6-10 さんじ

 死して朽ちている最中とて、残ったその体の巨体さは変わらない。

 前部より初めて、尾部で会おうと二手に分かれて見たものの、槍探しよりも私はその巨体を眺める事に必死だった。


”実際大きいものね。見とれるのもわからなくはないわ”


 そうイナンナ様が言うのに合わせて私は首を振る。


(今だから言うんですけれど、これを倒しただなんて信じられないです)


”ええ、今なら何を言ってもいいわ。でも、事実よ”


 小さなビルもありそうなぐらいの太さの前肢を見て抜けた後、天に見える翼の下を潜る。


(槍、落ちていたとしたらどのへんですかね?)


”目視で探すしかないわね。入っていた魔力は空で辿ることは難しいでしょうし、最悪その胴体の奥深くに刺さっている事も考えられるわ”


 結局の所、このイナンナ様の言葉が正しくて、尾部の付け根で合流した私とギルガメッシュ様は終ぞ槍を見つけられないでいた。


「となると、やはり頭部から貫通して胴の中に入った可能性が高そうだな」


 見上げた彼も同じ意見を言う。


「どうするんですか?」

「……完全に崩壊するのを待つか、自力で崩すしかないが。まぁ無駄な力になるが崩してみるか。奈苗ちゃんも早く元の世界に戻して欲しいだろうしな」


 ……早く元に戻して欲しくない、と言えば嘘だった。出来る事なら、早くいつもの生活に戻りたい。でも、終わってしまった今となっては多少元に戻るのが伸びた所でどちらでもいいやとは感じていた。

 そんな私の様子を敏感に感じたのか、ちらっとこちらを向いた後、彼はこう言った。


「いや、訂正しよう。俺が早く元の世界に戻したいんだ。

 早く爺の小言を聞いて、その後で俺を出し抜いたタナカの顔をぶん殴りたい。だからやる」


 私はプッと噴き出してしまう。


 多分これは彼の本心でもあるんだろう、そして、私の為にも言ったに違いない。

 ギルガメッシュ様って、気配りが効きすぎて凄くて、きっと最低な事でも平気で出来る神なんだ。


 私はそう思って気を緩める。


 その時だった。


 私達の意を解したというのか、堰を切ったようにティアマトの体が大きく崩れ出した。

 白い欠片が一気に剥がれ落ち、空に掛かっていた翼は根元から折れてそのまま崩落する。


「崩壊が進み始めたか。手間は省けるが埋もれると厄介だな」


 口調を戻して冷静に見た彼は、そう口にした。


「大丈夫なんですか?」

「ああ、崩壊が進む事自体は大したことは無いさ。でも、そうだな、りるが心配だから一応前の方に戻るか」


 揃って私達が前に戻る間にも、ティアマトの巨体の崩壊はどんどんと進んでいた。


「この欠片って、この後どうなるんですか?」

「ああ、元々はこの世界を作っていた要素だ。それにティアマトの力が入り込んだものだから、あるように還元されるだけだな」

「つまり、これを使って大神マルドゥク様は世界を再生させると?」

「そういう事だな」


 神話を思い出す。大神マルドゥク様はティアマトの破片を使ってこの世界を作ったと。

 つまりは……そういう事なのかと、神話が事実だった事を私は噛み締める。


 完全に崩れ落ちたティアマトの翼をギルガメッシュ様に抱えられながら飛び越え、りるちゃんの元へ近づく寸前に、やおら彼は足を止めた。


 大きく息を吸ったギルガメッシュ様は、そのまま大きく吐く。ため息のようにも聞こえたそれの後で、彼は虚空を見つめて呟いた。



「そんなに簡単には、いかなかったな」



 一瞬で私の視界が魔力感知状態へと切り替わり、思考速度だけが向上する。肉体の方の速度を上げるだけの魔力は無かった。

 私の目に見えたのは、半ば崩れかけたティアマトのどてっぱらから射出されるように高速で飛来した槍と、それをものともせずに錫杖で弾いたギルガメッシュ様の姿だった。


《お見事。賛辞だけは呈しましょう》


 もはや聞き慣れてしまったその声は、誰なのかを私の脳裏にはっきりと浮かび上がらせる。

 弾かれた槍は宙を舞い、私の近くに落ちる。だけれども、それを私は見ることが出来なかった。

 視線はティアマトの死骸にずっと釘付けで、私の両目は、いやここに居る私たち全員は、その死骸からすり抜けるように出て来た一人の女性を凝視していた。


「驚くのも無理はないですね。私自身が一番驚いているのですから」


 今までとは明らかに違う、口から発せられた声がその女性から発せられる。そして、その声は紛れもなくティアマトのものだった。


「嘆かわしい事ですが、この体に力は、多分二割も無いでしょうね」


 一糸纏わぬその姿は、人間として完璧に整っていて、本当に神々しい姿だった。言葉に無理やり表すなら、有名な画家や彫刻家が美を追求した果てにあるものを凌駕する美しさと神格を保っている。

 そんな姿だというのに、美しいだけではなく何故かその姿を見ると、脳裏にそれが母親だという認識が浮かぶ。

 ただ首を回し、その後で両手を確かめているだけの仕草なのに、ただのそれだけなのに、それだけが美しくて、さらにその女性が神で母親であると伝えてくる。

 竜の姿の時は、その姿が異質故に最低限の抑止力になりえた。けれども、人である今回のそれは全く逆だった。

 その姿は、私には眩しすぎる。


 我に返ったのは、私自身が両の目から涙を流している事に気付いた時だった。

 その涙が私のものなのかと自問した時に、ようやく私は自分のもう一人の存在に気付くことが出来たから。


(イナンナ様、大丈夫ですか?)


 半身であり、心の拠り所であるイナンナ様はすぐに返事を返す。


”大丈夫なわけないわ”


 彼女の声には最初の時のような混乱は無かった。ただし、声が固まっている。


”私の存在意義が本当に消えてしまいそう。とは言え、最初の時よりは大丈夫よ”


 私はそれを聞いて心中で頷く。思考だけが加速されて、現実では腕をゆっくりと動かそうとする中、続けて私は尋ねる。


(……何とか出来ると思いますか?)


”あれで二割、しかないのね……”


 二割、多分それは魔力の事だろう。

 確かにティアマトから受ける圧自体は比べるも無く減っていた。

 母親と対峙しているような、心理的に戦いたくないという気持ちは大きいけれど、感じる強さ的には今までと段違いに弱い。


(可能性はあると?)


”……彼次第ね”


 その答えは薄々私にも気づいていた。

 私とイナンナ様はほとんど魔力が枯渇している。加えて私には体力も無いし、利き手の左腕は欠けて使い物にならない。

 有り体に言うと、戦力として役に立たない事はわかっている。

 りるちゃんも大怪我を負っている今、こちらで戦力になるのはたった一人。


 今まで策を弄し続けて来たギルガメッシュ様しかいない。


 その思いは果たして伝わったのか、私が目を向ける前に、彼は無言のまま錫杖を持って人型になったティアマトに突進していた。

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