5-25 トラウマの再来

”距離、取るわね”


(はい)


 操縦席から飛び出した私は、不意の爆発に備えそこから十分な距離を取る事を選択した。

 槍を使って衝撃を抑えて着地した後、淀み無い動作で左横構えに移行する。


 痛む心は麻痺させた。今それを考える時じゃないから。

 今考えても仕方ない。

 悼むのは後にしよう。


 悲痛な心の叫びを携えたその矛先は、吐き出す代わりに先生へと向けられていた・・・・・・・・・・・


 私は先生の姿を直視する。


 即座に胃の底から突き上げてくる猛烈な吐き気。


”ナナエ!”


 口までたどり着いたそれを吐かずに飲み下す。ゴクリと逆流したそれが胃に戻るのは一瞬だった。


 でも、それは致命的な一瞬。


 先生から伸びている白い腕が動いていた。目で追ったその先がロボットを貫いていると私が気付いた時には、既にそれが横から私を薙ぎ払おうとしていた。


 咄嗟に残しておいた防壁を当てるも、あくまで点を逸らせる為に作っていたそれは線で来る打撃を受け止めきれない。

 あっさりと防壁は割れてしまい、微量ながら稼いだ時間で出来たのは生身ではなく立てた槍で薙ぎ払いを受け止めるだけだった。

 足の踏ん張りなんてものともしないで私は空中に弾き飛ばされる。


 槍を握りしめる腕はどうなったかは知らないけれど、幸いにも体は無事だった。


 無事と言ってもこの一瞬だけの話で、普通ならばこのままどこかにぶつかって、良くて大怪我、悪ければ即死は免れないだろう。

 本来は体も衝撃で動かないはずなのだけれど、魔法で強制的に治療され、全身の血管にお湯が流し込まれたような感覚があった後ならば体の方は問題が無くなる。

 思考加速がされていてゆっくりと吹き飛ばされているのがわかれば、どこをどうすれば最小限の衝撃で着地出来るかも予想がつく。それだけでなく、飛ばされた勢いを生かした逆襲の一手さえも。

 可能な限り余計な思考を切り離して、私は姿勢の制御だけに意識を集中する。


 槍の柄を地面に引っ掛けて速度を殺し、やった事はないけれど棒高跳びのように方向を落下から上に再度転換させる。その衝撃だけでも腕は酷く痺れて、立て続けに癒されるのが分かった。


 衝撃を全て上昇に変換し、木々よりも高く飛びあがった所から見るその光景はとても綺麗だった。ただ一つ、目下にあるものさえなければ。

 目下には白い蛇が絡み合った塊のようなものが存在していた。

 

 渦巻く蛇の渦中にいるのが誰か。

 信じたくはないけれど、きっとそれは、私が腕を消してしまった人なのだろう。


 もう一度胃の中から登ってくる吐き気は、きっとこんな無謀な事をしているからだと信じたい。


 上昇速度と重力が釣り合って均衡した後、私の体は勝った重力に引かれて再度落下をする。


”この速度のまま落下して貫けば楽に勝てるわ”


 ……イナンナ様の言う事は事実だった。


 そして、私はもう一つの事も疑うことはしない。信じたくはないけれど、先生は、私の敵に回ったのだと。


 だけれども、


(……無理です)


 その姿を見てしまった私の中にトラウマが蘇り、全身を支配する。


 全く知らないロボットの操縦士は有無を言わさず殺すことが出来たのに、今の私にはそれが出来なかった。

 親友の死でさえ自分の心を殺し切ったのに、その白いものを見た時点で、私の中では戦う気持ちより、トラウマによって引き出された恐怖の方が勝ってしまう。


 余念を抱えた私には、致命の一撃を与える事も出来たはずの落下速度を完全に殺す事さえも出来なかった。


《ティレ ド アゾート!!》


 下手をしたら墜落死もあり得た状況にも関わらず、必死で行った二度目の窒素操作の魔法はほとんど不発だった。出来たのはほぼ純粋な魔力の爆発によってある程度の衝撃を殺しただけに過ぎない。

 姿勢を変えて足から着地は出来たものの、足からはゴギリとおかしな音が響いて、私はそのまま勢いよく前に倒れた。


 顔面から地面に強打した後、頭の中がぐにゃりと歪む。ああこれマズいと思うや否や、治療による今までにない熱さが足から全身に広がり、すぐに意識だけははっきりとしてくる。

 意識を取り戻してすぐにうつ伏せに倒れた状態から立ち上がろうとしたのだけれど、実際は槍を杖代わりによろよろと立ち上がるのか精いっぱいだった。


 ようやく立ち上がった私の正面、距離を取ったその先には先生がいた。

 残った電灯がスポットライトのように先生を上から照らしつける。

 それはどう見ても先生で、私の事を小学生のころから見てくれていた先生で、その先生の右腕からは、イカの触手のように複数の白い腕が生えてとぐろを巻いていた。


「どうしたんだ、稲月?」

 

 その声は先生の物だった。


「先生は稲月を助けようとしたんだぞ? どうして逃げたんだ?」


 いつもの先生の口調だった。 


「先生は稲月の事を思ってやったんだぞ?」


 一本だけ、白い手が伸びて私に近づいてくる。

 20や30mは離れているはずなのに、その手が伸びて私に近づいてくる。


 怖くて、私は動けなかった。


”……やらないのなら、私がやるわ”


 無心の動作を以て上段からの振り下ろしが走り、その腕を斬りつける。

 私の体だけれど、それを行ったのは私じゃなくてイナンナ様彼女だった。


 槍の鋭い穂先は、伸びて来た腕を、あったとしたら手首のあたりであろう所から簡単に切り落とす。

 視界から色が抜けているからよかったようなものの、何かを吹き出しながら釣り上げた魚のように悶え跳ねる手首を見ると、頭から血の気が引いていくのが分かった。


 脳裏に鮮明に思い起こされる私のトラウマ。

 小学生の時に、私の使った治癒魔法の暴走で先生の腕が触手のように増えた事件。

 その後に起こった学習道具とクラスメイトの惨劇の教室。

 

 先生の腕を見るだけで立て続けにその光景が脳裏に浮かび上がり、足は震えて私一人では立てなくなってしまう。


”過去を引きずって今死ぬつもり?”


 イナンナ様がかろうじて私の体を操ってくれていなければ、私はその場に崩れ落ちていたと思う。

 でも、返す言葉は出なかった。

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