4-19 かみの話

「ご来場の皆様、只今、私どもの方に、悩みを解決して欲しいという方がいらっしゃいました」


 司会のその声に、何とも言えない雰囲気を一瞬で吹き飛ばされてしまった私と夜野さんは同時にステージに振り向いた。


「あれって……」

「もしかして?」


 ステージ上に上がった人を見た私達は、同時に声を漏らす。


 見間違えではないと思う。

 その人はカツラで有名な、うちの学校の教頭先生だった。


「ななえ、知ってる人?」


 と、私を見上げて聞くりるちゃん。


「うん。多分、うちの学校の偉い人よ」

「偉い? カズオミみたいな?」

「うーん。うん、そうね。そんな感じの人」


 ちゃんと確認を取りたくて、ステージとりるちゃんを交互に見ながらそう答える。

 何度見ても見間違えではなさそうだった。


 どうしてこんな所に教頭先生が? と疑問は浮かんで来るも、それを深く考える前に、

「これからどうなるの?」

 と、りるちゃんは屈託なく次の質問を出してくる。


 あー、えーと……答えに困った。


 答えがわかっていたとして、それを素直に言っていいのかも迷うところだけれど、そもそもどうなるか私にもわからない。


「ええ、それをこれから見るのよ? どうなるのかちゃんと見てみましょ?」


 考えて口ごもっていた私を置いて、夜野さんは助け舟を出してくれた。


「うん。わかった!」


 良いのか悪いのか、りるちゃんは大人しくステージの方を向く。

 その様子を見た後、私と夜野さんは一度だけ視線を合わせてから、同じくステージに集中した。


「さて、こちらのお方ですが、本人のご要望で詳細は伏せさせて頂きますが、実はさる有名な公共機関に勤める方だそうです」


 と、司会に紹介されて、多分、教頭先生だと思われる人はステージの中央に立たされていた。


「そして、今回のご要望は非常に切実なものでした。特に男性ならば少なくない人数の人が懸念する事項です。

 彼は勇気を出して我々に助けを求めました。

 男性の恥を晒す! 本当にそれは勇気のある事だと思います。

 そして、我々は彼の勇気に答えたいと思っています」


 司会がそう話した後、ステージ中央に立たされた男の人は出された椅子に座った後で、頭に両手をやり、そのままつけていたカツラを外した。

 つるつるとした頭頂部があらわになるとともに、私と夜野さんは彼がうちの学校の教頭先生であると確信する。


「確定ね」

「うん」


 声に出すまでも無かったけれど、夜野さんのそれに私も肯定を返す。

 そして、私の頭では先にこれからやろうとしている事に関しての想像を膨らませていた。


 と言うか、本当に? そんな事できるの? と言う答えが先に来たのだけれど。


「ご覧の通り、彼は、その……なんですな。直接的に表現するのもなんですが、薄毛に悩んでいたのです」


 と、オブラートに包んで司会が説明をしている。


「ご存知の方はいらっしゃるかと思いますが、薄毛などの問題は、髪の毛を生成する部分が正常な毛を生やす機能を失っている為、魔法での治療は非常に難しいものとされてきました」


 そう、完全な再生治療とか、非常に高度な魔法、もしくは神魔法の類でないとハゲは治らない。と言うか、そこまでして費用と時間をかけても、治るかどうかはそれこそ神のみぞ知るという所だった。髪の話だけれど。


「ありえない……けれど」

「けれど、これではっきりするわね。本物かペテンかは」


 と、どちらが先に言ったものではないけれど、お互いでお互いの言を纏める。

 教頭先生の狙いも、自分の恥を犠牲にするものだったけれど、真かペテンかを見抜く絶妙手だと私は感心していた。


「我々は龍神様の手を借りて、彼の頭に黒々とした毛を復活させようと思います」


 堂々とした司会の説明の後で、観客から起こる失笑と、隠れ聞こえるような息を呑む音が会場に広まる。

 普通の人は失笑でしかないだろうと思う。髪の毛が生えるだけなのだから。

 でも、魔術師からすると、それは、それこそ神の御業の領域だった。


 完全な再生? しかも、あんな簡単な手順だけで?


 ありえない。


 でも、ありえないからこそ、イナンナ様が反応した理由になる。


「既に彼は契約書の方にサインしてあります。

 この度の代価は、この場に出て恥をさらして頂く事で支払って頂いています。

 ですので、契約書の方は、万が一失敗した際の我々から支払う事になる保証分に関してのみとなっております」


 彼らの言ってることは、筋は通っているけれどめちゃくちゃだった。

 それは、失敗するなんてみじんも思っていないからこそ出る言葉なわけで、契約書なんて本来は治療に対する対価を取る為の物なのに。

 それが全く逆ってのは、私からするとありえない、としか言えない。


 そして、そんな私の混乱をよそに、司会の人はここぞとばかりに声をあげ、このありえない儀式を終着へと誘った。


「それでは皆様、刮目してご覧下さい! 龍神様の奇跡を!」


 後ろのスクリーンにわざとらしく、座った教頭先生の禿げた頭と司会の人が映し出される。

 それから起きた事は、一滴の赤い液体を禿げた頭頂部に垂らすだけだった。


 たった一滴の赤い液体がそれとわかる様に頭頂部から頭皮全体に、アメーバが這うような伸び方でじわじわと広がっていく様子だけは確かに奇妙だった。

 でも、おかしいと思ったのはそれだけだった。

 赤色を薄く残しながら頭皮に伸びきったそれは、次第に色が消えていく。


 色が消えた瞬間は、何も発光もしなかった。

 その後も皮膚が微動したり、生体反応として何か変わったものがあったわけではなかった。


 ただ、すぐに気付いたのは、脂でテカる肌色の頭頂にうっすらと滲む黒い色だった。

 液体が広がったのと同じような形で、黒い液体を頭に流したのかと思うような色具合で、それは次第に広がっていく。

 色はやがて立体的に見えるようになり、気づいた時にはそれは五分刈りよりちょっと長い所まで生えて来ていた。


「うそ……!? 毛が……生えた……?」

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