4-11 みんなでうどん
時計の針が七時に近くなったところで、予定通りとばかりに田中さんが車でりるちゃんを連れて来た。
一緒に夕食でもと誘ってみたものの、仕事が残っているらしく丁寧に辞退した後、帰りの予定だけ確認して彼は車で戻って行った。
「随分と礼儀正しい方なのね?」
「うん、普段は偉い人の秘書とかボディーガードとかやってるみたい」
「稲月さんの周りってすごい人多そうね」
「私の……というよりはお父さんの周りかな」
お父さんのと言う単語の後、夜野さんは静かになる。
「ああ、うん。気にしないで。あ、今日も九時過ぎには帰るね。歩きで帰るつもりだからあんまり遅くしたくないし」
「大丈夫なの?」
「うん、道はもう覚えたし、そんなに遠くないからね」
そんな会話をしているうちに、私達の前に特製うどんが到着した。
相変わらずのきつねうどんが夜野さん。
ゆで上げうどんと天ぷらセットが私。
りるちゃんは普通のうどんに、一つ一つは小さいけれど色々な天ぷらを盛り付けした天ぷらうどんだった。
「本当にいいのこれ?」
「いいのよ、気にしないで」
私が頼んだのはつけ汁で食べる普通のゆで上げうどんだったのだけれど、注文していないはずの豪華な天ぷらがそこにはあった。
「いっただっきまーす」
珍しく大きな声でいただきますを言ったりるちゃんが、待ちきれないとばかりに大量の天ぷらに取り掛かる。
小食の大人なら間違いなく残すような量だったけれども、最近の私はりるちゃんが体に全くに合わず沢山食べると言う事を承知していた。
「さ、私達も食べましょ。伸びないうちにね」
そう言った夜野さんもうどんを食べ始める。
今のゴタゴタ終わったら何か夜野さんにもお返ししないとなぁ。
そう思いながら私も一息遅れてうどんを食べ始めた。
ゆで上げうどんは汁に浸かっていない分、いつもの麺よりシコシコとした歯ごたえが強い。そして、つけ汁もそれに負けないよう作られた濃い味となっていて、程よくバランスが取れている。
汁の出汁がいつもより濃い味に感じるのがなかなか素敵だった。家で作った時はこんなに濃い出汁なんてもったいなくて作ったことが無いし。
天ぷら自体もサクサクしていて美味しかったけれど、共用して使ったつけ汁に油が落ちる事でその後の汁がまた絶妙になるところが素晴らしかった。
相変わらずりるちゃんは食べるのが早く、今回は食べ始めも早かったせいもあって、私が2/3ぐらい食べた所で既に完食していた。
「りるちゃん、私のうどん少し食べる?」
「うーん、大丈夫! ななえはちゃんと食べてください! ちゃんと食べて元気になって!」
と、それを聞いた夜野さんがプッと吹き出す。
「夜野さん!」
「ごめんごめん、稲月さん。どうもあなたの方が子供みたいだったから」
軽く笑われたところで、りるちゃんがニコニコしながら続ける。
「ななえはまだ子供だよ! だってこの前りるのところで……」
あっ! りるちゃんそれはダメ!
「りるちゃん!」
ちょっと声が大きかったか、みんなの目が私に集中する。
「それは二人だけの秘密、しーっ」
指を立ててしーっとすると、素直なりるちゃんはそれを真似して「しーっ」としてくれたのでした。
「最近姉妹になったという割には、随分と仲が良いのね」
優しい笑顔で私たちの方を見ている夜野さん。
ツッコミが入るかと思ったけれど、そんな事も無くて一安心。
そう気を緩めた所に、夜野さんはりるちゃんに対して声を掛ける。
「りるちゃん? 奈苗さんはね、一人でいると危なっかしいから、りるちゃんがちゃんと守ってあげてね?」
「わかった! ななえはりるが守る!」
胸を張って答えるりるちゃんの隣で、それを聞いた私は咽って死にそうになっていた。
そして、楽しかった(?)食事の時間も過ぎ、帰る間際となった所でちょっとした事件が起きた。
「じゃあまた明日ね」
「うん、9時に待ち合わせで、場所は駅でいい?」
と、普通に待ち合わせを決めただけだったのだが、それにりるちゃんが反応した。
「ななえ、どこ行くの?」
言葉に詰まる私をよそに、夜野さんがすぐにフォローに入る。
「奈苗さんはね、私と勉強しに行くのよ」
理解したのか、大げさに考えるポーズを取った後、
「りるも行く! りるも勉強する!」
そう言ったのだった。
「いや、二人でするから」とたしなめ様にも、「りるも行く! 絶対行く!」の一点張りで全く聞かず、挙句に泣きだしそうになる有様。
あの手この手を取ってみるも、私たち二人が顔を見合わせた後で、最終的にりるちゃんに折れる事になってしまったのだった。
「これは本当に危険が無いようにしないとだめね」
と、りるちゃんに聞こえないように耳打ちしてきた夜野さんに頷きだけで返す。
二人だけなら何事も無ければいいねで済んだのだけれど、りるちゃんが来るとなれば何事も無いようにしないといけないに変わるよね。
そこまで考えてから、ふと思う。
何事も無ければいいねと言いながら、本当に何かが起こった場合、私はりるちゃんを連れて何が出来るのだろうか? と。
正直な所、私の魔法には私自身期待できない。
でも、そんな状況で、例えば……昨日話に聞いたようなロボットの兵器が襲ってきたら?
襲ってくるシチュエーションなんてほとんど浮かばなかったけれど、もしそうなったらどうするのだろう?
逃げる? 戦う? でも出来る?
まともな答えが自分ではやはり出せない。だから、結局の所、虎穴には入るが、虎児を得るよりは無事に帰る方が正しい選択なんじゃないかと思ってしまった。
……ああ、そう考えると誰と一緒に行っても同じって事か。
明日の目的は何事も起こらないようにする。これしかない。
納得いく答えが自分に出来たおかげで、余計な緊張は取れた気がした。
”頭、回るようになったわね”
と一言だけ、珍しく正解を告げるようなイナンナ様の声が聞こえる。
(私だって、そう簡単にイナンナ様に助けて貰うような状況にはしたくないと思っていますから)
その返答は、思ったよりも暖かい笑い声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます