3-26 閑話・夢・過去の私

 これは私の記憶。

 小学生の時のトラウマ。

 思い出したくもないし、思い出すことも無かった記憶なのに。


”そう、ナナエの記憶。私が勝手に見ているだけだから。あなたはゆっくりとお休みなさい”


 うん。わかった。

 これは多分今日の夢なんだ。夢から覚めれば朝になっているんだろう。


”それでいいのよナナエ。

 それに、これは私が勝手に見ているだけと言うより、勝手に見させられている感じではあるのだけれどね”


 イナンナ様のその声は私には聞こえていない。


 ただ、そこに居たのは、初等部五年生の私だった。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



「「マルドゥーク様のご加護がありますように。今日も一日、ありがとうございました」」


 手を合わせて、大神マルドゥーク様に祈りを捧げる。


 ああー今日も疲れたぁ。


 学級担任の水代先生と一緒にクラスの皆がお祈りをして、今日の授業は終わった。

 先生が教室を出た後、皆はめいめいに帰り支度をしている。


「奈苗ちゃん、今日学校終わったら、家に遊びに行っていい?」


 体を伸ばしていたら、クラスメイトの玉井さんが声を掛けてきた。


「いいよーたまちゃん。でも、今日の宿題ちょっと多いよ? 遊んでも大丈夫?」

「うん、だからね、奈苗ちゃん、ちょっとそれも助けて欲しくて」


 私の成績は真ん中よりちょっと上。

 だから、仲良しの玉井さんからもこんな相談されたりするの。

 ふふん。


「代わりに魔法の方助けるから」


 魔法の方は、出来るけれど下手なんだよね。

 下手なのわかっているから、危ないことはしないけれどね。


 クラスの男子みたいに、いたずらで魔法を使ったりしないの。

 校則で教室の中で授業中以外に魔法を使ってはいけないって決まっているのに、男子はいつも守らない。


「教室の中で魔法使ったら危ないよー。先生に怒られるよー?」

「先生今いないし、火じゃなかったら大丈夫だよ!」


 誰かが止めていたけれど、いたずらっ子の倉下君は今日も止まらなかった。


「んんん、そよ風っ!」


 倉下君は風の魔法が得意で、もうこの年で詠唱無しでも魔法が使えるようになっていた。

 彼の魔法の力で起こされた風は軽く渦を巻き、そのまま私のスカートをめくる。


 く……倉下くん……!!


 露わになった私のスカートの中を目にして、ガッツポーズをとる倉下君。

 彼がこういういたずらをするのは、一回や二回ではなかった。

 二回や三回でもなくて、一週間に二回や三回のペース。


 しかも半分ぐらいは私! もう! いつもの事だけど、許さない!


「やったぜ! って……げっ! 爆発女じゃん!!」


 何がげっ! なの? 私を狙う事多いのに!!

 あ、爆発女というのは、私のあだ名。


「この……えっち!」


 そう言って、倉下君に左手を向けると、意識を掌に集中させる。

 頭の中にあるスイッチを一瞬だけオンにするイメージを取った瞬間、掌から良くわからない力が放出された。


 どん!


 と言う音ともに、彼は後ろに飛んで机にぶつかった。

 これが私の唯一の魔法で、ただそこにあるものが吹き飛ぶだけの魔法だった。

 みんなみたいに火や水や風とか、ほとんど魔法らしい魔法を使えないけれど、爆発するような《どん!》だけが私の魔法で、だから爆発女と呼ばれていた。


「いってぇ……、爆発女……少し手加減しろよ……」


 涙目になっている倉下君。


「自業自得でしょ? いつもの事なんだし」

「いつもの事なんだから少しぐらい手加減を……」


 どうして倉下君はいつも私ばっかり狙うんだろ。

 爆発女ってあだ名も彼がつけたんだし、私の事嫌いなのかな……


 うん、私は魔法の実技の授業ではあんまりと言うか、正直全然出来ていない。だから、魔法が上手な倉下君にとっては私の事嫌いなのかもしれない。


 そんなことを考えていたら、水代先生が教室に走って飛び込んできた。


「どうした!? って、また倉下と稲月か」


 水代先生は、倉下君を見てはぁと息を吐いた。視線に私も入っている気もするけれど、多分気のせい。

 先生は倉下君が原因だってわかってくれているんだよね?


 水代先生は一年生の頃からずっと担任で、カッコよくてクラスの人気者だ。

 先生はみんなの事をよく知っているし、みんなからも慕われている。


 私にもいつも優しくしてくれるし……先生は……うん、かっこいいかな。

 神學校では先生の数が少ないから、学級担任は小学校から高校卒業までずっと同じ先生になるのが普通だし、これから私が高校生ぐらいになったらもしかしたら……?


 なんて、先生を見つめていた時だった。


「爆発女がまた爆発させたんです」


 えっ!

 痛がって静かになっていたはずの倉下君が、そうのたまった。


「倉下君が魔法でスカートめくりしたからじゃない!」


「いいじゃないかよ! 見られたって減るもんでもないだろー!」

「変態! すけべ! 倉下君なんかになんて、絶対見せたくない!」


 そう言って、彼に右手を向ける。

 もう一回ぐらい、《どん!》して大人しくさせよう。


 でも、その腕はすぐに先生に押さえられた。


「ああもう、二人とも大人しくしろ! 喧嘩両成敗だ。教室で魔法を使った罰として、今日の掃除当番は二人でやれ!」


「「ええー!?」」


 私と倉下君の声がハモって教室中に響く。


 これが普段のクラスの光景だった。

 この直後に何かが変わるなんて、私は何も考えていなかった。


 私と倉下君が睨み合っている間に、玉井さんがあることに気付いた。


「先生、それ、どうしたの?」

「ん?ああ、さっき走って来た時にぶつけたんだよ。大したことは無いさ」


 と、半そでから見える先生の右前腕に、小さく青痣が出来ていた。


「私、治してみていい?」


 それを見て、すぐに私は言った。

 折しも前の授業で初級治癒の魔法を勉強していたこともあり、やってみたかったのだ。

 それに、治したら先生にもよく思ってくれるかもしれないし。


「でも、奈苗ちゃん、うまくできるの?」

「爆発女の奈苗には無理だろ!」

「やめとけって!」


 なんて、ほとんどのクラスメイトから声が掛かる。

 実際一度も試したことは無かった。でも、その時の私は、ちょっとした傷の治療ぐらいなら出来ると信じて疑わなかった。

 だって、怪我なんて大したものじゃなかったんだし。


「私のせいで先生が怪我したんだから、私が治すの!

 大丈夫。治癒の魔法はちゃんと覚えてるから!」


「じゃぁ、稲月にお願いしようかな」


 先生が言った事で、場が落ち着く。


「大丈夫、私だって、傷ぐらい治せるから」


 自分に言い聞かせるように呟いてから、先生の腕に触った。

 細身ではあるけれど、小学生の時の私には、それは筋肉質で如何にもかっこいい大人だ、と思うような腕だった。

 青痣の所に私の手をやり、ゆっくりと私の魔力を流し込む。それは元の綺麗な肌と肉体をイメージして……


≪自然の癒しを≫


 詠唱は簡単だったけれど、結果としては、周りの心配をよそにそれはうまくいった。

 私の手が淡く光り、直後に青みが自然に引いていく。


「……良し、できた」


 安堵とともに、周りから称賛の声が上がった。

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