6-7 人の神の戦法
見えたのは、するりと、ティアマトの三本のうちの一本の首が落ちゆく光景だった。
(ありえない!!)
そう思考を向けた瞬間、私の体は弾かれるように前に突進した。
誰もが、考えなかった事態に硬直する。なんて事にはならなかった。
実際はその逆で、誰もが思いつかなかった事態に対して即座に行動を起こした。
私を睨みつけていた頭の一つからは、動き出した私に向けて黒い放射が放たれる。
だがしかし、それはティアマトの首を落とした何かへ致命的な隙を見せる事になり、放射が放たれたとほとんど同時に、その首も切り離されて滑り落ちていく。
放射を放っている最中に切られた事が災いしたのか、切られた首は地面に落ちる前に黒い球体へと変貌して、直後に爆発するように四散した。
私は前に走りこみながら、中途で終わったティアマトの放射を無傷で避けていた。
その後で爆散して迫りくる黒い散弾に対しても、致命傷になるものだけは槍で弾き、後は無視して距離を詰めていく。
夢で見たアナスタシアさんがやったことのほとんど焼き直しを、私は意識せずに行っている。
この場では、誰が、どうして首を切り落としたのかは問題ではなかった。
私がやるべきことは、手に持った槍で致命の一撃をティアマトに放るだけ。
”ナナエ、ティアマトの攻撃が見えるの?”
(どうも、私の魔力の関知能力はティアマトの攻撃も見えるみたいなんです。
今までのイナンナ様の教育のおかげかも知れないですけれどね)
二度の攻撃を受け流した後で、疾走を続けながらイナンナ様とこんな会話をする。
どうして見えるのか不思議ではあった。でも、多分、それが私の特性なんだろう。
《人の神!! 一体何をした!!》
残った一本の頭は、今までの余裕を捨てて荒れ狂っていた。
私の行動が丁度いい囮となったのか、突然現れた何かに首を二本も取られたのだから仕方ないだろう。
そして、最初の時と同じように一本だけの首と頭になったティアマトは、私の後方から発せられている力によって、ほぼ動きを封じられていた。
「一本まで落とされたのならば、俺の力でも十分でしょう!」
後方から聞こえるギルガメッシュ様の声は、それが彼の手によるものだと私に伝える。
”マルドゥクお父様の力、二の風よ。一の風は私達をティアマトから防ぎ、二の風はティアマトの動きを封じるの。でも、一つ欠点があって、二の風はそれを使う者自身の動きも止めてしまうわ。
だからこその攻め手。私達が必要とされるのよ”
イナンナ様の解説で理解した私は、少しでも距離を稼ぐために全力で走り続ける。
《二度も同じ真似が通じるとでも!》
ティアマトの叫びは、同時に黒い咆哮も放たれていた。
私に向けて放たれたそれは、広大だった。
正面から見れば視界を埋め尽くさんばかり。
だがしかし、それらのスピードは遅くて、よく見ると意外と隙間が多かった。
本当に不可視だったのならば、スピードが多少遅い所で問題なかっただろう。隙間があった所で、無作為であればより心理的にもプレッシャーをかけられたはず。
タネが見えている私には、それをかわすのは容易な事だった。
それに、私の体は人間の稼働できる速度をとうに超えていた。少しでも無理な体勢をすると筋肉や筋が切れるブチブチいった感覚と、同時にそれが癒される感覚が走る。
全身そんな感覚ばかりで、頭は状況を処理するために加速されて動きっぱなしだった。
《どうしてそこまで避けれるというのです!!》
距離が近まるにつれて当然避ける隙間は狭くなり、最短を考える時間も短くなる。
焦るティアマトの言葉。内心は私も同じ気持ちだった。
避け続けてはいるけれど、一回直撃したらこっちは即死なのだ。まるで、テレビゲームの主人公の気分。違うのは、到達したときに斧で叩くか槍で刺すかの違いぐらいで。
避ける事に注力することで、前に進む速度は次第に遅くなっていき、肉体よりも先に精神的に疲労が溜まっていくのがわかる。
一呼吸だけでも休みが欲しい。
そう思った直後だった。
本当に一瞬だけ放射が途切れた。
目の前では新しく息を吸い直すティアマトが見える。
お互いが一呼吸分の小休憩をとり、私は最後の一足とばかりに全身に力を込めた。
あともう少しで、もう少しで手が届く。周りに目印なんてないけれど、あと100mと勝手に思うぐらいの距離。
私は無意識にティアマトの呼吸に自分の呼吸を合わせていた。薙刀でもそうなんだけれど、先を取るより、後の先を取って制する方が私は好きなのだ。呼吸を合わせ、相手の動きを読んでそれに被せる。
一呼吸分の間に後の先を取ろうなんて深い事を考えていたわけでは無いけれど、結果としてそれは正しかった。
攻めに回らずに構えていたのにも拘らず、息を吸い直して放たれたティアマトの放射を、私は避ける事が出来なかった。
それは、点でも線でもなく、面だった。
咄嗟に防壁こそ繰り出したものの、吸収されてしまい役に立たない。
結果的に役にやったのは、槍垂直に立てて回し受けする方だった。
放射はごく短く、威力も致命には全く程遠いものだったけれど、確実に私は後ろに押し戻されていた。
《どうやらあなたは私の攻撃を読めるようですね。知を持った獣とは厄介な》
無言のまま私はティアマトと対峙する。
”仕切り直しね。ここからは遠いわよ”
多少押し戻されたけれど距離自体はまだ近かった。でも、今の攻撃が致死のレベルで来た場合、後ろに下がるしか私には出来ないと理解している。
この一瞬の押し込みでティアマトは私への評価を変えたのは間違いなかった。
お互いに手こそ出さないものの、じりじりとした対峙を私達は続ける。
期待を裏切る手がきっとまた出て来る事を祈りながら。
「ところでお母様」
それは裏切られる事も無く、空気を全く読まないで言葉を紡ぎ始める存在が一つ。
「不思議だとは思いませんか? 我々ではない何かに首を切り落とされた、しかも二本も。
種明かしを聞きたいとは思いませんか?」
言わずもがな、それはギルガメッシュ様だった。
《遠慮致します》
そう宣言するや否や、ティアマトからすぐさま私に向けて放射が放たれる。
大半は今までの放射と同じものだった。けれど、私がある程度近づく毎に範囲の広い一撃が来て押し戻される。
「まぁそう言わずに。
これもマルドゥク様からの手土産なんですから。
曰く、
ああ、素体は
《醜悪な! またも我が身を穢すとは!》
「ええ。
最強の逸品です。
ただ、まぁ、問題が一つあってですね。コントロールが難しいのですよ」
ギルガメッシュ様は悠長に話を続けているが、私はその半分も聞くことが出来ていなかった。
だってその間中、私はティアマトの黒い放射と一進一退の攻防を続けていたのだから。
「今もまぁ、手に余っているなんて言ったらつまらない話ですがね。コントロールに当たってトリガーを定めたんです」
《戯言を! その口を閉じるが良い!》
真実なんてどうでも良かった。ただ、私からすると私に向けられるべき放射の一端がギルガメッシュ様の方に向かった事だけは事実だった。
つまり、一瞬なれども私に時間が与えられる。
”
そんなイナンナ様の言葉も私は後ろに投げ捨てて、足を前に出す。
次に聞こえたのは、ティアマトの明らかな驚愕の声。
《何故動ける!!》
何らかの手段でギルガメッシュ様は攻撃を避けたのは間違いない。
そして、無傷で居るのかはいざ知らずだけれど、彼の声は余裕を持ったままその先を続ける。
「そんな事よりも、話の続きですよ。
トリガーはこうです。
俺がべらべらと話を続ける事、そして、対象は
この瞬間、私の存在が一瞬だけでもティアマトの中から消えた。
優先順位の一位が未知の武器とやらに確実に移る。
ティアマトは全力で放射を放つ。四方八方にランダムに、しかも曲線を描いて放たれる放射は初めて見るものだった。
頭の後ろまで一度はしっかりと放射が舐め取って行く。
ただ、
そして、遂に私は目的地であるティアマトの真下迄たどり着く。
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