第32話 私の決意
御者台に座って、景色を堪能する。
日がすこし暑いが、吹く風が気持ちいいし、視界をふさぐ障害物がないので、どこまでも続く道や遠くに見える山などを見て楽しめる。
「サオリは、元の世界に帰りたいか?」
隣で御者をしているアルクが、唐突にそう聞いてきた。私は少し考えて、首を振った。
「もう、あそこは私の帰る場所じゃないから。」
家族がいた。友達も。でも、どれもが遠い昔の色あせた記憶のように感じた。まだ1年も経っていないのに。
「私ね、一度死んでるの。」
色あせた記憶に見えるのは、死んだ影響か。
「・・・そうか。」
「うん。だから、もうあそこに私の居場所はない。それに、この姿だと、戻ったとしても私だって、誰もわからないんだよ。」
「昔はどんな姿だったんだ?」
「髪も目も黒で、平凡な顔をしていたよ。身長はあまり変わらないけど、体型はもっと丸かったかな・・・太ってはいなかったけど。」
「しっかり覚えているんだな。」
「そうでもないよ。死んだ影響かわからないけど、思い出せないことが多くて・・・」
たまに、よくわからなくなる。自分が誰なのか。本当に、私はさおりなのかと。実は、別の誰かが、さおりの記憶を持っているだけなんじゃないかと思うこともある。
だって、さおりは人を殺したりなんてしなかった。
「なら、俺たちと楽しい思い出を一杯作ろうぜ!そしたら、前の世界のことを思い出せなくても、仕方がないって思えるだろ?こっちが楽しすぎたせいだって。」
「・・・楽しい思い出。」
この世界に来て、まず味わったのは絶望。
理不尽にさらされて、痛みと苦しみを味わい、喪失感を何度も経験して、諦めた。でも、諦めきれなくて、実験動物の生き方をするのを受け入れていた心が変わって、怒り憎しみ、復讐した。人を殺した。
復讐することに、喜びを感じた。
そんな私だけど、今はどうだろう。
アルク、リテ、ルトが傍にいて、話しをして、一緒に笑う。その仲間も、今日から2人増えた。あまり印象は良くないけど、もしかしたらいい仲間になるかもしれない。そういう期待があった。
「こういうのも、いつか思い出になるんだろうな。」
「そうだね。思い出って、何でもない日常の一コマだったりすることがあるよね。例えば、私のクリュエル城の思い出は、なんだと思う?」
「想像もつかないが、悪い思い出なんだろうな。」
「あー、否定はしない。色々あるけど、どうでもいいことで印象に残っていることがあってね。いつものように実験部屋に連れていかれて・・・」
「冒頭から最悪だな。いつものようにと言えるほど、そんな場所に連れていかれてたんだな。」
「ほぼ毎日のことだったよ。そこで、太ももに剣を突き立てられて、ぐりぐりッとされてね。」
「・・・うん。」
「剣を抜かれたときに、ふと傷口を見たの。そしたら、傷口がハート形に見えて。」
「・・・そう。てか、それ日常の一コマとは言えないよな。それは日常じゃないぞ。」
「いや、ま。私にとっては日常だったから。」
「なら、非日常はどんなんだよ?」
非日常か。難しいな。
斬られることも、斬り落とされることも日常だったし、灰にされたり凍らされたのも、最初はインパクトあったけど・・・ま、あれも日常のうちだったな。
「やっぱり、アルクとリテに会った時が、非日常だったかな。あっ!その前に襲われそうになった時が、非日常だったわっ!」
「サオリが無事でよかったよ。そのことに関してだけは、死神ピエロに感謝だな。」
「・・・そうだね。」
そういえば、あの殺人鬼はどうなったのだろうか?私が発見されたときに、それらしき人物がいたようだが。
「そういえば、死神ピエロって、その後見つかったの?」
「いや。影も形もつかめなくてな。それに、見つけたとしても捕まえることは難しいだろう。あいつもサオリみたいな魔法が使えるようだし。」
「え、そうなの?」
「話してなかったか?あいつは、俺たちの前で消えたんだ。」
「・・・」
「どうした?」
移動魔法のようなものが使えるとして、なんで殺人鬼はその時まで魔法を使わなかったのだろうか。魔法を使えば、あの牢屋から出られたのに。
「・・・私と同じ能力なのかな。だとしたら、意外とあの人も勇者だったりして。」
殺人鬼が牢屋にいたことは気になるが、それを話すわけにはいかないので、同じ能力つながりで、勇者ではないかという冗談を言ってみた。
「いや、それはないだろう。勇者召還は、簡単にできるものではないと聞いたからな。サオリの時だって、各国が協力してやっとできたんだぜ?」
「だよね。」
「そうそう。だいたい、他に勇者がいるなら、サオリがこんな旅に出る必要ないしな。もしあいつが勇者なら、俺が引っ張り出しているところだ。」
「でも、捕まえるのは難しいんでしょ?」
「そうだよ。だから、サオリも・・・逃げていいんだぞ?」
小さな声で、おそらく中の人たちに聞こえないようにアルクは呟いた。それはとても悲しそうで、でも協力してくれそうな感じだった。
「アルク・・・」
「魔王と戦って・・・いや、四天王ですら強大な力を持っているんだ。そんな奴らと戦って、生きてる保証なんてない。だったら、どうすればいいと思う?」
「でも、それはみんな同じだし・・・」
「そうだな。でも、それで納得できるか?」
「・・・納得は出来ない。でも、ここで逃げるのは違うよ。」
「サオリ。」
本当は、戦いたくない。死ぬのもごめんだし。
でも、この旅は、私から申し出たという部分もある。私が、国のために力を使うと宣言したから、この旅が始まったのだろう。なら、私は旅をやめる気はない。逃げる気はない。
死ぬ気もないしね。
「魔王を倒すことができるかはわからないけど、王にやめろと言われるまでは、旅をやめるつもりはないよ。」
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