5-14 急転と言う名前の始まり

 それは、突然やってきた。


 ゲームをやっている最中に突然テレビの電源が切れた。


「……あれ、どうしたんだろ? 停電?」


 朝起きてから、懲りもせずにご飯時間以外はゲームをプレイし続けていて、時間はいつの間にか午後の半ばを過ぎていたと思う。


 ゲームのやりすぎで霧峰さんが部屋の電気のブレーカーを落とした事を真っ先に疑ったのだけれど、多分それは違う。テレビが消えたのと同時に、ゲーム機や部屋の外から聞こえる機械音さえ一切なくなっていた。


 ……やっぱり停電の方かな。


 部屋の電気を付けようとしたけれど、それを裏付けるようにスイッチはカチカチと動くだけで反応せず、唯一、電池で動く置き時計だけが現在の時間を指している。


 三時半。今頃は普段なら授業が終わるホームルームの時間。


 窓から外を見ると、見えるところの信号は消えていた。

 おそらくは広い範囲で停電しているんじゃないかなと想像をする。


 どうしたんだろう? と外を眺めているところで、ドンドン、ドンドンとドアを強く叩く音が静かな部屋に響いた。


「緊急ですお嬢様! 開けて下さい!」


 ドアに近寄るまでもなく聞こえる田中さんの大声。


 すぐにドアを開けたところで、やはり彼の様子は事態の急変を明示していた。

 いつも通りの黒服姿で表情も全く変わらないものだったけれど、変わらないのはそこしかない。

 彼は背中に、黒服に似合わないちょっと角ばっている大きなリュックサックを背負っていた。

 それと、頭には片耳だけのイヤホンとそこから延びるマイク。それは、どこか夢で見たものと似通っている気がしなくもないのだけれど。


 「どうしたのですか?」と言う私の問いに、早口で、しかし、しっかりした口調で彼は言った。


「現在、不明勢力より襲撃を受けています。規模は不明ですが、少なくともここら辺一帯に電気を供給する変電所が破壊されたそうです」

「じゃあこの停電はそのせいで?」


 間を置かずに田中さんが頷く。


「霧峰様は既に対応方針を指示した後、現場に向かっています。そして、事態の把握の為に私にも出動を命じられました。ですが、お嬢様は危険が迫らない限りここで待っていて下さい」


 そう言って、田中さんは私に、ちょうど体に合うサイズぐらいのリュックサックを手渡す。


「二日分の水と食料です」

「それは……どういう?」


 理解をする前に押し付けられたそのリュックはそれほど重くはなかった。


「ここに留まれば基本的に問題はないはずです。ですが、もしもの際にはこれをもってお逃げ下さい。

 避難場所の候補は中に地図が入ってますので、状況によってご自分での確認をお願いします」


 そんなにひどい状態なの……?


 そう思った瞬間、無意識のうちに私は視界にフィルターを掛け、魔力感知状態に入る。

 目先のリュックには全く反応はなかった。


 なかったのだけれど、偶然にと言うか、視界の横にあるものが目に入る。


 次の瞬間、心が震えた。

 寒さなのか武者震いなのか歓喜なのか、震えたのか揺さぶられたのか貫かれたのか、全てがわからなかったけれど。

 心だけでなく、震えは頭から足先まで全身に走り抜けていく。


 視界の中に魔力感知で反応するものが無い中、その物体はひときわ異なる色彩を放っていた。

 現実の視界で見ても、袋に包まれていて中身はまだ見てはいない。


 それでも私は感じる、それは、そこにあるはずの無い物だと。


「田中さん……それ……」


 リュックを床に落とし、無意識に歩み寄って手を伸ばす。

 廊下の壁に無造作に立てかけてあるのは、よく見る薙刀の入った袋だった。通学する際や試合場に行く際に薙刀を持ち歩くために使う袋で、中に何が入っているかは学校関係者ならよくわかる。


「……霧峰様からの貸与品です。私がこの場で言うのは気が引けますが、本当に緊急の場合は自分の身は自分で守れ、だそうです」


 袋に手が届く前に、田中さんがそれを取って私に渡してくれる。

 袋ごしではあったけれど手にずしりと来るそれは、明らかにいつも授業で使っているプラスチック製ではなく金属のような材質だと思われた。


「実物です。路上でむやみに晒すと、銃刀法違反で捕まる可能性もあるので晒すのはやむを得ない時のみにして下さい」


 握る手に力が入り、袋にしわが寄る。


「万一そんな状況が来ないようにするのが私達の役目です。お嬢様はここでお待ち下さい。私以外にも優秀な警護要員は残っているので、基本的には安全なはずです」


 一応、返事は「はい」とだけ返したものの、何かがおかしかった。


 と言うか、この状況全てがおかしいと言ってもいい。


”龍神教の襲撃でしょうね。何をするかは知らないけれど、予定を一日早めたといった所かしら?”


(本当にそれだけなんですか?)


”……”


 イナンナ様との会話を認知出来ない田中さんは、それを構う事なく話を続ける。


「ああ、ちなみに、私がこれから向かうのは小さいお嬢様の入院している病院のあるエリアです。今の所無事だと連絡は受けていますが、近くで怪しい動きがあるとの事ですので、そちらの鎮静化と小さいお嬢様の確保が主任務です」


 任務の内容って私へ言う必要はないのと思うのだけれど、多分田中さんは私へ気遣ったのだろう。

 私は私が彼に何か言ったところで、事態は変わらない事を既に学んでいた。


「りるちゃんの事、よろしくお願いします」


 はっきりとそれを告げた後で、私は片手ずつに貰ったものを持つ。


 お互い暗い表情のまま、顔を合わせて頷く。

 おそらくはお互いの意思が全く違う方向なのだろうと思うけれど、表向きだけでも意思を共有する。


 その後、田中さんは他の二人の警備員らしき人達と合流してから非常階段の方に向かっていった。

 私は彼が非常階段の扉を閉めるまでずっと見続ける。

 非常階段が閉まる最後の瞬間に彼と目が合い、口が少し動くのが見えた。


 それが、「ご無事で」に見えたのは多分気のせいじゃないんだろう。

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