
今、ルトは私の奴隷ではない。だから、今までルトに教えたこと、見せたことがばれる可能性はあったが、それでも生きていてくれてよかったと思う。
ルトが話していたら・・・いいや、話していなかったとしても、何かしら聞かれるだろう。たとえば、移動魔法の有効範囲とか。この屋敷、宿まで遠いからな・・・
「ま、それは置いといて。これってどういう状況よ。」
用意された広すぎて豪華すぎる部屋。城に用意された部屋よりは劣るが、それでも気後れするような部屋を用意された私は、もちろん今日はここに泊まることになったのだろう。
もう夜も遅いしとか言われたら、泊まるしかない。だって、どこまで要求を突っぱねていいかわからない相手だし。
領主にそういわれ、部屋も用意されてしまっては、私は泊まるしかないのだ。
それにしても、今日は寝れそうにないな。
私の部屋の上、天井裏なんてあるのかと思うが、確かにそのあたりに何者かの気配がした。この気配は、同じかはわからないが、宿からずっと何者かがついてきているのだ。
アルクやリテかとも思ったけど、宿にいたしな。同じ理由でマルトーもなし。プティはそもそもそういうことができると思ってないから、考えていない。なら、ここの領主の私に対しての監視だろうか?宿からついてきたのは、ちゃんと屋敷に来るかどうか見張るためとか。
どちらにせよ、見ている者がいるというのに、すやすやと眠る神経はない。
「もうこの際、移動魔法で戻ろうかな。・・・いや、駄目だ。なるべく、あっち側に知られたくないし・・・使用は控えないと。今の仲間の力だと、正攻法で勝てるわけがない。でも、まさか四天王に負けるなんて・・・強者を用意したっていうのは、嘘だったのかな。」
独り言を垂れ流して、何者かの気配を探るが何の反応もなかった。それだけプロなのか、さしてこの話題に興味はないのか、私にはわからない。
殺したほうがいいだろうか?
そのほうが、私も多少健やかに眠れる。
こんなわけのわからない領主の屋敷で、ぐっすりは眠れないが。
そのとき、部屋がノックされて、中に一人のメイドと2人の執事が入ってきた。
「夜分遅くに申し訳ありません。実は、勇者様に折り入って、お頼み申し上げたいことがあります。どうかお聞き届けください。」
「えーと。それは領主からのお願い?」
「・・・お願いというのは2つありまして、そのうち一つは領主の願いです。まずは私たちからの願いから聞いていただけませんか?」
「とりあえず話してくれる?」
「ありがとうございます。では、お茶の準備をいたしますね。」
「別にいいわ。話してくれる?」
「はい。」
椅子に座っている私の前に、3人が並ぶ。この部屋に椅子は2つしかないので、椅子をすすめるのにも数が足りない。
今思ったけど、ここにはソファがないな。別に気にしなかったけど、こういう時は困る。
「えーと。メイドさんは私の隣に座って、あなたたちは椅子を使って。」
「お気遣いありがとうございます。ですが、我々はこのままで、お前は勇者様の隣に座らせてもらいなさい。」
「はい。ありがとうございます、勇者様。」
「・・・気にしないで。」
確かに隣に座れとは言ったけど、椅子があるならそっちに座ることを提案すればいいのに。言われたことに忠実なのかな?
「それでは、単刀直入に言いますと、私たちを解放していただきたいのです。」
「・・・はい?」
解放とは・・・そういえば、この人たちは奴隷だったかと、首のあざを見て納得した。どうやら、領主に人望はないようだ。奴隷にした相手にいい思いなど抱くはずはないから、当然だろう。
「私たちは、領主にははめられて、奴隷になりました。本来は奴隷になどなるはずはなかったのに、それをあの領主はゆがめたのです。ですから、その歪みを勇者様に直していただきたいのです。」
「確かに、ひどいことだとは思うけど、私に言われても困る。ちなみに聞きくけど、奴隷になる前と後では、仕事内容が変わったりするの?」
「特に変わってはいません。ですが、領主のもとから離れることはできないようになっています。別のお屋敷で働くということも、結婚してやめるということもできません。」
「・・・そう、大変だね。」
口から出た言葉は、思った以上に感情がこもっていなかった。だって、大変だなんて思っていないから。転職できない、結婚できない。それが何?って感じだ。痛みや苦しみを味わうわけではない、死ぬわけでもないのに、なぜそこまで悲壮な顔をしているのか。
「勇者様も、クリュエルに捕らえられ、罪人のように過ごしたと聞いております。何も悪くない勇者様が捕らえられたと聞き、私たちは勝手ながら親近感を抱きました。」
私は全く抱かないけどね。
「同じ苦しみが分かる勇者様だからこそ、救っていただけるのではないかと・・・どうか、お願いします。」
話していた執事が頭を下げると、その隣にいた執事と、私の隣にいたメイドが頭を下げた。そんなことをされても、答えは決まっているのに。
「悪いけど、私には救えない。」
「勇者様!」
「そう、私は勇者で、助けを求める人を救うべきだとは思う。だけど、私はただその肩書を持っているにすぎないの。あなたたちを救い出せる権力も、知恵もない。」
「・・・何もできないと?」
「悪いけど、そうだよ。せめて、呼ばれたのが私ひとりじゃなかったら・・・あぁ、だから私だけ呼ばれたのかもね。知ってるかもしれないけど、勇者討伐隊の中には王族がいるから。」
「・・・救ってはいただけないのですね。」
プティに話すくらいはしてもいいが、それで彼らを救えるとは思えない。プティはこのことを知っているのだろうと、思う。貴族たちの間では有名な話だから、さっき領主も私に奴隷の話をしたのだろうし。
知っているのに救わないのは、救う気がないか救えないかのどちらかだ。どちらにせよ、私がプティに話をしたところで、彼らは救われない。
ただ、私の移動魔法を使えば救える可能性はある。このまま彼らとともにどこかへ移動して、彼らを解放する。でもそれは、彼らが屋敷から仕事以外で出るなと命令されていたらできないし、実はする気もない。移動魔法のことはなるべく知らない人が多いほうがいい。これは魔王討伐のカギとなる魔法にする予定だから。
「悪いけど、私にできることは何もない。」
「そう、ですか。それは、残念です。」
私の答えはわかっていたのだろう、それ以上懇願することはなかった。
「では、領主の願いを・・・実行します。」
「え?」
執事がそう宣言するとともに、メイドがこちらに抱き着いてきた。いや、これは拘束されている!?
普通なら解けない拘束だ。もしかしたら武術をたしなんでいるのかもしれない。だが、私にとってはたやすく解けるもの。
さて、どうしようか。
この拘束を解けば、力があることが明らかになる。でも、このまま拘束を解かなければ。
「さ、今のうちに。」
「はい。」
執事の一人がこちらに迫ってきた。その手には、奴隷契約の魔道具がある。
このままだと、奴隷にされる!?
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