5-5 組み合わせの産物
「はぁ……失敗したなぁ」
自室に戻ってからすぐにベッドの上に倒れこんだ後、枕に顔を押し付けながらいつも通りの独り言モードに入る。
”このぐらい、よくある事なんでしょ?”
そんな心ない返事には、(そんなには無いですよ)とだけ返しておく。
酒が入っていたとはいえ、田中さんがあんなに感情的になるとは意外だった。
イナンナ様といい、静かに見えても意外とみんな感情的なところがあるのかもしれない。
”私は感情的になんてならないわよ。普段はね”
(ですよね)
相槌は軽かったけれど、流したわけではなく、それはイナンナ様の言葉を信じているからだった。私は何と言うか、今はもうなんとなくわかるからね。
お互いの沈黙を暗黙の了解ととった私は、くるんと寝返りを打ち、上を向く。もぞもぞと横に動いてから、ベッドの真ん中に体の位置を揃える。
このポジションなら手も足も投げ出しても大丈夫だし、うん、集中するにもいい。
普段ならあんな事やっちゃったら一日ぐらい引きずりそうなものだけれど、今日の私は一味違った。
と言うのも、さっきの話の中で一つの疑問が浮かび、それはずっと私の頭の中で渦巻いて他の考えや気持ちを外に追いやってしてしまっていた。
聞かなければいけない。多分答えは持っているだろうし。
(イナンナ様?)
目を閉じて私は彼女に尋ねる。
”どうしたの?”
(一つ質問なんですが)
”何?”
(
この話は、今日の今思い浮かんだ事ではなかった。
以前から時折考えた事があったのだけれど、今まではそれが疑問として成立するものではなかった。断片的過ぎて、疑問として繋がることは一度としてなかったから。
でも、今の私には、いくつかの断片が奇妙な符号として重なった結果、一つの疑問になっていた。
挙げるに、私や夜野さんのような後天性の魔術師が増えたのが、大体15年前からと言う事がまず一つ。
夜野さんのお父さんが死んだのも15年前。
田中さんの家族が失踪したのも同じく15年前。
お父さんから話にしか聞かされていない、私の胴回りを一周する傷がついたのも私が2歳の時。今は17歳だからやっぱりこれも15年前。
そして、イナンナ様が最初に私に月日を尋ねた時に言った言葉も、同じく15年前を指していた……と思う。
後天性の魔術師が増えた奇跡の世代と言う単語と、私の傷跡の話をつなげて考えた事は今までもあった。でも、それは2つの出来事を憶測で繋げただけで、疑問ではなかった。
今は違う。出来事が四つ、それに加えてイナンナ様の言葉が組み合わさった事で、私の中に疑問としてそれは芽生える。
何かこれは関係しているんじゃないかって。
そして、すぐに返らないイナンナ様の返答で、繋がっていたのだろうと私の中で補強されていった。
”ええ、そんなに構えなくてもいいわ”
とイナンナ様はやや困っている声で言う。
”大したことはないわ。それに説明は出来るのよ。
ただ、これも人間に言っても得にならない事だし、聞いても気分を害する事だと思ってね。言うべきか迷っているのよ”
(大丈夫ですよ、何があっても耐えますんで)
そう言った私に、”事実だけれど、しっかり受け止めてね?”と前置きしたうえで、イナンナ様は話し出した。
”
止める……?
”中の時間を止めるといった方が正しいけれど、大体はマルドゥクお父様の都合で手を入れるときにとかね。
もちろん、
……確かにそれはあまりいい気のしない、ともすれば吐き気のしそうな話だった。
私たちは神によって支配されている、と暗に言っていたのだから。
でも、私にはすでに耐性がついていたようで、そのぐらいなら特に平気だった。
”それでね? 今回も
私は色々用意してから降りてきたからこの時間になったってだけの事よ。これは、それ以上でもそれ以下でもないわ”
イナンナ様が屈託なく話すそれは、真実を語っているようにしか聞こえないのだけれど。
”ええ、本当の話よ。あなたも私が時間差で降りてきたの見たでしょ?
それに失踪云々の所だけれど、おそらくはマルドゥクお父様の対処の影響だと思うわ。
さっきも言ったけれど、何か手を入れたのだと思う。それが何かまではわからないのだけれどね”
(それって、イナンナ様は本当だと確信して言えますか? 何か忘れているとかではなくて?)
私には何か別の理由があるのではないかと言う直感があった。そして、イナンナ様がそれに答えられないだろうと言う事も。
”私の自我を揺すぶるとは、いい心構えね、ナナエ”
その声は、初めて聴く冷たさだった。
強い苛立ちの感情と共に発せられた凍てつく雰囲気は、氷がゆっくり解けていくようにして平静に戻っていく。
私はそれに動じることなく、イナンナ様の次の言葉を待っていた。
”でもね、私にその質問は答えられないわ。
何かがあったかもしれないし、それは私が忘れていることかもしれない。でも今それを私に聞いたところで答えは出ないのだし、私は今の記憶に従って、いつも通りのマルドゥクお父様の仕業だと信じるわ”
苛立ちも悲嘆もなく、その言葉にはいつも通りの自信にあふれた彼女の言葉だった。
(そうですか)
ふぅとため息をついてから私は体を伸ばした。
やっぱり寝っ転がる姿勢はいい。こうやって気を抜くこともできるしね。
ちょっとだけリラックスした後、今度は私が気を引き締めて言う番だった。
(私は、何かがあったんじゃないかと思っています)
”そう?”
(もしかしたらそれは、イナンナ様の言う通り、大神マルドゥク様の采配による事かもしれませんが、もしかしたら違うかもしれない。
そして、もし、それが違うのであれば、その出来事はイナンナ様の忘れている事に繋がるかもしれない、そう思っているんです)
”そう”
二回目の反応は、同じでもちょっと違った。
そして、その気持ちは続いた言葉に込められていた。
”ナナエがそう思うなら、何か見つけてみて? 私の為にね”
心の中で伝わるように頷く。
ああもう、こんな時に私のカンが当たればいいのになぁ……
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