6-9 ねたばらし

 ギルガメッシュ様の腕の中に納まった私は、過去の光景を思い浮かべていた。

 赤ちゃんだった私もこんな風に抱き留められたんだなって。


「重くなったな」


 …………


 こんな時にこんな事を言う彼を叩く力も、それに腕も私には無かった。


「冗談だよ。少しだけ魔力を分けてやるから、一人で立ってくれ」


 ティアマトの欠片が降り注ぐ中、彼からほんの少しだけの魔力をもらった私は、やっとの体で彼の腕から抜け出て立っていた。


”終わったわね”


「ああ、ようやくな。ようやくこれで終わったんだ」

 

 私はそんな二神が感慨に耽るのを邪魔しなかった。

 その場に居ても一歩だけ歩を下げていた気分になっていた私に彼女は言う。


”ナナエももう当事者なんだから、一人で離れてないで一緒に話に入りなさい”


 ……いいんですか? と少し思ったけれど、口には出さず、代わりに私は素直になる事にした。


「……はい」

「奈苗ちゃんは一番の立役者だ、もっと喜んでいいんだぞ?」


 いつの間にかギルガメッシュ様は私と並び立つように位置を変えていて、肩に手を置いた彼の顔を私はまじまじと見る。


「……本当に、終わったんですか?」

「ああ、この崩壊は、間違いなくティアマトを討滅した時のものだ」

「本当にこれで……、お父さんもみんなも……?」

「ああ、そうだ。あとは細々とした回収が終われば、マルドゥクの手で修復が開始されるよ」


 ティアマトの崩壊はゆっくりとだけれど着々と進んでいた。

 頭こそ全て無くなったものの、一本の首とその巨体はまだ健在で、少しずつだけれどその体からは白い破片を散らし続けている。


「まずは俺の錫杖からだな」


 ギルガメッシュ様は飛び上がると、易々とティアマトの胴に突き刺さった錫杖を引き抜く。

 着地さえもその高さを全く感じさせないものなのは流石の神と言ったところか。

 それはそれとして、私は錫杖に目を向けた。最後の一投、これが無かったら私の一撃はどうなかったかわからない。


「ああ、本当にこの一撃が間に合ってよかった」


 同じ事を言った彼は、汚れを払うかのように鋭く空振りをした後でいつも通りにそれを手に持ち、地面に一度だけ杖を突いた。


 錫杖が響いた後で、口を開いたのはイナンナ様だった。


”ねぇ、ギルガメッシュ? そろそろ色々と教えてくれないかしら? あなた、それを投げた時に何をしたの?”


「ん? なんて事もないさ。マルドゥクお父様から借りていた《三の風》を起動した迄の事よ」


”三の風?”


「ああ、今回はマルドゥクお父様から風を三つまで借りていたんだ。

 一の風は防御。ティアマトからの浸食を防ぐ。

 二の風は制動。その身を犠牲にティアマトの動きを止める。

 三の風は強化なんだ。本来は二の風で動けなくなった俺の体を動かすって事で使うんだけれどな。まともに俺が動いても勝機が見えなかったから、俺が動くよりは、奥の手として徹底的に隠して奇襲の手に全てを寄せたって話だ」


 なるほど、と私は納得する。

 霧峰さんの時にも感じたけれど、やっぱりギルガメッシュ様はこういうずるいような策を巡らせるのが上手だなとも。


「じゃぁ、ティアマトの首を落としたのはどういう仕組みなんですか?」


 こっちの質問は私からだった。


「ああ、そっちはティアマトに説明した事が大体なんだがな。

 とりあえずそれも回収してから説明するか」


 私はその説明をほとんど聞いていない。命を賭けた攻防の最中だったから。


 頷いた私をよそに、彼は大きく叫んだ。


「りる! 出てこい!」


 その言葉に私が驚く間もなく、ギルガメッシュ様の近くで黒く塗りつぶされた空間に亀裂が入る。

 亀裂は円形に広がり足元から彼の腰ぐらいまでの大きさになった後、真っ白な空間が出来て、そこから這い出るように出て来たのは一匹の大きなトカゲのような生き物だった。


「……りる……ちゃん?」


 一瞬トカゲと思ったけれど、それは似ても似つかない姿をしていた。

 傷だらけで、片目はつぶれていて……いや、それよりも特徴的なのはトカゲの体から大きな蝙蝠の羽が生えている事。


 そう、それは、ティアマトの姿に似ていた。


「本当にこれがりるちゃんなの?」


 小さな羽の生えたトカゲ……いや、小竜が四足の足でのそのそと歩く度に、全身の傷跡から白い血を吹き出し黒い地面を白く染めていく。


「ああ、そうだ。これがマルドゥクお父様の切り札。ティアマトの逆鱗より生まれし神造兵器、りるだ。

 効果は、思ったより使えたな」


 やがて四足の足が止まった後、伏す様にそれは沈み込み。動かなくなった。

 彼はしゃがみ込んでりるちゃんに手をやりながら続けて話をする。


「大丈夫。死んではいないさ。この傷ならいずれ自己再生するから気にしなくていい。

 思ったよりとは言ったが、その実十分だよ。おかげでティアマトにハッタリも効いて本当に助かった」

「説明……お願いできますか?」

「ああ。

 言った通り、りるはマルドゥクお父様から渡された切り札なんだ。素性は話した通り、最初にお父様が倒したティアマトの破片だ。

 主な特性はティアマトに感知されない事と、ティアマトの使う魔法の影響を受けない事、あとは風が無くても吸収されない事の三つだな。

 それだけ聞くと強そうに聞こえるんだが、この世界になじませるために人間を模したせいで、直接的な強度が著しく低いって欠点がある。

 あとは、ティアマトにもブラフで話をしたが、コントロールが難しいって所だな」


 ギルガメッシュ様がゆっくりと伏した小竜に手をかざしていくと、次第にその体には今のティアマトと同じような白い欠片が浮き始める。


「前者の欠点は奇襲で使う事でカバーした。後者は……大変だったんだぞ?」

「どうしてですか?」


 しゃがんだ姿勢から仰ぎ見て来るギルガメッシュ様に、私は問い直した。


「りるを動かすための本来の条件付けは、『守る事』だったんだ。

 本来は、奈苗ちゃんと一緒に過ごさせることで、この世界を守るという条件付けを完成させるつもりだった。

 けれどね、実際に出来てしまったのは、『奈苗ちゃんを守る』という条件だったんだ」


 そう言いながら視線をりるちゃんに戻したギルガメッシュ様は増えてきた白い欠片を払いのける。

 ……その下に見えたのは、人間の、りるちゃんの体だった。


「不幸中の幸いと言うか、俺にとっての幸運は、奈苗ちゃんが襲撃された時に、りるが奈苗ちゃんの魔力に当てられて気絶した事だった。

 おかげでその後、りるの条件付けを再調整することが出来て実戦に投入出来たってわけだ。

 二本目の爆発に巻き込まれて使い物にはならなくなったが、あのタイミングで二本も首を持って行けたのは本当に助かったよ。結局の所、力の差が大きすぎて奇襲で攻めるしか勝ち目は無かったからな」


「…………」


 私にはギルガメッシュ様にかける言葉が出なかった。

 ただ、


「ありがとう、りるちゃん」


 素直にそう言って、私は残った右手の方で彼女の体を撫でていた。

 紙粘土の乾いたような欠片がボロボロと浮き上がっているその体は、明らかに人間ではない事を意味していたけれど、それに対して私はどうとも思わなかった。

 そして、りるちゃんに対してこんな扱いをするギルガメッシュ様に対しても私は反発心さえ起きないでいた。


 ……冷たくなったのではない。と心の中で思いながら、そうでもしないとティアマトには絶対に勝てなかったと自分の中で折り合いをつける。


 そんな私と比べて、彼女の反応は対照的だった。


”ごめんなさい。ナナエ。これの事も私は知っていたのにあなたには隠していた”


(いいんですよ、イナンナ様。必要だったとわかっていますから。

 それに、全部は知らなかったんでしょう?)


”……ええ、マルドゥクお父様の秘策としか”


(知る時に知れればそれでいいですよ)


 クスリと笑ったのは私だったのか、彼女だったのか。


 会話を切って立ち上がった私は、先に立ち上がっていたギルガメッシュ様と頷きをかわす。


「俺の杖、りる、残りは奈苗ちゃんの槍を回収出来れば終わりだ。その後でマルドゥクに連絡してすぐに世界を修復して貰おう」

「槍、どこにあるのかわかるんですか?」

「大体ならな。まぁでも、この巨体の近くに落ちているだろうさ」


 再度頷きをかわした私達は、一旦りるちゃんをその場に残して巨体を回り込むように二手に分かれて捜索を開始した。

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