第22話 握手



「理由を言ってもいいかい?」

 軽い感じで片手を上げたカバの獣人に、ゼールは頷いて答えた。


「その子が怖いのさ。」

「え、私?」

 私に目を向けたカバの獣人の言葉に驚く。何もしていないのに怖がれるとは心外だ。別に私はクマの獣人のようないかつい顔などしていないし、今まで怖い顔つきだなんてこと言われたことがない。ま、転生したせいで顔の作りは変わったけどね。

 でも、怖くはないはずだ。


「もう少し詳しく説明してくださいますか?サオリ様が怖いと感じる理由が、私にはわかりません。」

「そうだねー。獣人の獣の部分。つまり、獣的本能がその子を危険だと判断したんだ。」

「危険とは?」

「あんたたち人間が魔王と出くわしたのと同じさ。圧倒的な力を感じて、委縮しているのさ。」

「魔王は、言いすぎじゃない?」

「あたしらは誤魔化されないよ、嬢ちゃん。」

「やめろ。」

 軽口を叩くカバの獣人をウサギの獣人が止める。その顔は真っ青だった。


「全く、男ってのは情けないねー。ま、こんな様子じゃ、この2人が嬢ちゃんの奴隷になるのは無理って話だね。それとも、怯える男を眺めるのが好きかい?」

「余計なことを言うな!」

 悲鳴に近い声でウサギの獣人は、カバの獣人を怒鳴りつけた。クマの獣人は口を開かないが、ずっと震えている。


「そうですね。」

 ウサギの獣人の方を見れば、怯えた目があり、その目があの光景と重なる。クリュエル城の悲劇を彷彿とさせる目を傍に置きたいとは思わなかった。


「2人は諦めましょう。すぐに私が殺してしまいそうですから。」

「ひぃっ!」

 情けない声を上げるウサギの獣人に冷めた目を向ければ、ザールが気を利かしてクマとウサギの獣人を下げるよう命じた。


「あ、エルフもいいわ。」

「かしこまりました。」

 私の言葉が頭に来たのか、エルフの男はこちらを睨みつけた。ザールはそれを見て、彼は別室へと指示を出していた。


「別室って?」

「そのままの意味ですよ。不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。」

「別に気にしてない。」

 彼から目を離して、残った獣人に目を向ける。

 オオカミの獣人とカバの獣人だ。ゼールから勧められたカバの獣人は、肝が座っており好印象だ。この獣人でいいかもしれないと思ったが、流されてきめるのもどうかと思い、オオカミの獣人を残した。


 そう、オオカミの獣人は、幼そうに見える外見とは裏腹に、全く私に怯えていないのだ。その理由も少し気になった。


「ゼールさん、少し彼らと話をしてもいいですか?」

「もちろんです。」

「では、カバの獣人から。」

「あたいのことだね。ま、カバとでも呼んでくれていいよ。それで通じるから。」

「では、カバ。あなたは、私が怖くないのですか?」

「怖いさ。だけど、そんなものもう慣れただけさ。あたいはね、命をかけた戦いというものは何度も経験してきた。だから、今更なんだよ、この怖さが。」

「そうですか。」

 頼りがいがありそうだと思った。


「それでは、オオカミは?」

「僕ですか?」

 不思議そうな顔でこちらを見た獣人は、少し保護欲がかき立てられる容姿をしていた。本当に狼なのか?愛玩動物にしか見えない。


「うん。私のこと怖くないの?」

「はい。だって、あなたは僕にひどいことをしていませんから。」

「確かにそうだけど・・・私は、あなたを殺す力があるよ。それはわかるんだよね?」

「はい。でも、それはあなただけではありません。」

「!・・・確かに。」

 私は多くの人を殺し、人を殺すことができると証明できるほどの力がある。獣人たちが怯えるほど顕著な力が。でも、それは私に限ったことではない。

 このオオカミの獣人を殺すことに関してだけ言えば、先ほど私に怯えていたクマやウサギの獣人にもできるだろう。


 声には出さないが、カバもやるじゃないかというような顔をしている。


 さて、どうしようかとは思いながら、私の答えは決まっていた。

 普通に考えれば、ここはカバの獣人だろう。経験豊富の様子で肝が据わっており、話していても退屈しなさそうだ。連れて歩けば色々と勉強になるだろう。


 でも、私は頭で出した答えではなく、直感といえばいいのか。いや、単に心に響いた方にすることにした。


「オオカミの獣人をください。」

「え?」

「かしこまりました。」

「ふられちゃったねぇ。」

 私の言葉に、オオカミの獣人は驚き、ゼールは面白そうに笑って、カバは残念そうながらも笑うという反応をした。


「本当は、カバにしようかと思ったのですが、オオカミの獣人の方が気に入りました。」

「気に入ってもらえなくて残念だよ。あんたみたいな強者の傍なら、死ななくていいと思ったんだがね。」

「カバも気に入りましたよ。ですが、死にたくないのなら、私のものにならなくてよかったですね。これから私は、魔王を討伐しに行くのですから。」

「魔王だって?」

「はい。」

 カバと話していると、オオカミの獣人が驚いた表情をした。ゼールは面白そうに笑うばかりだ。


「あなた様はいったい。」

 オオカミの獣人が恐る恐るといった様子で声を掛けた。


 オオカミの獣人を改めて見る。

 白い髪に金の目。頭には大きな動物的な耳がある。服は奴隷の服で、薄汚れた白い襟のないシャツとズボン。後で彼に似合う服も購入しよう。どのようなものが似合うか、着せ替え人形のごとく色々なものを着せようと計画する。

 そうだ、自己紹介をしないと。


「私はさおり。クリュエル王国で召喚された勇者だよ。今は、このウォーム王国で勇者位というものを与えられている、一応貴族。」

「勇者様・・・それに、貴族・・・」

「うん。それで、あなたは?」

 オオカミの獣人で、発展途上で、多少剣が扱える程度の情報しか知らないので、もちろん名前もわからない。だから、自己紹介をしてもらうことにした。


「ルトです。」

 それは、名前だけの簡潔な紹介だった。


「ルトね。これからよろしく。」

 手を差し出せば、おずおずといった様子で手をこちらに向けたルトだが、それよりも早く私の手を握った者がいた。


「これからも末永くよろしくお願いしますね、サオリ様。」

「ゼールさん・・・」

 邪魔者のせいで、ルトとは握手は出来なかったが、とりあえず彼は私の奴隷になることになった。



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