5-8 学校の終わりに

 下校までの間に、私と夜野さんが二人で話せる時間はほとんどなかった。

 ようやく話ができたのは下校前のホームルームが終わってから。


「今日から送迎ってあの身なりの堅い方がされるのよね?」


 コートを取りに行ったところで、夜野さんが周囲に気遣いながら話しかけてくる。


「うん。多分、もう校門のところにいると思う」

「そう。状況的が状況だし、仕方ないわね」

「ごめんね夜野さん……」


 会話はお互いにコートを羽織り、帰り支度をしながらだった。


「ううん、気にしないで。

 私の方はちょっと気になるし、今週はこのまま水代先生の方を手伝ってみるわ。学友が戻らないのは嫌ですもの。

 それに、もしかしたら稲月さんのお父様の方の話も分かるかもしれないから」


 それを聞いた私はすぐに彼女の顔を振り向く。


 一瞬遅れてそれに気づいた夜野さんが私に視線を合わせる。

 ちょっとだけキョトンとした顔から、くすっと彼女は笑った。


「学校よ、稲月さん」


 それだけ言った後、私のおでこを指で押して彼女は距離を取る。


「気にしてくれてありがとう、稲月さん。でも大丈夫よ。危ない真似は絶対にしないから、安心して。それに先生がいるから平気よ?」

「絶対よ?」

「ええ、約束するわ」


 夜野さんの事を心配する私をよそに、約束すると言った彼女の笑顔は相変わらず綺麗で、それは私だけに向けられていた。



* * * * * * * * * *



 どこかのお嬢様みたいだよねこれ……

 そんな事を思いながら、夜野さんと別れた私は校門で待ち構えていた黒塗りの車にしずしずと乗り込んだ。


 扉は田中さんに閉めてもらった上で、発進した車はゆっくりと帰路についていく。


 正面から見える景色は今朝よりも車通りがやや少なく見える。今朝はちょっと疲れてしまってあまり景色を見る余裕はなかったけれど、いざ見えるとなるとちょっと大きめのワゴンとか、反対車線を通り過ぎる大型トレーラーに必要以上に警戒心を覚える私がいた。

 

「学校、どうでしたか?」


「はっ? あ、いえ。特にこれと言ったことはなかったです」


 外に集中しすぎていて、田中さんの声に返事を返すのが遅れてしまった。


「そうですか」


 そんな私の返事にも、田中さんの返答は何も変わらない。って、何か最近変化があるかないかで先を予測するようになっている気がしなくもない。

 そこまで考えたところで、彼がバックミラー越しにこちらを見ていることに気づく。


 そして、その目が真剣なことにも。


 彼の口調はいつもの真面目なままだった。淡々と事実のみを伝えるようにその口を開く。


「申し訳ありませんが、この送迎も今日で終了です。今週一杯は学校を休むようにとの霧峰様からの指示がありました。

 状況は予想以上に悪化しているそうです」


 彼の目を見た時点でなんとなく想像がついてはいた話だけれど、やっぱりかという思いが広がる。

 でもこの話に異論を挟む余地は私にはない。


「今週の間は昨日と同じようにホテルで軟禁されるものと思ってください。何かあれば私の方でサポート致します」

「はい」


 はっきりと出てきた軟禁と言う言葉に顔をしかめながら頷いた後で、私は一つ質問をした。

 異論を挟む余地は無くても、聞くことはできる。


「それで、悪化しているって話ですけれど、今の状況ってどうなってるんですか?」


 返ってきた言葉は想定内のそれだった。


「……それを私が言えると思いますか?」


 暗に言えないとばかりの返答。

 それであれば、私はやれることは一つだけ。


「田中さんの口から言えないのであれば、」

「いえ、今回はお嬢様が直接問いただすと言うようであれば、情報を全て渡していいと言われています」


 私の言いたいことは既に予期されていたようで、私の言い始めた言葉は途中で田中さんに奪い取られた。


 相変わらずと言うかなんというか、こうも予測されているとさすがに少し苛立ちを覚えるけれど。


「じゃぁ、教えてください」


 それに対して私は憮然として言うしかなかった。


「と言っても、私は魔術師ではないので完全にはわかるわけではないのですが。どうも魔力の集まり方が尋常ではないらしく、何かが起こる前兆があるそうです。その何かを探すために関係各所に連絡を取ったり、文献を必死になって漁っていたのがここに来る直前ですね。

 後はもう一つ、今の所懸念されていた人型兵器の方は確認されていないそうです。こちらは私の方から霧峰様に報告したのですが、最初に話した方に気を取られていたようで優先度は低そうでしたね」


 魔力の集まり方……? 私にもそれはわからなかった。後者の人型兵器の方は多分いい事なんだろうけれど。

 今私にできるのは一つだけ。まずは彼女に確認する。


(イナンナ様?)


”ええ、あとで”


 反応は当然ながら迅速で、私はそれに頷いた。


「手持ちの情報は以上です」


 私の動きに反応したのか、田中さんが言葉を閉める。


「……ありがとうございます」


 としか言えなかった。それ以上聞けることはなかったし、多分聞いても返答はなかったと思うから。


 そのあとは二人ともずっと無言だった。

 ホテルに戻ってからも静かな状態が続き、田中さんのエスコートで部屋まで案内されたところで、最後に思い出したように田中さんが声を掛けて来た。


「そうそう、お嬢様」

「なんですか?」

「お食事の件ですが、煩わしいとは思いますが、朝昼晩こちらの方で選ばせて頂く事に致しました。

 昨日の夜何もお召し上がりにならなかった様ですので、余計な事を気にして頂かないで食べて頂くための手段です。

 申し訳ありませんが、ご了承ください」


 言ってから頭を軽く下げる田中さん。

 その姿を見てちょっとだけ苛立つ気持ちが浮かぶ。でも、それの対象は田中さんにではなかった。

 田中さんはどちらかと言うと、間に入ってる人なんだろうって私はもうわかっているから。


 昨日何も食べなかったわけじゃないんだけれどな、と思ったところでふと気づく。

 どうせなら色々お願いした方が田中さんにはいいんじゃないかなって。

 その方が私を見張っている霧峰さんにも余計な心配かけないしね。


「わかりました。それは良いのですが、三つほど追加でお願いできますか?」


 そう言った私の言葉はきっと正解だった。

 顔を上げた田中さんは、「伺います」と言ってから即座に手帳を胸から取り出す。


「部屋の中にお茶、ええと、日本茶を中心で美味しいもの揃えて下さい。これが一つ目」


 彼は私の言葉をサラサラとメモしていく。


「二つ目は食事なんですけれど、和食中心にお願いします。あと、朝ご飯は納豆つけて下さい。

 三つめは、昨日のクッキーバー。あれも出来れば沢山下さい。意外と美味しかったんで」


 うん、私にしては頑張ったつもりだった。


「了解です。後ほど夕食と一緒に軍用糧食クッキーの方、箱でお持ちしますね」


 ……箱?

 一箱だけか……と思ってこの時は気落ちしていたのだけれど、クッキーバーがみっちり詰まった段ボールが一箱来て驚いたのは後の話。


 ルームサービスの夕食も、贅沢な和食を期待していたのだけれど、意外や意外というか私の趣向に合った一汁三菜の質素なものだった。

 お風呂に入って、歯も磨いて、寝る前の準備をしてからいつものベッドのポジションに移る。


 どうせ明日は休みなんだし、今日は少しぐらい夜更かししようっと。


 少しでも空元気を出しながら彼女に声を掛け、私たちは楽しめない夜を始めた。

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