5-7 物事の余波

『おはようございます。2月18日、月曜日、朝8時のニュースです』


 車載ラジオはいつも通りのニュースを伝える。


「お嬢様、三時半には校門の前でお待ちしておりますので、授業が終わり次第すぐに帰るようにお願いします」


 そう言った運転手の田中さんもいつも通り。

 一昨日の夜に霧峰さんが決めた通り、今日の私は田中さんの送りで学校に向かっていた。

 

 窓から外を眺めながら、後部座席で一息つく。

 まだ朝の時間帯なのに、日が明けてから登校するまでの間に色々とせわしなかったから、ちょっとだけ疲れていた。


 どうやって知ったのか、いつも通りに起きてご飯を食べに行こうかと思ったタイミングで、田中さんが朝ご飯を持ってきてくれたのから始まって、気を使って食べた朝食後には危険時の連絡方法とかの短い講習を受けることになったりとか、出かける前には新品のコートを渡されたりとか、うん、色々と。


 まぁ、前のコートは銃痕と血で酷いことになっていたから、それはありがたいのだけれどもね。


 ちなみに、今着ているこの新しいコートは見た目は今までと全く変わらないけれど、防弾繊維とかを裏地に貼っているものらしい。

 もし何かあっても、重傷がそれなりの怪我でおさまるぐらいの防御力は期待できる、と田中さんは言っていたけれど……どうなんだろうこれ?


「大丈夫ですか?」


「あ、はい」


 返事がなかった私をバックミラー越しに確認する田中さん。


「不便を感じるのはわかりますが、霧峰様も心配なされているのです。くれぐれもその事をお忘れなく」


「……はい」


 身から出た錆とは言え、ちょっとだけ気持ちは引っかかる。


「ああ、昨日のことに関しては、忘れて頂いて結構です」


 そして、気持ちが引っかかっているのは田中さんも一緒みたいだった。別の方向ではあるのだけれど。


「わかりました」


 と、ミラー越しに頷き返したのだけれど、ちょっとだけ目が合った後ですぐに彼は運転に戻ってしまう。

 しかたなくではないけれど、私も窓の方を向き外を眺める。

 朝の道路は通勤ラッシュなのか車どおりが多くて、所々に箒の影も落ちていた。


(この景色は何も変わらないんですよね……)


 ぼんやりと呟くそれは頭の中で、イナンナ様に向けてだけで。


”何も変わらないわ。知るか、知らないかの問題だけよ”


 彼女もそれに物憂げに答えていた。



* * * * * * * * * *



「おはよう、稲月さん。土曜日ちゃんと帰れた?」


 学校についてから、夜野さんと出会って一言目がこれだった。

 

「え、うん……」


 籠った返事を返しながら、すぐさまイナンナ様に確認をする。


(この反応、もしかしたら夜野さんって、土曜の夜の事件を知らない可能性ありますよね?)


”そんな気はするわね。調べてあげようか?”


 体のどこかで魔力が出たがっている感覚が沸き起こる。


(あ、いやそこまでは大丈夫です)


 すぐにイナンナ様の提案は断った。もし出来たとしても、親友に変な事したくないってのが本音なわけで。

 その代わりにだけれど、私は不自然にならないように表情を取り繕ってから切り返すことにした。


「大丈夫だったよ。夜野さんの方は?」


「私? あの後は店じまいの手伝いよ。夜遅かったから、昨日の朝になって先生に電話で報告はしたけれど、それ以外はずっと店の手伝いばっかり」


 怪しまれはしなかったみたいで、疲れたとばかりに肩をすくめる矢野さん。


 これはおそらく、土曜の夜の事は彼女にバレていない。

 ちょっとだけその点は安心する。あんなことがあった以上、これ以上夜野さんを巻き込みたくはないし。


「稲月さんの方でも連絡はしたんでしょ? そっちはどうだったの?」

「う、うん……」


 だから、これに関しては、私は素直に話すことにした。

 と言っても、私は神降ろしにあった重要人物だから、危ない事に巻き込まれないようにしばらくは送迎が付くって話ぐらいに留めておいて。

 暗に私はもう自由に動けないと言う事を彼女に伝える。


「じゃぁ、龍神教ってやっぱり稲月さんのお父さんの……?」


 と、きわどい話は小声で確かめに来る夜野さん。


「それは……わからなかったの」


 ごめんね。と心の中で思いながら、初めて私は夜野さんに嘘をついた。

 ちょっとした懺悔の気持ちを汲んでくれたのか、夜野さんは「そう……」と言ったきり追及はしてこなかった。



 午前中の授業は滞りなく過ぎていく。

 気になったのは、朝倉さんがまだ風邪が治っていないらしくて休んでいる事と、下田さんがいない事、あと数人体調不良で休みがいる事ぐらいだった。


「夜野さん、学級閉鎖って何人休んでたらだっけ?」

「大体一クラスに10人以上は休んでないとダメなはずね。今日は多いけれど冬だし仕方ないんじゃないかしら?」

「インフルエンザの季節……と言えばそうかもね」


 休み時間にそんな会話をするけれど、お互いに目配せをして、もしかしたらの別の可能性があることを確認する。

 そして、事実の確認をするタイミングはお昼休みにやってきたのでした。



* * * * * * * * * *


 いつも通りの視聴覚準備室で私と夜野さん、そして水代先生で静かにパンを食べる。


 ……食べるはずが、焼きそばパンを手にした先生は、あきらかに暗く沈んでいた。

 勢いもなく惰性でゆっくりとパンを咀嚼し、食べ終わるやいなや、ため息をつきながら懐をまさぐって煙草を探す。


「……あの、先生?」


 たまらず声を掛けたのは私だった。


「ん? ああ。すまん」


 もうちょっとで煙草に火が付くところで、先生は動きを止めた。


「随分とお疲れのようですけれど、どうされたんですか?」


 と夜野さんも心配して声を掛ける。


「どうもこうも。どうもこうも」


 火をつけてもいない煙草を近くにあった灰皿に押し付けてから、先生は「絶対他言無用だぞ」と前置きしてからゆっくり口を開いた。


「例の新興宗教の件な。教頭先生をトップにして俺ともう一人の先生で受け持っていたんだ。

 昨日の朝に夜野から連絡を受けた時に俺も驚いたけれど、実はな、同じことを学校側でもやっていたんだよ。

 土曜の宗教イベントに潜入調査だ。

 例のデモンストレーションの時に教頭先生がいただろう? あれはこっちの調査も兼ねてたってわけだ。出来るだけ中に入り込んで帰らない生徒の情報が無いか調べようってな」


 私と夜野さんは顔を見合わせる。

 そう言う事だったんだってお互いに確認ししてから続きを促した。


「その日の夜にすぐに電話が来てな。教頭先生はやや興奮していたよ。力は本物だったって言って。

 で、肝心の生徒の姿は見つからなかったから、もう少し調べてみるって話だった。

 その後も、夜野から電話があったこともあって、日曜、昨日の昼にも電話したんだ。教頭先生だけじゃなくて情報交換でもう一人の先生にもさ。

 その時も二人とも何も変わらなかった」


 ……変わらなかった。

 何も変わらなかった。


 否が応でもそれは続きの言葉の予想がついてしまう。


「今朝になって学校に来てみたら、二人とも休みだよ!

 職員朝礼の時にも来ないし、連絡もなしで無断欠勤と来たら……頭抱えるしかないだろう」


 そこまで言ってから、先生はようやく自分が煙草を一本無駄にしたことに気づいたらしくて、葉っぱのほとんど残っていないフィルターだけ持ち上げてからやっぱり灰皿に捨てる。


「今や全権俺に来てるし、今日の放課後は俺主導で職員会議だ。

 ミイラ取りがミイラに捕まってそうな現状だし、この先どう対応すればいいかそれまでに考えないとダメだなんだ。

 もうどうしようか考えてたら頭が痛いったらありゃしないぞ……」


 義手の方で頭を掻きむりながらそう話をした後で、先生は窮状を訴えるような顔で私たちの方を見据えた。


「何はともあれ、お前たちだけでも無事に学校に来てくれてよかった。

 お前らまで何かあったら、本当にどうしょうもなくなる所だったからな。

 特に稲月は気を付けてくれ。お前の身もそうだが、もし何かあったら俺の首も一緒に飛ぶからな」


 その言葉に頷きながら私は考える。

 こうやって失踪する人が増えてくんだって現状と、先生切羽詰まりすぎて、最後夜野さんの事全然気にしてなかったなぁって……

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