4-17 龍神教の実演
私は正直なところ、イナンナ様に何がどうなっているのか今の状況を聞きたくはあった。
ずっと無言ではいるのだが、どうにも苛立っているらしく、無言の圧力が酷いのだ。
なんというか、私からすると、ずっと頭の中で何か硬いものを押し付けられている感覚が続いている。
「何あれ?」
と、最初に口を開いたのはりるちゃんだった。
「なんだろう……ね?」
全く応えにならない私の返事と、
「何だっていうのよあれ……」
それを重ねる夜野さん。
結局私達は誰も見たものを理解できず、それは周りの人も同じようだった。
映像の投影なのか、個体の生成なのか、形の形成なのか、術式はどうだこうだと専門的な話をしている人は……正直な所ほとんどいなかった。
来ている人の半分以上は一般人の様で、ただただその状況に驚いているだけのようだった。
人混みの中で見分ける事は難しいけれど、考え込む様にじっとしている人とか、他の人と熱く議論を交わしている人が魔法使える人なのかな……?
そして、皆の驚きが覚めぬままに、司会者は話を続けていく。
「さて、創始者より龍神教の成り立ちをご説明頂いた所で、これより実演に移りたいと思います」
この一言で、観衆のざわめきがまたすっと引いた。
「実は、午前中の部では、ご来場になられた皆様の中からボランティアを募りまして、その時に名乗り出て頂いた方をその場で治療致しました。
その方に許可を頂いていますので、まずは午前中の治療のシーンを見て頂きましょう」
流石に二度目の立体的な魔法はなかったけれど、スクリーンにはそれなりにショッキングな映像が流れる。
「名前は伏せさせて頂きますが、この方は過去に交通事故に合い、一命は取り留めたものの長年寝たきりになっていました」
スクリーンに映っていたのは、この場と同じ会場で、ステージに上がっているストレッチャーとそこに寝たきりで生命維持装置らしき機械をつけたままの男性だった。
何を考えているのか、カメラは機械だけではなく、酸素マスクを被った虚ろな男性の表情も写していく。
「彼は意識はあるものの体は全く動かせない状態で、生きる為には生命維持装置が必須でした」
その説明の後で写されたスクリーン上では、付き添いらしき家族が何かにサインをしていた。
「ええ、このサインは契約書と言うよりは、
成功したら、金銭の授受を要求致しません。代わりに龍神様に祈りを捧げて下さい。
何か不都合がありましたら、その場合は訴えて頂いて構いません。
その様な事が書いてあります」
その言葉は信者の方に一方的に利がありすぎて、私は何か抜け穴が無いかと勘ぐってしまう。
「これから……ええ、契約書が交わされた後に、私がこれを使ったのです」
司会の人が懐から取り出したのは、赤い液体の入った小瓶のような物だった。
「賢明な皆さまの幾人かは、既にこれが何か察しましたね?」
賢明ではないけれど、私もそれは何かを察する。
龍の血、賢者の石、聖遺物、なんて説明された液体だ。多分。
途端に、ギリギリと頭を押さえつけられるような鈍い痛みが続き、イナンナ様が私の考えを無言で肯定する。
(イナンナ様、頭痛いです!!)
そんな事を考えてもイナンナ様からは全く返事が無く、鈍い痛みはやや強くなるばかり。
(イナンナ様、落ち着いてください! 私が変な挙動するとバレるんじゃないんですか!)
その一言、一思考でようやく痛みは収まる。
痛む頭を押さえたい所はやまやまだったけれど、今起きる状況から目を背ける事だけは出来ないと強く感じる。
深い事情は今はわからない。
でも、これは何かある。
しかも、イナンナ様絡みの。
イナンナ様に垂れ流しになっているのを承知で、私は思考を巡らす。
もしかして、イナンナ様の目的と私の目的って……?
そこまで考えた瞬間、私の視界が歪んだ。
単純に頭を殴られたような衝撃があった。
「ななえ、大丈夫?」
「あ、うん。ちょっと立ち眩みしただけ」
ふらついた所を見られていたらしく、心配そうな顔を向けてくるりるちゃんに当たり障りのない弁明をする。
「何か感じたりしたの?」
「ううん、ホントにただの立ち眩みよ」
こちらを見る夜野さんにも同じくそう返す。
私にはもうわかっていた、これは完全にイナンナ様からの警告……なのか、その類の事だって事は。
「平気平気。それよりも、ちゃんと集中して見ないと」
と、二人を促す事で私から注意を逸らさせる。
それと同時に、優先度を考えると今大事なのはイナンナ様よりもこの龍神教の事だよねと思考する。
龍神教を知る事。そして、それよりも重要なのはこの場から安全に帰る事。
目的を明確に考え直す事で、未だに少し残る頭痛を頭の隅に追いやっていく。
イナンナ様を追及するのは後にしよう。
今はこの状況に集中しないと。
なんて事を考えている間に、重要そうな部分は既に終わってしまっていた。
と言うか、スクリーン上でやっていたことは、ただ単にその赤い液体を数滴垂らしただけだった。
直後、発光も何も起こらないまま、すぐに重傷人だったはずの彼が立ち上がったのだった。
「ええ、このようにちょっとこの神の血を垂らすだけで、たちどころに彼の状態は快復致しました!
それでは、本日めでたく全快した、この方に登場してもらいましょう!」
……傍目には、それはとてもとてもうさん臭かった。
ステージの端から登って来たのは確かにスクリーンに映っていた重傷人だった人で、今は元気にピンピンしている。
そんな彼の口から今までの状況がどんな感じで、本当に一瞬で治ってしまったんです! なんて言われても、うさん臭さが先に来て信じられるものではなかった。
こんなネタ、私でもすぐに気づく。
元気な人をサクラとして用意しておいて、それなりな機械を揃えて重傷人のフリをしておけばいいんだから。
魔法の液体をフリフリしてから起き上がれば魔法の完成だ。
うん、本当にこんな流れなら三文芝居もいい所。
でも、私はそこに違和感を感じていた。どう見てもうさん臭いのに何かが引っかかる。
もし、もしだけれど、私が魔力を感じられるようにしたらわかるのではないか、そんな気がしてならない。
……魔力を感じる?
おかしい?
……?
そう、おかしい。
ようやく私は一つだけ気になる事を見つけた。
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